第七話 どうしよう 〜whereabouts of the game〜

「深堂の顔がまともに見れない・・・」

未玖はもう嫌だ、と机の上に突っ伏してぐったりしていた。
あれ以来、司の顔がまともに見れず、挙句逃げ出してしまう始末だった。

「何で?」

理由は何となく分かっていたが、藍は敢えてそう聞いた。
未玖がどこまで自覚しているのかまでは分からなかったからだ。
周りが答えを教えるよりも、自分で気付いた方が断然いい。
―――その方がおもしろいから、という気持ちがあった事も否定しないが。

「だって・・・」
「だって?」

いつも割とはっきり物を言う未玖には珍しく歯切れが悪そうにしている。

「深堂といると頭真っ白になるんだもん。どうしたらいいか分かんないっていうか・・・」

しどろもどろにそう言った未玖は、いつになく可愛らしかった。
未玖が混乱したような表情でそう言うのを見て藍は思わず未玖を抱きしめてしみじみとした口調で言った。

「成長したわねぇ・・・」
「どういう意味!? ていうか、馬鹿にしてるでしょ!!」
「そんなわけないじゃない。で、要は意識しすぎて普通にできないってことでしょ。何で?」
「何でって?」

今いち意味が分からずそう言った未玖の言葉に答えるように桂がさらに尋ねる。

「何で避けてるの?」
「何でって・・・」

その言葉に未玖は思考を巡らせる。
避けるのは、どうしていいか分かんないからで。
どうしていいかわからなくなるのは

あたしが深堂を意識しているから―――?

ええっと、それってつまり。

「好きってことじゃない?」

未玖の思考を読んだように、藍がタイミングよくそう言った。
未玖の顔が赤くなったのを見て、未玖もそう思ったと分かったのか桂も藍も笑みを浮かべていた。

「自覚おめでとう。」
「気付くの遅いけどね。」
「ど、どうしよう?」
「あたしに聞くの? なら、三日後に告白してよ♪」
「は? 何で?」
「大穴だから。」
「まだそんな事言ってんの!?」

今度は未玖にも藍の言葉の意味がすぐに分かった。
自分たちの勝負を対象にした賭けの事を言っているのだ。

「もういい・・・」

未玖はそう言うと席をたって教室から出て行った。

「あーあ。行っちゃった。」
「藍の言い方が悪いの。」

そう言った桂の言葉に藍が苦笑を浮かべながら言った。

「んー、でも、あのままじゃおもしろくないじゃない?」
「深堂に未玖をとられるのが?」
「そ。」

あっさりと認めた藍に桂はため息をついただけで、それ以上何も言わなかった。

一方、教室を出た未玖は特に行くあてもなくうろうろしていたのだが、考え事をしていたためか表情がころころ変わって傍から見ればかなり怪しかった。
周りから注目されていたのにも気付かずにいた未玖だが、未玖の様子を見てやはり不審に思ったらしい蓮見に後ろから声をかけられた。

「・・・何やってんだ?」
「蓮見!!」

未玖はその姿を見た途端、彼に抱きついた。
藁をも掴む心境、というやつだろうか。

「抱きつくな!! 怖いから!」
「失礼な! あたしのどこが!?」
「いや、お前じゃなくて・・・」

蓮見がそれ以上言葉を続ける前に

「何やってんの? 白昼堂々と教師と生徒の密会?」

そう軽口を叩きながら寄ってきたのは涼だった。

「ふーん」
「へー」

数分後。
事情を話した未玖を蓮見と涼は思い思いの表情で見ていたが、二人に共通していた感情は藍たちと同じく“成長したなぁ”だった。まさか未玖から恋愛相談をされる日が来るとは・・・。
しかし、いつまでも感心しているわけにもいかない。

「変に意識するからまずいんだろ。普通にしてろよ、普通に。」
「だからその普通が分かんないんだってば。・・・前みたいな関係が良かったのに。」

司に勝負をふっかけて、喧嘩して。
未玖はそういう関係が気に入っていた。
けど、何故か普通に出来ない。あげくの果てには顔を見て逃げ出してしまう始末だ。
涼の言葉に不満そうにそう答えた未玖に蓮見が言った。

「でも好きだって自覚した以外には何も変わってないだろ?」
「?」
「だから、別に深堂自身が変わったわけじゃないだろ?」
「それはそうだけど。」
「じゃ、いつも通りに出来るって。」

蓮見の言葉に未玖はそういうもん?と呟いたが、とりあえずいつも通りいつも通り、と自分に言い聞かせていた。
蓮見と涼は顔を見合わせて少し考えた後、未玖を見て言った。

「こうしてみれば?」

ちなみに、そう言った蓮見と涼の表情が楽しげだったのは気のせいではないが、未玖は気にしてる余裕がなかったのか二人のいう事を真剣に聞いていた。





最近、穂澄の様子がおかしい。
一時期ほど避けられる事はなくなったし、態度は相変わらずだったが、前みたく人の顔をみては勝負勝負と言わなくなった。
しかも、転校してきた幼馴染と一緒にいるのをよく見かける。
はっきり言っておもしろくない。
司はため息を吐きながらそう考えていたが、考えていても埒が明かないと思ったのか未玖本人に尋ねるという結論に達した。

