「危機の時代」をどうとらえるか?
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                                   人間存在研究所 大江矩夫 (山田 武)
はじめに

 まず「危機の時代」という途方もない大きな問題を取り上げた理由を挙げておきます。人類史の中にあって危機の時代とは、それまで解決できていた諸問題が、今までの解決法では対処できない状態になった時代のことを言います。そのような時代を具体的に日本史の場合と世界史の場合で考えてみます。一般的に言えば、危機とは社会の混乱・無秩序・崩壊の状態であり、歴史は混乱と安定を交互に繰り返してきました。その原因は、自然的、物質的、精神的等複雑なので具体的に見ていきます。

 日本史においては、まず@「卑弥呼王朝」から大和朝廷成立の時代、次いでA「大化の改新」による「律令体制」整備の時代、さらにB私地私民(荘園制)進行による、鎌倉武家政権(前期封建制)成立の時代、C室町・安土桃山の戦国時代から徳川幕藩体制成立の時代、そしてD幕末・明治維新から第二次世界大戦にかけての時代です。

 そして、ここでわれわれが当面するE「現代の危機」は、20世紀前半から西洋文明や資本主義体制の崩壊の危機として自覚され、後半からは環境破壊・温暖化や資源の涸渇等の地球的限界や、民族・宗教的対立など社会主義を含めた近代思想全般の閉塞状況が明らかとなってきた時代です。現代の危機は、21世紀になってますます世界の分断が進み、トランプのような独善的指導者が現れて、戦後の世界平和と人権拡大の中心であった「国際連合」の地位も危うくなってきました。しかも今後の経済社会は縮小に向かい心の危機は深刻で、世界の政治・経済・イデオロギーの閉塞状況は、かつてない危機に直面しています。新型コロナウィルスのパンデミックは、この危機の時代にどのような影響をもたらすでしょうか?今の時代に、このような人類が当面する危機を地球的視野から議論することが、緊要の課題であると思われます。                                                                             2020.7

【項目】 1.日本史における危機  2.世界史における危機(西洋史を中心に) 3.危機の根源の捉え方と対立・混乱の諸相 4.諸課題の解決と人類の未来 

1.日本史における危機

(1)「卑弥呼王朝」から大和王権成立の時代
 日本史においては、縄文後期から弥生時代に稲作が始まり、生産力の上昇によって余剰生産物が蓄積され、人口が増え自然災害や疫病等によって村落間の格差が生じ、生産物や土地、労働力などを求めて地方から全国へと争いが広がって混乱の危機がおこりました。この時代はクニとクニとの間の対立・抗争が続き、中国(三国魏)との交流があった卑弥呼王朝(3C前半)によって一時的に抑えられ、大和政権の統一(?古墳時代)によって乗り越えらました。この時代、シャーマニズムと呪術によって諸事が決められた。

(2)「大化の改新」による「律令体制」整備の時代
 その後大和朝廷内で仏教導入についての権力闘争が起こり、崇仏派の蘇我氏が権力を握り、厩戸皇子(聖徳太子?)が制度改革を行おうとした。しかし、蘇我氏の専横が激しくなり、中大兄皇子と中臣鎌足(藤原氏の祖)が、乙巳の乱(645)を起こし「大化の改新」によってその権力を正当化する神話『古事記』『日本書紀』が編纂された。また対外的に、朝鮮・唐との対立の中で、国内の支配体制の強化として唐の「律令制度」(公地公民と官僚制)が整備されるようになった時代です(神道に加えて精神的権威としての仏教の導入)。

(3)私地私民(荘園制)進行による、鎌倉武家政権(前期封建制)成立の時代
 律令制度は、「公地公民」が原則でしたが、公家(貴族)や寺社はその特権を生かして私有地(荘園)を増やし、権力と私有地を守る侍(武士)が武力によって台頭してきました。飢饉や疫病、律令制の弱体化が進むと「末法思想」が広まり、民衆救済の仏教改革が求められました(鎌倉新仏教)。このような平安時代末期の状態は、平氏政権を倒した鎌倉幕府の成立によって一応律令体制からの脱却を図りました。しかし幕府は、朝廷の干渉を受け、また元の襲来もあって安定せず、武家の抗争が続き、また貨幣経済も広まって、長期の混乱・危機の時代が続きます。

