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生命にとって言語とは何か?──生命言語説を知るために
生命言語説を知ることによって、あなたは「人間とは何か」を知ることができます。
人間は、地球上の全生命の代表者であるという自覚が世界の永遠平和を創ります。



 地上の生命が、言語を獲得したことの意義を考える。そのためには、生命とは何か、その自然環境
における生存形態の本質と特徴
を解明しなければならない。

 生命は、言語の獲得によって環境に適応するための認識様式を変革した。とくに、ホモサピエンスに
おける言語の新たな構成様式(主語述語等を用いた思考様式)によって、刺激反応性による経験的
適応から創造的適応へと進化した。この進化が、約一万年前の人類の新石器農業革命をもたらし、
余剰生産と人口増、それらに伴う文明社会を成立させ、今日の人類発展と繁栄の限界をもたらした。


 人間にとっての「言語の謎」は、「生命とは何か」を知って初めて全面的に解明することができます。
そして、言語とは何かを知れば、「自分とは何か」を知るきっかけが得られます。なぜなら「自分」を
構成し、自分を自覚させるのは言語だからです。人間は言語によって世界を意味づけ構成する動物な
のです。

 あなたが「生命とは何か」「人間とは何か」と問うとき、言語を用いますが、これこそ人間の世界認識、
自己認識の始まりです。人間の想像力・創造力・構想力は、言語機能の活用なくしてはあり得ません。
「なぜ、何のために、どのように生きるのか」という問も、言語の正しい理解から解明されます。過去の
宗教や哲学、さらに西洋的近代的思考様式などあらゆる難問の解明が、「言語の謎」の解明に依存し
ています。

  何事もはじめが難しい。しかし、生命や人間(言語)についての真実を知れば、自分自身にも、自分
たちの将来にも希望と目標が生まれてきます。「言語の謎」は「人間存在の謎」です。では、存在の謎
の解明と人類の直面する課題を解決するために、勇気と希望をもって困難に挑戦してください。

 生命にとって言語とは何か?それは生命の生存様式、人間の生き方そのものに関わるものである。

  生命の存在は,限定された地球環境のなかで,自然環境から独立に,多種類の特異的な蛋白質を基本的構成要素および制御機構として物理化学的反応を行い,エネルギー代謝を永続させんとする有機体である。そのエネルギー代謝を中心とする反応は,DNAの設計図に基づいて作られた蛋白質(酵素,ホルモン)によって制御され,外界からエネルギーを取り込み,自己をフィードバック的に維持し複製する化学反応である。

  進化の意味は,共通の祖先,共通の生存形態を維持しながら,多様な環境と環境の変化に適応し,その生存形態を多様に変化させてきた生命の柔軟な適応性にある。適応性は,生体と環境との相互関係によって規定され,原始地球の特殊な環境に生命が誕生
していらい,環境に対して生命状態(エネルギー代謝を持続するフィードバック的化学反応形態)の維持を図ってきた生命の柔軟性,可変性のことである。

 この有機的生命体は,環境の多様性に対して多様な存在形態をもち,環境への適応様式を進化させてきた。そして,多様性にもかかわらず,地上のすべての生命が相互依存をしており,共通の祖先をもつだろうと考えられている。

 生命は,自動制御の機械に擬せられるが,それは正しいであろうか。近年の分子生物学の発展から,生命を分子機械と定義する学者も多い。確かに生命現象は,分子化学反応によって説明がつく場合が多い。しかしコンピュータに代表される自動制御機械は,あくまでも人間の所産であり,生命の自動制御機構と比較すると越えがたい壁がある。それは機械を想定し作る人間には,自然現象のすべてを確定することは不可能であるが,生命現象は自然現象の空間時間のすべてによって規定されているということである。分子生物学による自動制御の分析は,あくまで生命現象の一部にすぎない。

 また機械との大きな違いは,機械の支持組織と反応は区別されるのに対し,生命の支持組織はそれ自体が化学反応物質であり,それゆえに機械には見られない柔軟性,融通性をもつのである。例えば大腸菌の運動は,ロボットの運動と違ってエネルギーの消費が,細胞内のあらゆる組織で化学反応としておこなわれるのである。同じように多細胞生物では,分化した細胞のすべてが代謝活動をしている。

 進化論については、遺伝子DNAの有利な突然変異が,自然選択によって生命の形質を進化させるという総合説は証明されてはいない。しかし生命の主体性,適応の意味を考える上で重要である。生命の誕生は物理的環境と高分子化合物の反応が決定した。しかし生命は環境に対し自らを変える。遺伝子DNAの変異は,細胞質や他の遺伝子と全く独立に起こるとは限らないことが明らかになってきた。進化を規定する遺伝子DNAの方向性のある突然変異を考えることは,何ら不思議ではなくなっている。

 生命の生存形態(種)の安定性は,環境との関係の安定性によって保障されているが,環境の急激な変化に適応するには限界があり,生存形態を変える必要があった。この限界を越えて生存形態を変化させ進化してきたのが,現在1000万に達する生物種である。
 進化の頂点にある人間は,他の生命形態を破滅させる権利をもたない。人間の自然への認識は,自然全体の保護・共生が優先されねばならない。自然による外的強制でなく,人間自身の生命認識の普遍化による自己抑制である。自然は,西洋思想がとらえるような支配の対象ではなく,保護・共生の対象でなければならない。
 
