平成15年1月15日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成14年(行ウ)第68号 救済命令取消請求事件

口頭弁論終結日 平成14年10月24日

判          決
  原告                         本四海峡バス株式会社
                                   代表者代表取締役社長 川真田 常男



  被告                         中央労働委員会
                                   代表者会長 山口 浩一郎

  被告補助参加人                  全日本港湾労働組合関西地方神戸支部
                                   代表者 支部執行委員長 馬越 輝光
主          文

1  原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は,補助参加によって生じたものを含め,原告の負担とする。

   事 実 及 び 理 由 

第1 請求

 被告が中労委平成12年(不再)第40号事件について,平成14年1月9日付けでした命令を取り消す。

第2 事案の概要

 本件は,原告が被告補助参加人(以下「補助参加人」という。)からの団体交渉の申入れに応じないことが不当労働行為であるとして,兵庫県地方労働委員会(以下「兵庫地労委」という。)が発した救済命令を維持し、原告の再審査申立てを棄却した被告の命令について,原告がその取消しを求めた事案である。

 1 前提となる事実(証拠を掲げない事実はいずれも争いがない。)

 (1)当事者等

ア 原告は,肩書地に本社を置き,一般乗合旅客自動車運送事業を主たる業務としており,兵庫地労委の審問終結時の従業員は,運転士及び整備士(以下「運転士等」という。)64名を含め100名であった。原告は,明石海峡大橋の供用に伴い事業規模の縮小等を余儀なくされる一般旅客定期航路事業者の共同出資により,新規事業の開拓及び船員等の離職者の雇用確保を目的として平成7年に設立されたものであり,平成10年4月の営業開始時の従業員は83名で,このうち運転士等の大部分は,上記事業者に勤務していた船員等を原告が雇用した者であった。
イ 補助参加人は,港湾産業及びこれに関連する事業の労働者で組織する労働組合であり,全日本港湾労働組合(以下「全港湾」という。)の下部団 体である。補助参加人の組合員数は,被告にお〉ける審問終結時321名であった。く乙120,弁論の全趣旨)
ウ 全日本海員組合(以下「海員組合」という。)は,海上労働者を主体とする全国組織の労働組合で,被告における審問終結時,嘩告の発行済株式総数の約55パーセントを保有していた。
 (2)本件協約
 原告と海員組合とは,平成10年6月26日,運転士等に限定して,その効力を同年4月1日からとする,以下の内容のユニオン・ショップ制を定めた労働協約を締結したく以下,このユニオン・ショップを定めた条項を「本件協約」と言う。)。(乙5)
ア 原告の所属運転士等は,すべて海員組合組合員でなければならない。
イ 原告に新しく採用される組合員でない運転士等は,採用後おそくとも1か月以内に加入手続をとるものとする
ウ 原告は,海員組合に加入しない者,または組合員の資格を失った者を引き続き運転士等として雇用しない。
 (3)運転士等による海員組合の脱退及び海員組合による処分  
ア 平成11年7月30日(以下,年号の記載のないものは平成11年をいう。),運転士58名全員が,「私達一同は貴組合の活動方針に対し賛同出来ず,これ以上貴組合に留る事は出来ませんので,ここに本書を以て脱退する事を届出致します。」と記載した脱退届(乙48,以下「本件脱退届」という。)に連名で署名して,海員組合に提出し,同日,全港湾に加入した。(乙48,120,121)