(4)室町・安土桃山の戦国時代から徳川幕藩体制成立の時代
 後醍醐天皇は、鎌倉幕府滅亡後に「建武の新政」(1333)を開始しましたが、足利尊氏と対立し南北朝の内乱を招きました。その後も新旧勢力の対立によって危機の時代(室町・安土桃山)は続き、武士は領国経営のため農業生産力の向上や手工業の独立が進み、市場が成立して農民や町衆の自立・結集も進み各地で争乱や一揆が起こりました。応仁の乱(1467-78)後は、守護大名が「下克上」によって戦国大名に替わり、室町時代を通じて社会不安の高まる中で新仏教が武士や大衆に広まり、キリスト教宣教師による布教と政治的介入が起こりましたが、ようやく儒教と仏教を利用した徳川幕藩体制の成立と鎖国による封建制を確立しました。

(5)幕末・明治維新から第二次世界大戦にかけての時代
 幕末明治維新から第二次世界大戦まで、日本が欧米によるアジアの植民地化(外圧)に対抗して「上からの近代化」を成し遂げ、本格的に世界の帝国主義列強の対立の渦中に突入してきた時代です。日本は「王政復古」の名のもとに神権的天皇制を中央集権的に再編成し、立憲体制を取りつつも市民の自立(自由民権)を抑えて大陸侵略・植民地化を推し進めました。そして、欧米先進国の利害と対立し、独伊との三国同盟で対抗しましたが、大国アメリカへの挑戦の結果、人類初の核爆弾の攻撃を受け310万人以上の犠牲者を出して無条件降伏に到りました。その結果、新生日本は新憲法を制定し、平和・人権・民主主義の国家体制となりました。

(6)20世紀前半から西洋文明や資本主義体制の崩壊の危機
 20世紀後半には 一時東西対立(アメリカとソ連、資本主義と共産主義)によって大量の核兵器が発射台に装着され人類絶滅の危機が心配されましたが、超大国アメリカの勝利によって全面対決は回避されました。21世紀における現代の危機は、一体どのような状態でしょうか。それは世界史的人類史的危機と連動しており、一万年前の農業革命によって人類が物質的発展と繁栄を遂げて四大文明を成立させ、大帝国の成立と民族の興亡が続いた時期、次いで三百年前の産業革命によって欧米先進国が世界と国内の労働者大衆を搾取し、資本主義的矛盾が激化した100年前の世界大戦以来の危機であるということができます。それに加えて、現代の危機の高まりは、現代社会を形成してきた西洋的イデオロギー(キリスト教、自然法思想、社会契約説、スミス・マルクス・ダーウィン思想等)の欠陥に由来します。この危機を乗り越えるには、西洋と東洋の文明の融合を体得し、自然と共生してきた日本文化への覚醒と飛躍が求められます。
(7)日本文化には希望があります
 日本人は少年期12歳から成長しているでしょうか?日本の占領政策を遂行したアメリカ人キリスト教徒マッカーサーは、西洋人を40歳を過ぎた熟年とみなしました。しかし、真実を見る目は大人の偏見によって曇っていたのではないでしょうか。生命の誕生した地球は、欧米人の自然支配によって破壊されようとしています。主流の欧米文明は、熟年を維持して永続的な生命を享受しつづけることができるのでしょうか。
 自然と共に形成されてきた日本文化は、西洋文明を制御することができれば、人類の少年期から脱皮・成長して、世界の発展の先鞭をつけることができるはずです。そのためには、まず人間とは何かを知らなければなりません。人間とは何かを知ることによって自律できる個人となり、相互理解によって結合できる社会を創ることができます。そこでは自然と社会の関係の中で人間が自らを知ること以外の知的権威を必要としないでしょう。
 われわれが継承してきた文化的伝統は、大切にしなければならないと同時に、人間的普遍性はそれらの伝統の基礎となっていることを片時も忘れてはならないでしょう。近代的価値観である自由や人権・民主主義は、人間の真実と正義に基づいてこそ永続的価値を持つことができるのです。日本文化の全体には、今日の世界の危機を克服し、新たに一体化した人類史を築いていく萌芽が存在しているように思われます。(日本文化論参照)