人間にとっての便利さ豊かさは,自然保護を前提としなければならず,生命にとっての真の進化の頂点としての人間は,進化を滅亡・破壊のためでなく,地上の生命の存続のために役立てなければならない。これは30億年の生命形態が求める人間への要請である。

 以上のことを前提として,進化の頂点に立つ人間の本質的な機能である言葉のもつ意味,そして言葉と認識の問題の解明の基礎となる,人間の欲求と行動についてみていくことになる。人間の言葉と認識は,欲求の充足をめざして人間の行動様式とともに進化してきたものであるから。

 <人類は「知恵ある人(homo sapiens)」と言われてきた。そしてその知的能力は,一万年前の農耕牧畜生活に入って以降,加速度的に文明を発展させてきた。しかし他方で,人類は,戦争や犯罪,享楽主義や刹那主義によって衰退した文明を経験した。とりわけ商業や戦争における競争は文明を進歩させたが,地球人類さらに地球生命について考える視点はほとんどなかった。環境問題によって人類的規模の危機が自覚されるようになったのは,ようやく第二次世界大戦後の半世紀である。

 これは人類にとって深刻な問題を含んでいる。人類が数千年にわたって続けてきた生活や思考の様式に重大な変換を迫る事態がやってきている。近代ヨーロッパにおいて始まった産業革命や科学技術の進歩は,人々に人類の未来に対する限りない確信をもたせた。しかし,その確信は,人類がこのままの生活と思考様式のままでは破滅せざるを得ない状況に追い込まれている。多くの人々は,現代の危機的状況を自らの課題とするよりも,不愉快な現実を見ることを忘れて,破滅に向かって駆け足で進んでいるように見える。危機は科学的にも十分に証明されている。

 しかし人々の自覚が遅いのはなぜか。それはこの論文の課題でもあるが,一つの結論としては「何のために生きているのか」の反省が,科学的思考,西洋思想には欠如しているからである。アリストテレスは,『形而上学』の中で「すべての人は,生まれつき知ることを欲する」と述べた。しかし,「何のために知るのか」が欠けていた。これは西洋的思考様式の伝統であった。そこで生命を主体にした「何のために」という問題意識がこの論文の底流をなしている。>

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付録
 
生命の誕生と地球環境

「生命の本質は,その発生の歴史を知ることなしには認識できない」 (オパーリン A.И.1960.『生命』1962 P39)

 生命の存在する青い地球は,今日の宇宙科学の進歩の中にあっても,確認されうる限り宇宙のなかで孤独な存在である。まずここでは生命が,宏大な宇宙の中の,地球という限定された特殊な環境に出現したこと,そして地球の多様で複雑な環境に適応して,様々の存在形態をとって生存していることの意味を考える。

 生命の生存する環境は,生命にとって常に「恵みと危うさ」という二つの側面をもつ。そして,生命はその環境のなかで,生存するための限られた条件を与えられ,その条件に適合する存在形態をとって個体と種を維持している。

 生命が原始地球上に誕生したときには,現在の地球とは組成の異なる海水中(原始スープと言われる)に,持続的に化学反応をする
複製可能な代謝物質(単細胞)のとしてあらわれた。現在では,原始地球における生命誕生の状態が,どのようなものであったかを確定できないが,分子生物学の発展によって,生命誕生の想定可能なドラマが描かれつつある。

(1)生命誕生 原始地球における

   ――核酸とタンパク質の相互反応の形成――

 原始地球において,生命の基本的構成物質である高分子化合物(分子数約1万以上)が,絶対的無菌状態のなかで合成され,「原始スープ」となったことは,研究室の実験によってほぼ明らかになっている。地球の誕生から「原始スープ」が形成され,「原始スープ」の中から原始生命が誕生するまで,つまり今から約30数億年前までを化学進化の時代という。

 原始生命の誕生は,まず高分子の有機化合物が,自己複製可能なフィードバック的化学反応サイクルを形成したことに始まると考えられる。そのサイクルは,おそらくRNA(リボ核酸――生命維持の情報を持ち,伝え,タンパク質を合成する)を主体とし,タンパク質を触媒として取り込んでいる。しかしこれは,原始スープの中での持続的反応であり,まだ生命とはいえず,生滅を繰り返す段階である(化学的進化)。その持続的反応が微細泡状物質のなかで泡の膜構造(細胞膜――おそらく脂肪とタンパク質の2重構造)を取り込み,膜内の環境を維持する代謝活動と細胞分裂をおこなうようになったとき,生命の誕生と言えるであろう。これを以下にまとめてみる。

1)原始の大気と海にホルムアルデヒド,シアンなど始原物質の発生

2)始原物質からアミノ酸,核酸塩基,糖,脂肪酸の低分子化合物

3)タンパク質,核酸,多糖類,脂肪など高分子化合物の原始スープ

4)原始スープ内での,RNA,タンパク質など高分子化合物の進化,とりわけRNAの自己増殖(RNAワールド)