イ 海員組合組合長は,8月6日,中央執行委員会を開催し,同委員会は,中田良治(以下「中田」という。),日野隆文(以下「日野」という。)及び板谷節雄(以下「板谷」といい,これらの者を併せて「中田ら3名」という。)が本件脱退届の提出の首謀者であるとして,中田ら3名の海員組合の除名処分を決定した。これを受けて,海員組合関西地方支部長は,原告に対し,同日付け文書により,同処分を通知するとともに,本件協約に基づき中田ら3名の措置を要請する一方,中田ら3名に対しては,8月10日付けの組合統制違反処分決定通知書により,同月6日付け除名処分を通知した。(乙42,47,90,91,113ないし115)
ウ 全港湾に加盟した運転士等は,8月9日,補助参加人本四海峡バス分会(以下「分会」という。)を結成し,分会長に中田,副分会長に日野及び分会書記長に板谷ほかの分会役員を選出した。(甲19,121)
 (4)本件解雇と団体交渉中入れ
ア 原告は,8月9日,中田ら3名に対し,海員組合から本件協約に基づく措置要請を受けたため本件協約により同日付けで解雇する旨,文書で通告した(以下「本件解雇」という。)。(乙20ないし22)
イ 補助参加人は,−8月9日,原告に対し,分会結成の通告と組合活動についての協定事項,労働条件についての緊急要求事項及び中田ら3名あての解雇通知の撤回を交渉事項(以下「本件交渉事項」という。)とする団体交渉の申入れをするため,原告の事務所を訪れたが,同事務所は閉鎖されており,原告と連絡を申ることができなかった。
 補助参加人は,原告に対し,8月10日には,分会役員と分会員全員の名前を記載した「ご通知」,団体交渉の申入れを兼ねた「組合結成通告書」,「当面する緊急要求」及び「中田良治,日野隆文,板谷節雄等宛解雇通知の撤回申し入れ」の書面(いずれも8月9日付け)を郵送し(8月10日に原告に配達),8月23日には「団体交渉開催要求書」を内容証明郵便により送付したが,原告からは何らの応答もなかった。(以上,乙19,23ないし25,42,120,121)
ウ この間,補助参加人は,8月13日,兵庫地労委に対し,原告を被申請人として,団体交渉開催を申請事項とするあっせんを申し立てたが,8月23日,原告がこのあっせんに応じないとの態度を示したため,あっせんは打ち切られた。
 (5)本件救済申立て
 補助参加人は9月20日,兵庫地労委に対し,原告を被申立人として本件交渉事項に、関する団体交渉が不当労働行為であるとして団体交渉の応諾及び誓約文の掲示を求めて救済を申し立てた(以下「本件救済申立て」という。兵庫地労委は,平成12年6月20日,原告が本件交渉事項に関する団体交渉を正当な理由なく拒否したことは不当労働行為に当たるとして,別紙1のとおりの救済命令を発っした(以下「初審命令」という。)。
 原告は,これを不服として,同年7月4日,被告に対し,再審査の申立てをしたが,被告は,平成14年1月9日,別紙2のとおり,再審査の申立てを棄却する旨の命令(以下「本件命令」という。)をした(原告への交付は同月18日)。原告は,同年2月11日,本訴を提起した。
 (6)関連する裁判等の経過
ア 神戸地方裁判所は,平成12年1月31日,中田ら3名の申立てに係る地位保全等仮処分申立事件について,同人らが原告に対しの労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め貸金の仮払を命じる仮処分決定をし,同年3月14日,補助参加人が原告に対し申し立てた地位保全仮処分申立事件について,補助参加人が本件交渉事項に関し原告に対して団体交渉を求める地位にあることを仮に定める仮処分決定をした。
イ 神戸地方裁判所は,平成13年10月1日,原告に対し,中田ら3名が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認し,同人らに対する解雇後同判決確定までの間の賃金の支払を命じ,補助参加人及び全港湾関西地方本部が原告に対し団体交渉を求めうる地位にあることを確認する判決を言い渡した。