2.世界史における危機(西洋史中心)

(1)農業革命から都市文明・世界帝国の成立へ(神話的・神権的世界観の崩壊)
 ・大河流域の国家の分立・抗争:BC4000頃〜征服戦争、地域帝国、神権政治、民族国家宗教
 ・地中海世界の小国家(農業・牧畜・海洋)の分立:民族神話による統合、ギリシャ学芸の隆盛
 ・アレクサンドロス大王東方遠征:ペルシャ帝国の滅亡BC330、東西融合の挫折⇒ヘレニズム文化
 ・地中海ローマ帝国の成立と崩壊:古代文明の融合(ヘレニズム、ヘブライズム、ゲルマニズム)
 ・分立と統合、秩序と無秩序、抗争と力の均衡、経済・文化の交流・発展と政治秩序の停滞

○「人間の最大幸福は、日毎に徳について、並びに、私が自他を吟味する際それに触れるのを諸君が聴かれたような諸他の事柄について語ることであって、魂の探求なき生活は人間にとり甲斐なきものである。」(『ソクラテスの弁明』久保勉 訳 28章)この「弁明」でソクラテスは、人間の内面に存在する魂(ダイモニア)の声を重視し、目先の利害(財産・地位・名誉)にとらわれず、日々人間的徳についての知識を探求・吟味しながら生きることが最大の幸福であると主張します。これは西洋的な神の存在を背景にした神秘的精神主義と、知的探求を重視する合理主義の宣言と言うこともできます。


(2)大帝国の崩壊から封建制の成立(古代的世界観の崩壊)
 ・地中海世界統合・ローマ帝国(BC27):共和制⇒帝政=大土地所有制(奴隷制から小作制=領主制へ)
 ・周辺民族との抗争:統治機構内の紛争と道徳的頽廃(軍隊の私物化・傭兵化)、格差と頽廃の拡大
 ・キリスト教の勝利(ミラノ勅令313)、ゲルマン移動、東西ローマの分裂、西ローマ滅亡(476)
 ・中世封建制の成立:カール大帝即位(800)ローマ教会のヨーロッパ支配と教会の領主化・腐敗

○「神々のわざは摂理にみちて居り、運命のわざは自然を離れては存在せず、また摂理に支配される事柄とも織り合わされ、組み合わされずには居ない。・・・自然のあらゆる部分にとって、宇宙の自然のもたらすものは善であり、その保存に役立つものである。宇宙を保存するのは元素の変化であり、またこれらによって構成されるものの変化である。」(『自省録』神谷美枝子訳 第二章三)ローマ帝国の哲人皇帝として著名なマルクス・アウレーリウスは、ストア派の哲学者として宇宙の摂理(自然法)に従って理性的に生きることを推奨した。宇宙(コスモス・秩序)は、変化に富むがそれは元素の変化として調和がとれ、人間においては理性的な認識にもとづく善なる生き方であった。死も運命にもとづくもので恐るべきものではない。