5)自己複製可能なRNAによるタンパク質の合成(RNPワールド)と合成タンパク質による微細泡状物質の成立

6)微細泡状物質(細胞)内でのフィードバック的化学反応サイクルと代謝の成立(原始RNAを中心とする不安定な生命細胞)

7)原始RNAの生命情報(タンパク質合成情報)を,安定的なDNA(デオキシリボ核酸―生命個体の全遺伝情報をもつ)に生合成することにより,DNA中心の生命の成立

 上記のように今日では,原始生命誕生の有力モデルとして,RNAを出発点とする生命誕生のドグマが有力視されている。このドグマは,生命誕生の「新ドグマ」と呼ばれる。これは,DNAよりも柔軟性をもつRNAに,より活性的主導権をもたすことになり,DNAの偶然的突然変異に重点をおく進化論にも影響を与えると思われる。

 すなわち最初自己複製できるRNAワールド(1)が誕生し,その後,RNAからタンパク質が作られるRNP(リボヌクレオプロテイン)ワールド(2)が発展し,さらに遺伝子がRNAからDNAに移って(3)DNAワールドが出現し,現在の生命(1→3→4→5→2→1)にいたったものとするのである。(柳川弘志「生命の起源を探る」1989岩波書店『RNA学のすすめ』

 これによって核酸が先か,タンパク質が先か,という議論は一応の解決が可能となる。そればかりでなく,この理論の長所は,DNAが,環境ないし細胞質の影響を受けるRNAやタンパク質によって,方向性変異の起こる余地を残している点である。従ってRNAを優位におくこのドグマは,進化論や生化学反応にも応用発展させることができる。

 すなわちDNAは単なる設計図であって,それを操作するのはRNAを含む細胞質(多細胞個体)自体のフィードバック(自動調節)機構であり,DNA自体が,その機構に組み込まれていることを示している。つまりDNAから設計図を読み取り,特定のタンパク質を合成しているのは,生命そのものであるといえるフィードバック機構である。
 また進化すなわちDNAの変異においても,RNAの逆転写における働きやDNAの修復時におけるタンパク質の働きなど,進化の総合説で
説明しえない定向突然変異や細胞質の変化が,DNAに変化を及ぼす可能性が想定できる。

 このような仮説は,生命誕生と進化,生命活動統合を説明する新しい理論になりつつある。生命の自己維持活動は,RNA・蛋白質・
DNA(R.P.D)を中心としてフィードバック的にコントロールされる生化学反応なのである。進化と生命活動については,次節において説明を加える。

(2) 生命における目的性と偶然性

――生命の存在は偶然的であるが,生命状態の維持という目的をもつ――

 今日地上に存在している生命は,すべて(植物,動物さらにウイルスも),DNAを情報媒体とする遺伝子を基本構造としてもっている。このことは,「30数億年の生命の連続性と1000万種におよぶ生命の多様性」を貫く生命の不可思議な力のめざす目的を考えざるをえない。30数億年の長い歴史の中で,様々の地球の変化や多様性にもかかわらず,生命がそれぞれの環境条件に適応して存続してきたことが,生命や人間自身の存在の意味を考える場合に重要になる。

 まず第1に,生命存在が,何らかの目的をもつかという点である。旧約聖書において,諸生物は神の被造物とされたり,インドのウパニシャッドでは,生命は宇宙の中のアートマンの輪廻転生の姿であるとみなされた。このような人間観や生命観が,実証性のない非科学的なものであることは明らかである。前者では,人間は神への絶対信仰により天国での永遠の生命を考え,後者では梵我一如によって覚者となることが要請された。その意味で,人間や生命には神から与えられたものとして,または宇宙の存在として永遠の安らぎを得ることが,人生の目的とされた。

 しかし,現代の科学は,目的論を認めない。分子生物学で言えば,生命は機械と同じなのである。生命の存在は,偶然的であり,進化は偶然的な突然変異のうち有利なものを自然が選択するにすぎない。そこでは,目的を考える余地のない生化学的フィードバック機構があり,自己維持と種族維持をはかるため,多様な環境のなかで多様な生存形態を示す生命の姿がある。

 だが,生命は本当に上記のような機械論のみで説明しうるであろうか。わたしはこの論文を通じて,生命とその最高の位置にある人間
にとっての存在の目的を見いだすつもりである。科学は生命に目的を見いだすことを禁じ,これを化学反応や機械に置き換えた。しかしわたしは,生命における生化学反応の中に目的を見いだそうとする。

 生命の目的は何か。それは生命状態の維持・存続そのものである。では生命状態の維持・存続とは何か。それは,今日の生命の祖先が誕生した瞬間における生命細胞の恒常性(ホメオスタシス)であり,その恒常性を維持するフィードバック状態の存続である。生命の恒常性を維持するフィードバックサイクルは,今日に到るまで生命の誕生した海水の状態を細胞の中にとどめている。その状態の維持は,単なる生化学的フィードバック機構ではない。多様な自然状態において,生命の全体性を「維持存続」させること自体が生命の目的なのである。