2 争点

    本件命令の違法性の有無

(1)原告の主張

  ア 背景事情について  
(ア) ユニオン・ショップ協定に基づく解雇の有効要件
 労働組合法(以下「労組法」という。)7条1号但書がユニオン・ショップ協定を有効とするのは,労働者の積極的団結権が消極的団結権に対して優位することを保障し,労働組合の団結権が,個々の労働者の団結権に優位することを保障したものであるから,使用者が労働組合とユニオン・ショップ協定を締結している場合は,各組合員は,団結強制及び組織強制を承認し,その組合を基礎に統一的な組合運動の展開に参加することを約しているのであって,ユニオン・ショップ協定を締結している労働組合の団結権を阻害する場合は,労働者個人の団結権をも排除することが許容されている。
 したがって,ユニオン・ショップ協定を縮結する組合からの脱退が是認され,これに基づく解雇が許されないのは,@組合の団結権よりも組合員の団結への権利を保護しなければならないやむを得ない理由があること,A脱退の方法・態様が相当である場合と解すべきであり,除名者や理由もなく組合を脱退した者に対する解雇は基本的に有効になしうる。
(イ) 原告の性格
 原告は,本州四国連絡橋の建設に伴う旅客事業等への影響の軽減を図ることを目的とした「本州四国連絡橋の建設に伴う一般旅客定期航路事業等に関する特別措置法」に基づき,明石海峡大橋開通により事業縮小を余儀なくされる一般旅客定期航路事業者十数社が共同出資し,自らバス事業の展開を図ることにより,旅客輸送サービスを継承し,併せて離職者対策の一助とすることを設立の趣旨として,平成7年7月14日に設立された株式会社であって,原告が雇用した従業員のほとんどは,関係事業会社から再雇用された元船員で,海員組合の組合員であった者である。ことに営業開始時である平成10年4月に在籍していたバス運転手は,全員が関係事業者に勤務していた海員組合の組合員であり,同組合員であることを前提として採用された者である。
(ウ) 本件協約の特殊性
 原告は,離職者対策も重要な目的として設立された会社であるところ,離職者の雇用に関しては「雇用促進協議会」(国,自治体,関係各社,海員組合が構成員)が一元的に管理している。また,当初原告が採用した従業員は,関係船社の船員,陸員,JRのOBであり,現在も関係船社を退社した400名が原告への雇用を求めて待機している。
 海員組合は,離職者対策等を政府に強く働きかけて,上記法の制定に貢献し,離職者対策や原告の事業免許取得において極めて重要な役割を果たしており,原告にとって,海員組合との信頼関係は極めて重要なものである。このような事情から,原告は,経営基盤を安定させるため,平成9年8月,原告の運転士及び整備管理責任者として採用募集する応募者は,海員組合又は同組合が認めた者に限ること等について確認書を交わし,次いで,平成10年3月26日,再雇用者と労働協約を締結する際に,海員組合との間で本件協約を締結し,これを維持していたものである。
 上記事情に照らすと,原告が営業を開始した平成10年4月に在籍したバス運転手は,海員組合の組合員であることを前提に採用された者であり,本件協約は実質的にはクローズド・ショップの性質を有する特殊なものというべきであるから,この特殊性を無視して,本件協約の解釈,適用にユニオン・ショップ協定に関する一般論を適用することはできない。
イ 申立権の濫用
 本件は,労使間の紛争ではなく,ユニオン・ショップ協定に関する海員組合と全港湾との間との紛争であり,原告においては,実質的に労使間の紛争はない。上記組合間における紛争について原告は処分権を有していないから,原告に対して救済命令を発しても,何ら問題の解決にはならない。補助参加人は,形式的に労使紛争を作り出し,海員組合との紛争を有利に運ぶために本件救済申立てに及んだものであり,申立権の濫用にあたるから,本件救済申立ては救済の利益を欠くものとして,却下されるべきである。
ウ 本件脱退届について
 補助参加人構成員と主張する原告の従業員は,海員組合の手続に則った通式な書面による脱退の届出,すなわち個別の書面による脱退の申し出をしていないから,海員組合を脱退する意思が明らかではなく,上記従業員らが海員組合を脱退したとは認められない。本件脱退届は,個々人の脱退意思が明確にされたとは認められない上,印影は,いわゆる三文判を利用したものであることが明らかであり,署名が削除されている部分にかかる氏名は,名下の印影及び訂正印の印影(「平野」)と氏が異なっており,「平野」の印影に該当する「平野弘章」は,上段に既に署名したことになつているなど,個々人が自署したとの推定が働く体裁も整っていない。