(3)商工業の発展による市民階級の興隆と世界進出(中世的世界の崩壊)
 ・貨幣経済の浸透:十字軍の遠征(1096)⇒遠隔地交易と都市の発達、「都市の空気は自由にする」
 ・封建社会の動揺:荘園性の崩壊・農奴解放・騎士の没落、ペストの流行・農民反乱(ワット・タイラー等)、
 ・教皇権の衰退:教皇のバビロン捕囚(1309)⇒教会大分裂、英仏百年戦争⇒王権の伸張
 ・大航海時代・ルネサンス・宗教改革(1517):植民地争奪、科学革命、価格革命、西欧の世界征服
 ・絶対主義の成立と覇権主義:北イタリアからスペイン⇒オランダ⇒イギリス・フランス

○「おまえ(アダム・人間)は,いかなる束縛によっても制限されず,私(神)がおまえをその手中に委ねたおまえの自由意志に従っておまえの本性を決定すべきである。私はおまえを世界の中心に置いたが,それは,世界の中に存在するいかなるものをも,おまえが中心からうまく見回しうるためである。」(ピコ・デラ・ミランドラ『人間の尊厳について』1486 大出訳 )*イタリアの人文学者。ルネサンスのヒューマニズム、西洋的個人主義、の表明。
○「人間の知識と力とはひとつに合一する、原因を知らなくては結果を生ぜしめないから。というのは、自然とは、これに従うことによらなくては征服されないからである。」(F.ベーコン『新機関』1620 服部訳)*イギリスの経験論哲学者。帰納法による科学的知識が自然と世界の征服を可能にするという科学の時代の表明。


(4)市民革命から産業革命への資本主義の発展(農業中心社会の崩壊)
 ・市民階級の台頭:独立自営農民(ヨーマン)、プロテスタント的精神(勤労倫理)⇒利己的欲望の解放
 ・啓蒙思想:ホッブス・ロック・モンテスキュー・ルソー等 ⇒自然法・人権思想、社会契約・民主主義
 ・市民革命:英名誉革命(1688)、米独立革命(1776)、仏大革命(1789)⇒絶対主義・封建体制の崩壊、
 ・産業革命:1760年代英国綿織物の機械工業化、蒸気機関の利用⇒重工業・蒸気機関車(1825)の発達
 ・産業資本主義の確立:工業都市・人口集中・労働者の貧困⇒労働問題・社会問題⇒社会主義運動

○「啓蒙とは何か。それは人間が、みずから招いた未成年の状態から抜けでることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことが出来ないということである。人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく、他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。・・・こうして啓蒙の標語とでもいうものがあるとすれば、それは「知る勇気をもて」だ。すなわち「自分の理性を使う勇気をもて」ということだ。」(カント『啓蒙とは何か』1784中山訳)*ドイツの観念論哲学者。理性に限界を設けた上で、人間の自律的道徳性を強調した。
○「イングランドのプロレタリア階級の歴史は、前世紀(訳注:18世紀)後半に、蒸気機関と綿紡績用機械の発明で始まった。こうした発明は周知のごとく、産業革命を引き起こし、その革命は文明社会すべてを一変させた。その革命の歴史的重要性は、いまやっと認識され始めたばかりだ。イングランドはこの変革の古典的な土壌であり、その変革は静かに進むにつれて力も増した。だからイングランドは、その主要産物にとっても古典的な土地となる。その産物とは、プロレタリア階級だ。あらゆる関係についてあらゆる側面からプロレタリア階級を観察できる場所はイングランドだけだ。」(エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』1847 山形訳)


(5)帝国主義的対立から国際連携へ(国際連合の成立と残された課題)
 ・近代資本主義の特質:利潤追求・自由競争・景気循環・世界恐慌(1929)⇒修正資本主義(ケインズ)
 ・資本主義の不均等発展:先発持てる国(英仏米)と後発持たざる国(独伊日)と植民地争奪戦争
 ・帝国主義戦争(世界大戦):第一次(1914-18) 犠牲者約850万人・第二次(1939-45) 同約6千万人
 ・社会主義ソ連の成立:ロシア革命(1917)・中国建国(1949)⇒東西対立、民族自決・解放⇒植民地独立
 ・国際連盟⇒国際連合:平和・国際協調⇒東西冷戦・地域紛争、世界人権宣言・人権規約、大国の逸脱