 次いで問題となるのは,生命存在は,全く環境に支配される偶然的なものであろうか,それとも生命に主体性はあるのか,あるとすればどのような形態においてであろうか,ということである。進化論における多数派としての総合説では,生命の進化は,遺伝子DNAの有利な突然変異が自然によって選択され進化すると説明される。しかし,環境に対して生命は,自己の変異の方向を決めることはできないのだろうか。

 これは,生殖細胞のDNAが,環境の変化を受ける可能性を,実証的に説明することができれば決着のつく問題である。この問題は,後の進化論のところでもう一度述べるが,未だに決着していない。しかし少なくとも多様な環境のなかでの安定(適応)を求めて,遺伝子の方向的変異は否定されるどころかその可能性は増大していると言えるのである。

 生命が,地球という宇宙の特殊な環境のなかで誕生したことは,偶然的な条件による。しかし生命が誕生するや,その恒常性維持機能は,積極的な意味をもつようになった。生命は,生命誕生時の状態を持続させようとする目的と意志をもっている。これは何人にも否定し得ない事実である。

(3) 宇宙の中の地球の特殊性と地球の環境

 諸生命は,今日では宇宙の中で特殊な存在であり,地球の環境と生命の創った多様性に対応した極めて複雑な存在形態をとっている。

 ここでは,銀河系を越える宇宙の話は,生命の出現を射程に置くには宏大過ぎる。銀河系の中に太陽系と同じものは億単位の数があると考えられている。銀河系の中にも,生命や高等動物の存在は十分考えられるものである。しかし我々にとって当面重要なことは,我々の太陽系の中に金星でなく火星でもない位置に地球が形成されたことである。太陽の爆発物や星間物質の一部は次第に冷却して地球の核となり,地球内部や彗星等の衝突による水蒸気は水となり,地球の表面を覆って生命誕生の場が出現した。

 地球上の水は,多くの化合物質を含む原始海水となり,太陽からの紫外線と彗星の衝突,火山の爆発,放電は複雑な高分子化合物を合成した。とりわけ海岸や熱水噴出孔付近などには,泡状の有機化学合成物質が生成された。その中で自己複製の可能な有機物質(RNA)が,無限に生じては消えていった。そのRNAが,触媒となるタンパク質を翻訳合成し,最も安定したエネルギー自立構造を獲得したのが,今日の生命につながっている。

 生命の誕生にとって,太陽系のなかで最も恵まれた環境をつくりだした地球は,銀河系のなかでは特殊ではなくとも,我々にとっては余りに特殊であり,孤独な存在である。科学技術の進歩した今日にあっても,生命の存在を可能にする天体を見いだすことができない(火星は探査が進められているが)ばかりでなく,現実的に可能であることさえ疑われている。まして,地球環境の悪化を想定して,地球を放棄することなど想像できても実現は困難であろう。

 銀河系の他の天体における,人間以上の高度な文明からの情報を得る努力もなされており,また,SFの世界では光速に迫る宇宙船での宇宙旅行という夢もあるが,その実現の前に我々はこの地球環境自体を守る努力が求められている。人類の将来は,何世紀もの将来を考えると明るいとは言えない。しかし今なすべきことは多い。

 環境問題や資源の枯渇等を目前にして,宗教的に死後の永遠の世界を想像したり,自己の狭い世界の快楽に浸ることによって,至福の感情を獲得することは可能である。しかし,それは我々が生存し続ける条件を維持することと同時でなければならない。我々が生き続けることの希望はある。しかしそのためには,まず生命と人類の置かれた現実を正しく把握して共通理解を得る必要がある。

[地球の共通性と多様性]

 上記のように,地球は特殊で孤立的な生命環境をもっている。しかしそれと同時に,地球の生命環境は,生命の生存にとって有効な共通性と,複雑な生存様式をうみだす多様性をもっている。

 共通性とは,生命の生存にとって必要な適度の熱と水分,有機物質である。熱はマイナス5度Cから100度C程度までで,水分は必要条件である。有機物質は,原始地球に存在したし,現在も生命によって合成され,有機体の構成要素である。大陽光は,緑色生物にとって必要条件であり,光合成によって地球上の生命活動を活発にしてきた。

 多様性とは,地球上での気候(温度,湿度,雨量,風,光等)や地形(海,陸,山,川等)地質等,生命の生存を可能にする条件の,高低,多少,強弱,濃淡,複雑さ等である。

 生命はこれらの多様な環境条件の中で,自らを限定し,また拡大しながら生活をしているのである。つまり生命は,所与の環境の多様性と変化に受動的に適応する面をもちながら,同時にそれらの環境条件に対し能動的に適応し,自らの生存様式を変容させているのである。

第2節 生命の本質と適応

(1) 生命の本質――生化学的反応

 生命の本質は,30数億年前の地球に出現した単細胞生物のなかにすべて含まれていることは前に述べた。6億年前のカンブリア紀に出現した多細胞生物は,細胞ごとの機能の分化があり,細胞分裂は遺伝子DNAを中心としてコントロールされている。分化した基本的機能は,植物にあっては栄養(エネルギー)の代謝・繊維構造・生殖があり,動物にあっては栄養の代謝・体構造・生殖に加えて環境の変化に積極的に活動する行動機能が発達している。ここでは生命の本質を単細胞生物(原核生物すなわち細菌類と真核生物のカビ類・原生生物類)を中心にして,行動論と認識論的側面から考えてみる。