 原告は,本件救済申立ての前後を通じ,上記従業員らの脱退意思を明確にするため,海員組合の手続に則って脱退意思を明確にするよう再三求めているが,現在まで個別の脱退届を提出していない。このこと自体,上記従業員らが真実脱退意思がないことを示している。また,補助参加人は組合への重複加入を認めていないところ,上記従業員らの脱退意思が明確になっていない以上,補助参加人への加入手続が取られているかも疑問であり,加入の承認もなされていないはずである。
 以上のとおり,補助参加人の組合員と主張する原告の従業員が真実その組合員であるとは認められないから,原告が補助参加人からの団体交渉を受け入れないことには正当な理由がある。
エ 中田ら3名の解雇問題について
 団体交渉は,労使が会見して組合員の労働条件に関する交渉を行うものであるから,交渉事項に関し処分権がなければならず,また,労組法は合意を強制していないから,処分ができず合意の成立が見込まれない事項については,団体交渉事項とはなりえないところ,中田ら3名の解雇問題は,本件協約に関する労働組合相互間の紛争が解決しなければ解決しえない事項であり,その意味で,原告には処分権がなく,合意の成立も見込まれないから,団体交渉事項とはならない。
オ 団体交渉の実施について
 原告は,初審命令後,平成12年6月30から同年8月24日までの間,補助参加人と11回にわたって面談を行い,初審命令の実施に向けての事務折衝を行っており,実質的に団体交渉を行っている。
(2)被告の主張
 被告の認定した事実及び判断に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
(3)補助参加人の主張
ア 本件協約について
 原告の主張は,結局のところ,海員組合との信頼関係が極めて重要であるとして,海員組合と一体となって補助参加人を排除しようとするものにほかならず,原告の主張についてはすべて争う。
イ 本件脱退届について
 運転手ら58名が海員組合に提出した脱退届は,脱退の意思を明確に示したものである。脱退届が連名であることや三文判による押印がみられることは意思表示の効力に消長を来すものではなく,また,署名削除部分に関する主張は,印影の誤認(「平野」ではなく「宇野」である。)に基づくものにすぎない。また,補助参加人への加入手続がされていないとの主張は,団体構成員の決定に関する団体自治の原則を真っ向から否定するものである。
ウ 中田ら3名の解雇問題について
 本件解雇を決定し,通告したのは原告であるから,本件解雇を撤回するか否かも判断するのも原告であり,原告が本件解雇に関する処分権を有することは明らかである。
エ 団体交渉の実施について
 原告は,原告の従業員の中に補助参加人の組合員がいるとは認められないとして団体交渉応諾義務がないと主張しながら,他方で団体交渉に応じているとの矛盾した主張をする。このような姿勢で臨んでいる事務折衝がそもそも団体交渉といえるはずもなく,また,原告は,補助参加人と協定を結ぶことができないと明言しているのであって,原告の主張は到底認めることができない。
第3 当裁判所の判断
1 本件協約に関する原告の主張について
(1) ユニオン・ショップ協定は,労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に,使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化を図ろうとするものであるが,他方,労働者には,自らの団結権を行使するため労働組合を選択する自由があり,また,ユニオン・ショップ協定を締結している労働組合(以下、「締結組合」という。)の団結権と同様,同協定を綿結していない他の労働組合の団結権も等しく尊重されるべきであるから,ユニオン・ショップ協定によって,労働者に対し,解雇の威嚇の下に特定の労働組合への加入を強制することは,それが労働者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を侵害する場合には許されないものというべきである。