○「これまでのすべての社会の歴史は階級闘争の歴史である。・・・この闘争は、いつでも社会全体の革命的改造に終わるか、あるいは、あいたたかう階級の共倒れに終わった。」(マルクス・エンゲルス『共産党宣言』1848)
○「この地球という球体の表面では、人間は無限に散らばって広がることができないために、共存するしかないのであり、ほんらいいかなる人も、地球のある場所に居住する権利を他の人よりも多く認められることはないはずなのである。」(カント『永遠平和のために』1795 中山訳)


3.危機の根源の捉え方と対立・混乱の諸相

(1)普遍性と多様性――危機を越える相互理解の視点(小異を認めて大道を目ざす
 ・科学的方法論:経験(観測・実験)的事実と法則化と価値観(解釈・意味づけ・捉え方)の分離
 ・生物学的自然観:自然選択進化論の誤り⇒「自然は選択しない。生命が自然への適応を選択する。」
 ・生命の進化と多様性:進化は、生命が無限の環境で多様な生活様式をとること。進歩とは限らぬ
 ・生命言語説:人間の認識や行動における言語の機能が、人間の創造力の基本であるという考え方。
 ・観念(思想・イデオロギー)の意義:意識・宗教・思想・伝統等⇒存在・生存・行動の意味づけ・強化

○「われわれは生存機械―遺伝子という名の利己的な分子を保存するべく盲目的にプログラムされた、ロボット機械なのだ。この真実に私は今なおただ驚きつづけている。」 (R.ドーキンス『利己的な遺伝子』1976 日高訳)*イギリスの進化生物学者。進化の総合説(自然選択説)の立場からDNA中心主義を唱える。
○「言語の起源は、対象としての環境とその状態、また人間関係や主体の意図・判断を言語記号化することによって、自然と社会の環境を的確に把握し、いかに適応的に生きていくかを言語的に再構成・創造し、それを集団で共有(主観性の客観化・社会化)し、また自らの存在を意味づけ行動することにあります。つまり、人間における言語の進化(獲得)は、生命(細胞)の生き方・生存様式に関わる「環境刺激の認知・統合・反応構造(システム)」として到達した、究極の適応様式への転換点になると考えるべきなのです。だから人間の言語は、単に対象や認識結果の言語記号化(理性的情報処理)と伝達の手段としてだけでなく、常に様々の次元の環境に生きる生き方、ものの見方考え方の手段として考える必要があります。」(大江『言語の起源について』)


(2)近代的(民主的)政治経済における秩序・調和と無秩序・混乱(功利主義の限界)
 ・政治経済の役割:経済活動(生産・交換・消費・投資)における利害対立と景気変動の調整・修復
 ・資本主義と格差:格差の根源は情報(立場)の非対称性による不等価交換⇒低賃金と独占商品
 ・政治経済体制の危機:発展拡大思想、計画経済と自由放任、マルクスとハイエクの対立
 ・政経秩序の調整と発展:自由放任(小さな政府・夜警国家)と社会福祉(大きな政府・福祉国家)
 ・政治秩序とイデオロギー:政治秩序は人権保障の立憲的体制が基本。所有権と市場の道徳への自覚

○「労働と資本の種々な用途において生じる利益と不利益は、・・・同一地方では、完全に均等であるか、またはたえず均等化される傾向がある。・・・その社会とは、事実が自然のなり行きに従うままに放任され、完全な自由が行われ、各人が、自分の適当と思う職業を選択するのにも、また適当と思うつど職業を変更するのにも、全く自由であるような社会である。」(アダム・スミス『国富論』大河内訳)