 原始地球における生命の存在形態を確定することは,その環境条件が確定できない限り困難である。しかし,DNAを情報源とする安定した単細胞生物が誕生すると,今日の生命の本質と共通するものとなった。その共通するものをまとめると次の2点のようになる。

  @生命は,細胞膜によって環境と隔てられ,エネルギー代謝をおこなって生命的恒常性を維持する。
  A生命は,生命情報を遺伝子DNAに保持し,分裂によって増殖する。

 @は個体維持,Aは種族維持と簡単に表現することができる。生命の活動は,個体維持においても種族維持においても基本的に化学反応である。その化学反応を制御することによって生命活動を行わせているのが,遺伝子DNAを設計図として製造される「タンパク質」である。

 タンパク質は化学反応の触媒となる酵素として,生命の構造や運動能力そのものとして,また外来の異物に対して免疫反応を起こすことによって細胞を守ったり,化学物質の輸送や貯蔵も行うなど,核酸とならんで生命にとって最も大切な化学物質(高分子化合物)である。タンパク質は特異的に働き多くの化学反応を制御するのでその種類も多く,大腸菌の場合2000から3000種類,酵母で約8000種類,人間では約100万種類と言われている。

 このように生命の本質は,統合された個々の化学反応の集積であるが,われわれにとっては生化学反応を前提としながらも個体と種族の生存様式として生化学的・分子生物学的次元から離れて,行動論的認識論的にこれを検討しなければならない。しかし行動論的認識論的問題の基本的視点を明確にするためにも,さらにいくつかの微視的生化学的観点から生命の本質についての考察をくわえてみよう。

(2)生命の3つの機能

 今日の地球上の全生命に共通する生化学メカニズムの成立(約35億年前)を一応単細胞生命の成立と考えると,その中に高等多細胞生命にも共通する環境適応機能が明らかとなる。ここでは生命の共通機能を3つに分ける。

 1)生命の情報コントロール機構となる核酸の働き

    ――タンパク質合成と発生,細胞の死と分裂接合――

 2)生命維持過程となるエネルギーと物質代謝の働き

    ――細胞膜,ATPによるエネルギー供給,吸収と排泄――

 3)恒常性維持のための調節・適応の働き

    ――細胞質濃度,フィードバック機構,しきい値,走性(刺激反応性)――

 なお先に考察した生命機能の2分類によると,上記3分類は,1)が種族維持,2)と3)が個体維持ということになる。

 1)については,生命誕生でも触れたように,核酸を中心とする自己複製の機能は,生命の中心的機能である。しかし分裂による複製(増殖)や接合による遺伝子交換自体は,生命の第一義的機能ではない。核酸の自己複製機能や遺伝子交換機能を必要条件としつつも,タンパク質をフィードバック機構の触媒と活動の構成要素として,細胞内の環境を一定に維持することが,生命にとっての十分条件となる。

 そして,環境の多様性や変化に適応できる可能性を増やすため,または細胞内の環境維持が低下するとき(老化),自己複製(分裂)ないし接合(受精)が行われ,生命が更新されるのである。端的に言えば,DNAは単に生命情報を記録しているにすぎない記録媒体である。むしろRNAが,DNAの情報を読み取ったり,タンパク質と協同して,タンパク質を製造したりするなど積極的な役割を果たしている。

 アメーバは,実験的に細胞質を削り取られ,細胞内の恒常性が維持更新され続けると,活力が保持され,細胞分裂を起こさない。この事実は,分裂複製が生命の維持にとって必要ではあっても,絶対条件ではないことを示している。また接合は,環境条件が良好な場合には起こらないが,環境条件が変化したり悪くなると,接合によって形質を変化させて適応しようとする。

 通常は,内的外的環境の変化や悪化は避けられないから,分裂や接合は生命の本質的活動になるのである。しかし生命は,分裂や接合によって子孫を増加させるし,核酸自体にもその傾向があるが,生命の増加は無制約的なものではなく,種族の生存環境は限られているから,適切な環境のもとで,適切な個体数と形質の不変性を維持する制約をもっている。

 このように,細胞は分裂し,接合することが必要なのである。これは一つには細胞質の老化(老廃物の蓄積,機能の低下)を防ぐためと言いうる。老化は直接死につながる。二つには生存様式すなわち化学反応様式(又は適応様式)の変化のためである。生命を生じた環境は絶えず変化をしている。生命はその変化につねに適応(小さくは個体変異として,大きくは進化として)しなければならない。細胞の分裂と接合は,生命の最も重要な適応様式であり,この様式を生命がもっていることが,今日まで生命が繁栄していることの一つの条件なのである。

 2)次に,代謝に関しては,原始生命の誕生瞬間,すなわち核酸とタンパク質を中心とする持続的化学反応が,細胞膜によって外界と隔てられ,独自の生命環境をつくった時点に始まる。