 したがって,ユニオン・ショップ協定のうち,締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが,他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は,右の観点からして,民法90条の規定により,これを無効と解すべきである(最高裁昭和60年持う第386号平成元年12月14日第1小法廷判決・民集43巻12号2051頁)。原告は,労組法7条1項は労働組合の団結権が個々の労働者の団結権に優位することを保障するものであるとして,使用者が労働組合との間でユニオン・ショップ協定を締結している場合は,個々の労働者の組合選択の自由は一定の制限を受ける旨主張し,使用者は,綿結組合からの除名者や理由なく縮結組合を脱退した者に対する解雇を有効にしうると主張するが,上記に照らし,採用することができない。
(2) 原告は,原告設立の経緯等から,本件協約は実質的にクローズド・ショップの性質を有する特殊なものであると主張するところ,証拠(乙53ないし57,84ないし86)によれば,原告設立の経緯及び原告と海員組合において本件協約が蹄結されるに至った事情に関し,前記第2の2〈1)アの(イ)及び(ウ)において原告が主張するような事実関係がある程度認められる。
 しかしながら,そのような事情を考慮しても,その文言上,本件協約が,原告は海員組合の組合員のみを雇用することができ,また従業員が海員組合の組合員でなくなったときはこれを解雇しなければならないとするクローズド・ショップ制を定めたものとは解されないし,仮にこの点を措き,本件協約がその実質においてクローズド・ショップ制を定めるものであったとしても,個々の労働者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を侵害するような協定が許されないことは,ユニオン・ショップ協定について先に判示したところと異ならないと解すべきであるから,この点に関する原告の主張は採用できない。
(3) 以上によれば,海員組合を除名になったことを理由に本件協約に基づいて中田ら3名に対して原告が行った解雇は,民法90条により無効と考えざるをえないし,原告において,本件協約の存在を理由に,自己の労働者が海員組合を脱退し(又は除名されて)加入した他の労働組合との団体交渉を拒むことはできないというべきである。
2 申立権濫用の主張について
 原告は,本件の紛争は,労使間の紛争ではなく,ユニオン・ショップ協定に関する海員組合と全港湾との間との紛争であり,補助参加人が形式的に労使紛争を作出し,海早組合との紛争を有利に運ぶために本件救済申立てに及んだもので,申立権の濫用であると主張する。しかし,補助参加人が原告に対し,分会結成通知により,補助参加人に加入した原告従業員の氏名を明示した上,組合員の行う組合活動及び労働条件に関する要求事項並びに中田ら3名に対する解雇の撤回を交渉事項として団体交渉を申し入れたこと,本件救済申立てに先立ち,原告がこの申入れに対し何ら応答せず,いわば黙殺し,兵庫地労委のあっせんにも応じない姿勢を示したことは前提となる事実のとおりである。
 上記交渉事項,とりわけ中田ら3名の解雇問題は,使用者たる原告が処分権を有し,決定すべき事項以外の何物でもなくまた原告の補助参加人に対する上記対応に照らせば,本件救済申立てについて申立権の濫用を問題とする余地はないというべきであり,原告の主張は失当である。
3 団体交渉拒否事由に関する原告の主張について
(1) 原告が補助参加人からの本件交渉事項にかかる団体交渉申入れに対し,団体交渉申入書を受領しながら何ら返答をせず,また補助参加人が神戸地労委に申し立てたあっせんに対しても,これに応じない態度を示したことは前提となる事実のとおりである。また,本件救済申立て後の経過に関しては,別紙2の本件命令書第2の4(1)ないし(9)(6頁14行目から9頁13行目)記載のとおりである(ただし,「全港湾神戸支部」は補助参加人と,「会社」は「原告」と,「8.9団交申入れ事項」は「本件交渉事項」とそれぞれ読み替え,〈1)の第3段落部分2行を,「翌10月13日,補助参加人が,前日に受取りを拒否された「ご通知」及び団体交渉申入書を配達証明郵便で原告に送付したところ,原告は,これを受領したものの未開封のまま補助参加人に返送した。」と改める。同訂正部分は,乙36ないし40及び乙120により認められ,その余の事実は全て争いがない。)。