(3)人間とは何か、自由と欲望の拡大(人間言語は、心と体、社会と自然を多少は制御できる)
 ・認識論と言語論の乖離:チョムスキーと文法の起源⇒人間の好奇心「何がwhat?どうあるかhow?」
 ・無意識エスの解明:フロイトの失敗、生存とは無意識的な欲求と感情の快不快反応、意識化とは言語化
 ・心(精神)の構造:三要素⇒欲求(個体と種族の維持)・感情(肯定否定、快不快)・言語(思考・想像・表現)
 ・人間の権利・自由と功利主義の限界:英国的現実主義と米仏的理想主義を経済の拡大成長で大衆迎合
 ・人間労働の価値基準:人間一人の労働価値は、人間平均労働価値の数倍を超えないと思われる?

○「エス[独、イド(羅)、無意識な本能的衝動・リビドー]および超自我[良心・道徳性]から分離される限りでの、本来の自我の性格を記述するのに一番手っ取り早いやり方は、心の最上層部に対する自我の関係に着目することです。この最上層部をわれわれは知覚-意識体系と呼んでいますこの体系は外界に向けられていて、外界についての知覚を媒介します。この体系の中に、この体系の機能がはたらいている間に意識という現象は成立するのです。」(フロイト『精神分析入門(続)』1933懸田訳[ ]は引用者による) *オーストリアの精神分析創始者。人間心理の否定的感情(不安・恐怖や恥等)を潜在意識に抑圧することが神経症の原因と考え、精神分析的治療に生かしたが、心の解明には失敗した。
○「正義の観念には二つの前提がある。行動の準則とその準則を認める心情である。前者は人類全部に共通で人類の善をめざすようなものでなければならない。後者はこの準則を犯すものを処罰しようという欲求である。・・・そこで正義の心情とは、自分または自分が共感を持つ人に対する損害または損傷に反撃し仕返しをしようとする動物的欲望[安全の利益]が、人類の共感能力の拡大と人間の賢明な利己心の考え方によってすべての人間を包括するように広がったものと、私には思われる。」(J.S.ミル『功利主義論』1861伊原訳)*イギリスの民主社会的思想家。多数決の原理に従い少数意見を重視する。しかし、衆愚政治への対応や教育は人間の功利的心情に委ねてしまった。


(4)近代西洋思想と社会契約の限界(スミス・マルクス・ダーウィンが現代社会の限界を示す)
 ・西洋思想の共通の限界:現代を特徴付ける三大思想家と社会契約の基本となる自然法思想の限界
 ・自然法と社会契約思想:ロック、ルソー等の人権思想 独立した個人と政府の契約、交換関係除外
 ・スミス:共感(同胞感情)という人間本性は、自由放任を導くが、正義にもとづく理性的制約を除外
 ・マルクス:唯物史観と剰余価値説の誤りは、階級闘争一元論と労働価値説にもとづく等価交換説
 ・ダーウィン:自然は選択しない。生命は無限の環境に適応選択することによって多様に進化する。

○「自然状態には、これを支配する一つの自然法があり、何人もそれに従わねばならぬ。この法たる理性は、それに聞こうとしさえするならば、すべての人類に、一切は平等かつ独立であるから、何人も他人の生命、健康、自由または財産を傷つけるべきではない、ということを教えるのである。」(ロック『市民政府論』1960 鵜飼訳)*英国の経験論哲学者。人間が「平等かつ独立」や自由であるのは理想ではあっても現実ではなく、
○「第一篇 労働の生産力における改善の原因と、その生産物が人々のさまざまな階級のあいだに自然に分配される秩序について」(『国富論』目次) *交換の性向は、「博愛心」ではなく相互の「自愛心」によって起こり、分業を促進する。
○「人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく、彼らの社会的存在が彼らの意識を規定する。」(マルクス『経済学批判 序言』)*人間の意識は社会的に規定されつつ、人間は自らの認識・知識・選択によって自らを規定する。
「同一交換価値の商品または商品と貨幣、従って等価が、交換されるとすれば、明らかに何人も流通から、これに投入する以上の価値を引き出すことはない。かくては剰余価値の形成は起こらない。しかしながら商品の流通過程は、その純粋なる形態においては、かならず等価の交換となっている。」(『資本論』1巻2篇4章2節) *剰余価値は不等価交換によって労働者から搾取(労働力商品の価値の移動)されるのであって等価交換によるのではない。
○「どんな軽微な変異も有用であれば保存されていく[if useful, is preserved]というこの原理を、それと人間の選択の力との関係をあらわすために、私は<自然選択>の語で呼ぶことにした。」(ダーウィン『種の起源』3章1859八杉訳)* 生命選択の立場からいえば、有用であれば保存(遺伝)するのは生命の選択です。生命にとって有用な獲得形質はエピジェネティクスによって遺伝します。進化は、人間の選択(品種改良)と対比するべきではなく、生命が、適応的変異を選択することによって起こるとみなすべきなのです。生命は主体的・能動的に進化します(今西進化説)。