 原始地球においてアミノ酸,核酸,糖,脂肪酸など多くの有機物質が合成された「原始スープ」ができあがっており,それらが泡状の物質に取り込まれ,様々の化学反応が起こっている。しかしこれはまだ化学進化の段階であった。その泡状物質の内部に,核酸を中心とする有機的化学反応が持続し,泡状物質を取り込んで,生命の恒常性を維持するフィードバック機構が確立した。これが生命細胞の誕生である。

 細胞は,低分子化合物しか取り入れないので,細胞内で高分子化合物を合成しなければならない。そこで外部からエネルギー物質としての有機物質を取り込み,それを分解することによってエネルギーをとりだす。そのエネルギーと酵素の力によって,生命体(生命細胞)の維持すなわち持続的化学反応をおこない,エントロピーの増大に対抗する。

 原始細胞から多細胞生物に到るまで,細胞内の化学反応のエネルギーは,ATP(アデノシン三燐酸)の働きによる。ATPは,核酸,タンパク質と共にすべての生命にとっての必須の物質である。ATPは,真核細胞以上のほとんどすべての細胞では,ミトコンドリア(原始細胞の共生と考えられる)によって製造(クエン酸回路による解糖作用)され,エネルギーの必要な物理化学反応に利用される。

 無酸素状態の中で誕生した原始細胞は,有機物質を取り込み,それを分解することによってエネルギーとした。その後単細胞のランソウ類は,大陽光のエネルギーを利用することによって,葉緑体の中で二酸化炭素を固定化し,有機物質である糖を合成した。これが光合成である。光合成は,糖を合成し大量の酸素を放出することによって地上の環境を一変することになった。この糖と酸素を利用した,エネルギーの効率的な取り込みが,ミトコンドリアの中で行われるようになったのである。これが呼吸であり,光合成と共に多細胞生物の繁栄の時代を築くことになった。

 なお,生命の構造物質としてのタンパク質や脂肪,糖(植物の場合)は,その物質自体がエネルギー物質である。またカルシウムは動物の骨格を作ったり,代謝の調節等をおこなう。その他の微量な生体内物質も,代謝機能にかかわっている。

3)恒常性を維持する調節・適応の働きについては,タンパク質の特性によるところが大きい。これらの調節・適応は,内部環境の変化と外部環境との関係において明らかにすることができる。

 まず内部環境の恒常性維持のために,ナトリウムやカリウムなどの無機イオンや浸透圧を調整する必要がある。また有機物の濃度も,タンパク質の酵素活性の変化の働きによって,フィードバック的に調節される。生命活動そのものともいえる細胞内環境の維持・調節に大きな役割を果たすタンパク質のうちよく知られているのは,<アロステリック>酵素である。この酵素のいくつかの<制御パターン>のうち,主要な二例を,J.モノーの論文から引用しておこう。

1.フィードバック阻害
 一連の反応の最終産物が必須代謝産物(たとえば,タンパク質あるいは核酸の構成部分)である場合,その一番初めの反応を触媒する酵素の活性は,この一連の最終生成物によって阻害される。従って,この代謝化合物の細胞内濃度が,それ自身の合成される速度を調節することになる。

2.フィードバック的活性化
 「酵素は,それの代謝産物が分解してできた生成物によって活性化される。代謝産物が高い化学ポテンシャルをもっていて,代謝反応で交換貨幣のように働いているときにしばしば見られる。従って,この調節様式は,利用できる化学ポテンシャルをある一定のレベルに維持するのに役立つ。」                  (Monod,J.1971 邦訳 P76)

 モノーは,他に「平行的活性化」「前駆体による活性化」をあげているが,これらは同時にいくつかの拮抗的あるいは協力的なアロステリックエフェクター(反応を調節する代謝産物など)の影響を受けるとしている。

 このような細胞内調節は,多細胞個体である動物でも,神経系を通じてより大規模に行われている。例えば,自律神経系(交感神経と副交感神経)や内分泌系は,細胞と同じくフィードバックの機構を用いている。

 外部環境に対する恒常性の維持,調節・適応については,大きく代謝(栄養摂取,呼吸等)と安全保持に分けられる。まず前者では,浸透圧の調整(水分補給),栄養濃度,イオン濃度等がある。これらの調整反応は,単細胞では直接的連続的であるが,多細胞になると閾値の幅すなわち反応の柔軟性が発達する(この点は動物の行動のところで後述する)。

 後者の安全性保持については,外部環境の変化によって危険にさらされるのは,@細胞外の水分濃度,A有毒化学物質,B高・低温,C電磁波,D外敵等である。細胞は外的環境を知覚し,個体の安全を図るため,適切に反応しなければならない。高分子化合物であり一定の構造をもつタンパク質は,本質的に外界の変化に敏感に反応する性質をもつ。細胞膜は,このようなタンパク質をレセプターとして,細胞外の変化を内部に伝え,モータータンパク質として細胞の鞭毛や繊毛,アメーバ運動などを引き起こしている。

 これは単細胞では,走性と言われる一定の刺激反応性であり,走光性や走化性等がある。高等動物になると,受容器と効果器に分化し,神経細胞が受容器からの刺激を中枢神経に伝え,そこで認識判断し,これを効果器(筋肉,腺)に伝える。