「俺何かした?」
「へ?」

放課後。
都合良く教材を運んでくれと世界史の教師に頼まれてた為、教材を運び終えた帰りに司はそう切り出したのだった。

「最近お前変だから。」
「そんな事ない・・・よ?」

そう言ってはいるが、目が泳いでいる。
そんな未玖を見て司は自分を避けている可能性として考えていたことを聞いてみた。

「好きな奴できたとか?」
「何で知って―――」

未玖はそう言ってからしまった、というように口を押さえたが、押さえたところで今更意味はない。
未玖は自分の気持ちがばれてるのかと思ってそう言ったのだが、勿論司は気付いていない。

「甲斐って奴・・・?」
「え?」

司の言葉に未玖は驚いた表情を見せた。
甲斐という名前に反応した未玖を見た司は涼への嫉妬心から、反射的に未玖を自分の元に引き寄せた。
未玖はバランスを崩して自分の方に倒れて来る。

「好きだ。」

こんな事ならさっさと言っておけば良かったかもしれない。
司はそう思いながら未玖を抱きしめて言った。
突然の事に、未玖は何が起こっているのか分かっていない。

「お前が甲斐の事を好きでも、諦めないから。」

司はそう言ってさらに強く抱きしめられたが、未玖はやっと我に返ったように口を開いた。

「ちょ、ちょっと待って。誰が誰を好きだって?」
「・・・だから、お前の幼馴染。」

何で俺がそんな事言わなきゃならないんだ、と不機嫌そうに言った司に未玖はきょとんとした顔をする。

「涼? 何で?」
「あいつとも、俺とお前がしてたみたいに勝負してたんだろ?」
「誰に聞いたのそれ。」
「本人から。最近俺に勝負とか言ってこなくなったのもあいつがいるからなんじゃ―――」

司は涼にそう言われた時の事を思い出したのか、さらに不機嫌になったが、その続きは言えなかった。
未玖が司に口付けたからだ。
頬にだったけれど。
しかし、司には効果覿面だったらしく、司は一瞬呆気にとられたような表情をしたあと、顔を真っ赤にして未玖を見た。

「あたしが好きなのは深堂なんだけど?」
「はあ?」

思いがけない言葉に司が声を上げた。

「だいたい、何で涼が出てくるのさ。」
「前にお前が蓮見と言ってたろ。甲斐が初恋の人とか何とか。」

司の台詞に少し考えるようにしていたが、すぐに思い当たったらしく「ああ」と呟いた。

確か、涼が転校してきた日に蓮見とそんな話をしていた気がする。
どうやらそれを聞かれていたらしい。
未玖はいつの間にいたんだろうと思うと同時に、納得もした。

「そうか、涼の名字って甲斐だっけ・・・」
「?」

未玖の言っている意味が分からず、眉を顰めている司に未玖は淡々と説明していった。

「あたしの初恋の人は岬甲斐さんと言って、昔近所に住んでたお兄さんなんだけど。」

つまりさっき未玖が見せた表情は何で涼を好きな事を知ってるんだと思ったものではなく、何で司が甲斐さんの事を知っているんだろうと思って浮かべた表情だったということだ。

「はあ?」
「ちなみに、甲斐さんは蓮見の友達で、涼の従兄弟。それに、涼と勝負してたって言ってもテストとかでジュース賭けてたくらいで今みたいに連日やってたわけじゃないわよ。ていうか、涼じゃ弱すぎて相手にならなかったというか。」
「何で従兄弟同士の名字と名前が同じなんだよ・・・。」
「甲斐さんの両親が涼のお父さんに憧れてたから、とか聞いたことあるけど。」

だったら名字じゃなくて名前を同じにすればいいじゃねーか。紛らわしい。
司は心の中でそうつっこみながら、疑問に思っていた事を聞いた。

「・・・俺に勝負ふっかけてこなくなったのは?」
「何か分かんないけど、蓮見がそうしろって言ってたから。」

ついでに言えば、未玖が涼と一緒にいるところをよく見かけたのも、涼がわざわざ司に未玖と涼が昔勝負してたなんて吹き込んだのも全部蓮見の提案である。

「・・・・・あの野郎」

蓮見のしたり顔が容易に想像できて非常にむかつく。
司は今更ながら自分が完全な勘違いから、しかも勢いで告白してしまった事に気付き、バツが悪そうな表情をする。
・・・・・ハメられた。
そう思ったが悔しいので口にはしない。
絶対報復してやる、と考えていた司を見て未玖は吹き出した。

「・・・何だよ。」
「そんな顔初めて見た。」
「悪かったな。」

すねたようにそう言った司を見て未玖は再び笑みを浮かべた。




そんな2人の様子を向かいの校舎から見ていた物影が四つ。
もちろん物影の正体は涼、蓮見、藍、桂だった。
あまり知られてはいないが、2人がいる社会準備室のある北館の廊下は反対側の南館の校舎からよく見えるのだ。

「世話の焼ける・・・」
「全くだ。」
「その割には楽しんでたみたいだけど?」
「いいんじゃない? 本人たち幸せそうだし。」

そう言った後、彼らは本日のメインイベントをするべく教室に戻っていった。


その後、教室では放課後だというのに残っていたクラスメイト達(藍が今日あたり決着が着きそうだと言ったからだが)によって賭けの振り分けが行われ、しばらくして教室に戻ってきた未玖と司は盛大にひやかされ、もとい、祝われたのだった。





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