(5)格差の拡大と縮小社会(地球資源は偏在し拡大再生産には限界がある)
 ・格差の根源:自然的格差と人為的格差、(分配の自然法的経済学から、交換と再分配の経済学へ)
   自然的格差⇒地域格差;資源 風土 災害、個性 
   人為的格差⇒商品交換(独占、労働力商品)の不等価:非対称的交換、価値変動と投機的交換 
         政治的再分配(課税と政策)の不公正:恣意的政治、未熟な民主主義
 ・資本主義の腐敗:格差維持・愚民化政策⇒情報産業(ITメディア)、新自由主義イデオロギー、競争政策
 ・成長の限界:地球資源(化石燃料・レアメタル)の枯渇・環境破壊・気候変動・パンデミック⇒競争激化

(6)民族的イデオロギー的偏狭と衆愚政治(自律する市民なしに健全な民主主義は発展しない)
 ・体制イデオロギーの対立と人類滅亡の危機:核戦争の脅威、大量破壊兵器
 ・国際テロリズムの脅威:イスラム世界の対立、宗教・イデオロギー対立、格差や差別がテロを生む
 ・人種差別:アメリカの差別とヨーロッパの移民政策、宗教的伝統の偏狭性、人間的普遍性の欠如
 ・人類的連帯の欠如:民族主義 ポピュリズム(大衆迎合) 自国中心主義(トランプ現象)擬制民主主義


4.諸課題の解決と人類の未来

(1)日本と人類社会にとっての危機とは何か(危機への自覚が新しい展望を見いだす)
 ・危機の本質:自然と人為による危機⇒危機のグローバル化、資本主義的発展の危機(panicでなくcrisis)
 ・人為的豊かさのもたらす危機:自然破壊、資源の枯渇、道徳的混乱・社会的混乱(暴動)戦争 
 ・日本の危機:少子高齢・人口減少社会、貿易立国・縮小再生産、国家財政の赤字
 ・世界の危機:民族主義、気候変動、成長の限界、世界経済の混乱⇒無資源国の縮小経済・世界恐慌

(2)東西思想の融合(人生苦の解決は神仏の力ではなく自律の力による)
 ・一神教と仏教・道教の共通点:人生苦からの救済・祈り、人生の指針・意味づけ⇒亜流の現世利益
 ・解放・救済の方法:苦悩・虚無・不安等からの解放⇒ 絶対者(神仏)への帰依安心、永遠性の保障
    東洋⇒仏教的無我・真我による安心立命、道教的自然・宇宙・道、共通に智恵・瞑想・修行
    西洋⇒全知全能の人格神、契約による永遠の生命の保障、キリスト・神への祈り
 ・原始仏教の特異性:無常・苦の中の自己の絶対化⇒中道・四諦(苦集滅道)・八正道(悟りの道)