 ここでは生命の本質を,機能面から3つにわけて考察したが,我々にとっての認識論的な関心からは,単細胞動物の行動原理が,多細胞の高等動物そして神経細胞の機構につながっていることをみなければならない。

 生命(動物)の認識や行動原理は,原始地球の環境から独立し,自己複製を可能にする有機的エネルギー代謝構造が成立した状態,すなわち生命の誕生の瞬間から生じたと考えられる。

 生命すなわち細胞は,生命の機能をフィードバック的にコントロールするタンパク質とその製造にかかわる核酸,製造に必要なエネルギーを供給するATPなど,精妙な自動制御的化学工場を形成している。この生命化学工場を維持し,複製増設するには,生命工場と外部環境との緊密な関係すなわち「適応」関係が成立していなければならない。(この生命工場は,一般の工場のように,工場内部を環境から独立させた反応装置ではない。工場自体が外部環境に対し変化成長し,自らを増殖する。この点で通常の機械論的な反応装置とは,大きく異なっている。)

 そこで生命の行動原理すなわち適応の考え方について,行動科学者ピアジェの適応論を検討することによって我々の「適応」に対する考え方を明らかにしておこう。

(3)適応――主体と環境の関係――ピアジェから

 生命と環境との関係を支配する原理は,生命の適応過程として,2つの側面から見ることができる。すなわち,生命の内的状態の変化に応じて外界に働きかけること,(ピアジェの言葉によれば同化),外的環境の多様な変化に応じて生命が変わること(調節)である。この点に関してピアジェの観点を検討してみよう。主体の行動と環境との混乱しがちな関係については,ピアジェの解釈を整理することによっていっそう明らかとなる。

 彼は生命の活動を,その機能面からのみとらえて(例えば,ものをつかむという行動),動因ないし動機づけ(欲求――何のためにものをつかむか)から捉えない。彼は動物の行動パターン(シェマ,様式)を環境との関係で研究した。同僚のクラパレードの「欲求」の研究について評価し,「欲求」概念にも注目し検討を加えている。

 「個人または個体は,『欲求』を体験するとき活動を起こす。すなわち,環境と有機体との均衡が一時的にせよ破壊され,断ち切られたとき活動が起こり,この活動は,均衡を回復しようとする傾向をとる。」              (ピアジェ,J.邦訳 P12)

 この引用文で欲求の問題について,単に欲求を「均衡の破壊」とのみとらえている誤りについては後でも述べる。ここではピアジェの考える有機体と環境との関係を分析してみよう。

 ピアジェは,欲求が行動の動因であることは認めるが,欲求を「環境と有機体の均衡の破壊」と捉える。しかし有機体の行動の動因(としての欲求)は,1)有機体内における不均衡(恒常性維持の困難)と2)外的変化(例えば危険)に対する反応(例えば逃避)の二側面をもつのであり,しかもその行動の目標は「均衡の回復」ではない。それは均衡の「継続ないし維持」である。生命活動は,欲求の充足のためにおこなわれるが,それは均衡状態の範囲内でおこなわれる。

 ピアジェの言う「均衡の破壊」は,有機体にとっての死または病的状態を意味しているのであって,病的でない正常な状態というのは,常に均衡を保っているのである。有機体の環境に対する「均衡」状態は,柔軟性をもっている状態であり,幅があるのである。すなわち欲求とは,「均衡」の状態のままで起こる「有機体内の動因ないし主体的反応」なのであり,原則的には環境との関係で起こるのではない。例えば食欲は血液中の血糖量の低下によって起こるし,性欲はホルモンの分泌に影響を受ける。また安全欲については好奇心や危険の接近につれて高まるものである。ただ人間の食欲,性欲,安全欲などの心理的な側面については後述する。

 ピアジェの認識論については,今後の論旨にも影響を与えるので,さらに引用を加えておこう。

 「まさにクラパレードが示したように,欲求とは常に不均衡のあらわれである。わたくしたちの外側にあるものが変化を受け,しかもその変化に応じて行為を再調節しなければならないときに欲求が存在する。例えば,飢えとか疲労は,餌の探索や休息の探索を引き起こすことになる。」                  (ピアジェ,J.邦訳 P13)

 欲求は「不均衡のあらわれ」ではなく,有機体が本来的にもち,生命の均衡を維持しようとする働きである。つまり,不均衡になったことが欲求ではなく,不均衡を感じさせ行動を導くものが欲求なのである。そこで,均衡という言葉で有機体の生存を表現するとすれば,「均衡の持続」という表現が正しい。均衡を持続させるのが欲求であり,欲求を充足することが均衡を持続することである。つまり均衡を持続している状態が,生命の生存状態なのである。そして均衡の持続が破れれば,生命は瀕死の状態となる。

 ピアジェが指摘する飢えとか疲労(ピアジェの不均衡)は,均衡(正常な生命状態)の許容範囲内(しきい値内)であり,摂食や休息行動の欲求(動因)の現象にすぎない。従って,食欲があって飢えが感じられ,そのために餌の探索がおこる。また休息欲があって疲労が感じられ,休息行動がおこるのである。欲求は,有機体の生存のために,有機体自体が有する動因であって,環境に対するすべての行動因となる。つまり,欲求は,有機体と環境との関係においての概念ではなく,主体としての有機体のもつ概念なのである。