 これら事実によれば,原告は,被告における審問終結にいたるまでの間,一貫して補助参加人との団体交渉を拒否しているといわざるをえない。
(2) なお,原告は,初審命令後,補助参加人と11回にわたって面談し,初審命令の実施に向けての事務折衝を行っており,実質的に団体交渉を行っていると主張するが,上記(1)で示した事実経過によると,原告の代表取締役専務は,被告の審問においてこの事務折衝が団体交渉ではない旨明言しており,また,この間,原告側は一貫して,運転士等を補助参加人の組合員とは認めないとの態度を示し,補助参加人側からの団体交渉申入れに対し,原告には問題を解決する当事者能力がない,従業員に補助参加人の組合員が存在するとの認識はない等,本件訴訟における主張と同様の発言をしていることが認められ,この状況に照らすと,補助参加人との間で一定の合意形成に向けた協議を行う意思をもって原告が上記事務折衝に臨んでいるとは到底認められず,原告の上記主張は採用できない。
(3) 原告は,本件脱退届について,@個別の脱退届ではない,A三文判による,B署名が削除されている部分にかかる氏名が,名下の印影及び訂正印の氏と異なり,この印影に該当する「平野弘章」は上欄部分に別途署名押印がある等を理由に,運転士等が真実海員組合を脱退する意思を表明しているとは認められない等と主張し,これを団体交渉に応じない正当な理由とする。 しかし,海員組合の規約(乙83)上,脱退手続に関しては,組合を脱退しようとする場合はあらかじめ文書により申し出るべき旨を定めるのみで(規約9条A),個々人が個別の脱退届を提出すべきとする条項は存在しないし,脱退届が連名で作成され,押印がいわゆる三文判によっているからといって,脱退の意思表示の効力に消長を来すものではないから,@,Aの点が脱退意思に疑義を抱くべき事由とはいえない。
 また,乙48によれば,本件脱退届中削除されている署名の氏名は「宇野」某であり,名下の押印及び訂正印も「宇野」であると認められるから,Bの点も当を得ていない。のみならず,証拠(乙32,41,44,120)によれば,補助参加人 は原告に対し,平成11年9月14日付け書面により,運転士ら43名各人の署名のある原告宛依頼文書(海員組合を脱退し補助参加人に加入したので,同年9月分給与につき海員組合の組合費の天引きをせず,6000円を指定口座に振り込むよう依頼する旨記載されたもの)43通を同封の上,この依頼どおりの措置をとるよう要求したこと,また,原告が同年10月22日付けで自社の従業員宛に作成・送付した文書には,同月15日に,補助参加人関係者が原告の従業員十数名を含め70名近くの人数で労使関係を求めて原告事務所を訪れた旨記載されていることが認められるのであり,これら事実及び前提となる事実を総合して勘案すると,脱退届を提出した運転士らの脱退意思は(少なくともその大多数においては)明確であり,原告もこれを十分認識していたというべきであるから,原告の上記主張は採用できない。
(4) また,原告は,中田ら3名の解雇間題は本件協約に関する労働組合相互間の紛争が解決しなければ解決しえない事項であり,原告に処分権がなく,合意の成立も見込まれないとして,団体交渉事項とはならないと主張する。
 しかし,先に述べたとおり,中田ら3名と雇用契約関係にあり,両人らの解雇を決定し,通告したのは原告自身であり,その解雇の撤回等についても,原告自身が判断し対応・決定すべき事柄であるから,原告の主張は失当である。
(5) 以上のとおりであり,他に原告が団体交渉を拒む正当な理由があることを認めるに足りる証拠もないから,原告は,正当な理由がなくて補助参加人との本件交渉事項にかかる団体交渉を拒んでいると認められ,この原告の態度が労組法7条2号に該当することは明らかである。
4 結論
 よって,原告に対し救済を命じた初審命令を維持した本件命令は,適法なものであり,その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第11部

裁判長裁判官  三代川 三千代

裁判官     龍 見   昇

裁判官     鈴 木 昭 洋


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