(3)人間とは何か(人間は心の理解により永続的幸福を得ることができます)
 ・言語による思考と理性の原則:言語による論理的思考(理性)が知識や科学の基礎になる。
 ・心(精神)の構造と機能
   欲求と感情⇒人間意識の根源としての無意識的動因と直観的判断になる(類人猿と共有)。
   言語的思考と表現⇒伝達内容の的確性には、言語による論理的思考と表現(文法)が必要。
 ・欲求・感情(無意識・直観)と言語(意識・論理)との関係:言語的知識的な無意識性の制御
 ・幸福の追求と精神(心):刹那的生理的快楽・幸福、永続的精神的快楽・幸福

(4)新時代のイデオロギー(新社会契約により政治・経済・社会の人類的普遍性が構築できる)
 ・百家争鳴の時代:宗教、科学(学問)、政治、経済文化、娯楽等にはそれぞれ意味づけがある。
 ・旧来の宗教の限界:科学的検証が不可能な創造神や絶対者、来世・天国の存在は必要でない。 
 ・人類的普遍性の再構築:進化論における生命選択・適応性の主体性と言語的思考の創造性の重視
 ・人間は教育の所産:人格の形成⇒発達・成長・文化・思想・社会規範・互助連帯⇒社会教育重視
 ・民主的自律の思想:人権思想と幸福の追求、互助連帯と平和共存、対話と熟議の流儀⇒中道の追求
 ・新しい社会契約:個別意志と一般意思の共存、多数決と少数意見の重視(社会調整)⇒民主主義の成熟

(5)世界連邦の樹立(国際連合は、新しい人権と互助互恵によって世界連邦へ向かう)
 ・米中対立の克服:平和外交・共存共栄とイデオロギー(スミス・マルクス・ダーウィン)対立の克服
 ・国際連合の限界:戦勝国・五大国主義の弊害、改革の障害、規約・人権宣言の改訂⇒国連改革↓↓
 ・世界は分断されれば、国家・民族的にも階級的にも共倒れに終わる可能性が強い⇒世界連邦へ
 ・新世界人権宣言:新しい人権⇒生命と環境権、幸福追求権、共存共栄・互助互恵、個人の権利と責任
 ・世界連邦の創設:世界政府(二人統領制)、連邦議会(各州理事会)、連邦警察軍(各国支部)
(*注) 新世界人権宣言における新しい人権は、環境権・知る権利・プライバシー権などのように、個々の権利を強調するものではなく、
グローバル化した人類の普遍的価値を明確にすることを目ざすもので、個人の自由・平等や幸福追求だけでなく、未来世代や地球上
の全人類や生命全体に関わる権利である。

<終わりに>
 人類が一万年前の農業革命から全体として成長発展しつづけた拡大社会に対して、今日では「縮小社会」が、21世紀のグローバル化した社会にふさわしい表現だと私は思っています。縮小社会は、地球資源の枯渇、環境汚染、気候変動、パンデミック、格差社会の状態を深刻化させ、経済の拡大成長を目指しながら、諸集団の分断・対立と混乱・腐敗を招いてしまうという今までにない解決困難な人類史的危機の時代です。
 しかし、希望はあります。 古代ギリシャのソクラテスによる心(魂・精神)の永遠性の発見以来、西洋文明の思想や哲学・宗教は、自然や物質的存在を超越(創造・支配)した神や絶対的精神的存在に救いを求めてきました。しかし、東洋では、インドのシャカや中国の老子のように、自然や宇宙の無常性・無限性との一体化(物心一如)に安心立命や救い・慰めを求め、出家や出世間によって解脱や覚醒を目ざしました。東西文明における世界宗教(仏教・キリスト教・イスラム等や諸哲学)の成立後、商業の発展とともに大衆化・世俗化(営利主義・菩薩信仰・現世利益)が行われましたが、東洋思想に含まれる自然(環境)との一体化や欲望の抑制(小欲知足)の思想は脈々と受け継がれ、今日においても「心の危機」を乗り越える一助になると思われますが、さて皆さんどのように考えられるでしょうか?

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