 ピアジェのように有機体と環境の間の「不均衡のあらわれ」「均衡の回復」という発想のなかに,西洋的な思考の限界すなわち生命主体を軽視する分析的思考の限界がある。すなわち,思考の主体を無視し,対象を対立的にとらえる弁証法的思考とその思考の結果を存在とみなす思考様式である(デカルトの「我思う,ゆえに我あり」はその代表である。彼はコギトとスムを対立的に捉え,思考そのものを存在と考えている。――この問題は後編で考察する。)生命は,決して弁証法的論理では解明できない持続的状態を根底にもっている。生命とは,多くの危機を超えて30数億年の「均衡」を,無数の生存様式で保ち続けている存在なのである。

 有機体の環境に対する活動は,有機体の内的恒常性を維持するために,環境に働きかけることであり,また環境からの有機体への脅威に対する防衛なのである。あくまでも欲求をもつ主体は,有機体である。

 ピアジェによる「環境と有機体との均衡」という考え方では,「均衡の回復」が欲求となるが,これが生命の本質を認識することを困難にさせているのである。次節に詳述するように,欲求は生命状態(フィードバック機構)の存続であり,環境から受動的(ないし特殊的なものとして偶然的)に形成されたものであっても,「環境との均衡の維持」が欲求ではない。環境との均衡の維持は,生命の生存にとって必要条件ではあるが,自ら均衡を崩し自滅する生物もある(暴走的繁殖等)。

 欲求とはあくまでも内的均衡状態(より正確には「内的恒常性」)の維持である。そのために積極的に内的恒常性(生命状態)を維持・存続させるエネルギーが必要なのである。分子生物学的観点からいえば,常温における持続的な内的化学反応,環境の変化に対応しうる持続的な外的反応が必要なのである。

 ピアジェにおいては,何が均衡なのか,何が均衡の回復なのか,何が欲求なのか。そして「何のために」行動するのかが明らかにされねばならない。
 さらにピアジェの「適応」について検討しておこう。
 
「適応とは,同化と調節との均衡である」 「適応とは,主体と客体との間におこなわれる相互作用間の均衡である。」 (ピアジェ,J.邦訳 p22))
 適応とは,有機体の活動が,環境条件に適合して,欲求が充足していること,または,有機体の行動能力が環境条件に適合して,欲求充足が可能となる状態でる。しかしピアジェの定義では,「何のために」同化と調節という行動がおこるのか,その基準がわからず,欲求充足行動の終結すなわち「均衡」の成立という結果しか述べていない。

 ピアジェでは,適応とは,結果として行動がうまくいった,終結したと言っているにすぎず,何のために,どのように適応しているかが明らかでない。 例えば,動物の寒さへの適応,雨への適応という場合,体内温度(恒常性)の維持ないし健康状態の維持を可能にすることによって適応していると言えるのである。しかし寒さに適応したことを,寒さに対し均衡が成立した,または,寒さへの耐性ができたと言っても説明にはならない。「寒さ」が,なぜ行動の動因となるかが明らかでない。したがってピアジェの「適応」では,行動の説明はとしては不十分なのである。

 このような「思考の結果」重視の視点は,西洋的思考様式に特徴的である。これは次節で分析する進化における自然選択の考え方にも見られる。しかし生命にとっては,「何のために」存在し活動しているのか,の視点を欠かすことはできない。

 

第3節 生命の適応と進化

1)個体存続の限界とその克服

 生命が,原始地球の特殊な環境条件の中で,その生化学的な生存様式を維持することは容易なことではなかった。生命が誕生し生存しうる条件は,広い海洋全体ではなく,ある限られた特殊な環境――すなわち干潟,熱水噴出孔など種々の有機物質が混在し,化学反応の起こりやすい環境の「原始スープ」であったと考えられている。しかしそのような環境は,多様な地球環境の一部であり,原始生命は常に環境の変化を避けられない。 また,原始生命の細胞内の代謝の限界すなわち老化の現象と,細胞分裂の限界すなわち増殖可能な最適環境の制約にも対応しなければならない。従って,原始生命は,絶えず外的環境の変化に適応しつつ,内的環境を変え自己を更新しなければならない。そして, 誕生の当初から,核酸を中心とした自己複製を通じて自らを更新し,環境に適応してきた生命は,核酸とタンパク質を中心とするフィードバックサイクル機構を維持するために,この自己更新の能力を最大限活用する。

 ここに生命の進化――より正確には,生存様式の多様化の必然性がある。すなわち
   @原始生命は,環境の変化と多様性に対して柔軟に適応する。
   A原始生命は,自己複製と接合を通じた遺伝子変異によって適応する。

 こうして原始生命は,安定的フィードバック機構を更新・増殖させ,生命の多様性を今日の状態にまで進化させたのである。
 そこで次に,(1)老化と個体死,(2)増殖,(3)接合・受精ついて簡潔にまとめ,進化と適応の問題を考えてみよう。

   (以下は、目次を参照してください)                Home