第六話 戸惑う気持ち
「おかしい。」
「何が?」
「今日だけで深堂と付き合ってるのかって何度も聞かれた。10回くらい。」
未玖の言葉に藍はそんな事か、とあっさり答えた。
「そりゃ、抱き合ってたとかそんな噂が流れれば聞かれもするんじゃない?」
「は!? 何でそんな噂流れてんの!?」
「体育館裏だから部活で残ってた子達にでも見られたんじゃないの?」
「でっ、でもあれはそんなんじゃ―――」
「ほお。あれって? 何かあったのかしら?」
「だから、何もないって言ってるじゃない。」
あの後、未玖が落ち着いた頃には結構な時間が経っていたらしく辺りが暗くなり始めていた。
そして自分のしている事に気付いた未玖は、顔を真っ赤にして司から離れる、というかむしろ司を思い切り突き飛ばし、逃げ出したのだった。
・・・助けてもらったのにお礼も言わないで、おまけに突き飛ばすなんて。
動揺していたとはいえ、流石にあれはどうかと思う。
後で藍たちに聞いた話では、司は未玖を藍たちに頼まれて様子を見に来てくれたらしい。
ちなみに、藍が自分たちで行かず司に頼んだのはそっちの方がおもしろいだろうと思っての事だったのだが、流石にそれは未玖には言っていない。というか、未玖が告白されているのを司が見て何か起こればいいなぁくらいにしか考えていなかったのだが、本当に慎が未玖に手を出すとは思わなかった。
その件に関しては未玖よりも藍の方が腹を立てたようで、未玖から話を聞いた直後、藍は慎のクラスに乗り込み、彼をひっぱたいたらしい。それを見ていた慎の取り巻きからの非難も桂が「文句があるなら私が聞くけど?」と笑顔を浮かべながらそう言い、女の子たちは顔色が悪くなっただけで何も言えなくなったようだ。あれは未玖でも怖い。
そんな2人の様子を呆気にとられつつも見ていた未玖は、もう慎に対しての怒りは無かった。
何というか、自分より興奮している人物を見たら自分は却って冷静になる、というやつだろうか。
ともあれ、司にはちゃんと助けてもらったお礼を言って突き飛ばした事を謝らないといけないとは思うのだが、いざとなるとタイミングが掴めない。
朝から司に話しかけようと思う度に他の子に呼び止められ、司と付き合ってるのかと聞かれたのだ。そんな質問をされた後では流石に話しかけにくく、結局まだ何も話せていない、という状態だった。
「人の噂も75日。堪えなさい。」
「長いよそれ!!」
桂の言葉に思わずつっこんだ未玖に、藍がにやにや笑みを浮かべながら言った。
「でも事実なんだから仕方ないでしょ。否定できるの?」
「うぅ・・・」
確かに抱きしめられたし抱きついたけど。
でも、あれは好きだとか付き合ってるとかそんなんじゃなくて、安心して気が緩んだというか・・・
“一緒にいて安心する”
いつだったか、蓮見に恋の定義について聞いたときに言われた言葉が浮かんだ。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
いやいやいやいや! 有り得ないから!!
でも、あの時司に抱きしめられて「大丈夫だ」って言われて、何でかすごく安心して気がついたら涙が溢れて止まらなかった。
そこで未玖は自分の思考に気付き、慌てて首を振った。
そんな事無い、そんな事無い!!
確かに安心しはしたが、そういうんじゃなくて・・・
「穂澄」
「わあっ!!」
名前を呼ばれて我に返った未玖が声のした方を反射的に振り返ると驚いたような表情をした司がいた。
「・・・何でそんな驚いてんだよ。」
「いや、えっと、用事があるのを思い出したの!!」
未玖はそれだけ言うと、その場からダッシュで逃げ出したのだった。
何で逃げてるの、あたし!!
本当は用事なんて何も無かったが、それでも、今は司と話が出来そうになかった。
とりあえず頭を冷やそうと、その辺をうろうろしていると声をかけられた。
「未玖?」
その声に振り返ると、そこにいたのは一人の少年。
「涼!? 何でここにいるの!?」
声の主は、未玖の幼馴染、甲斐涼平(かい りょうへい)だった。
最近まで彼は海外にいたのだが、先日帰国していた。
つい最近家に挨拶しに来た時に会ったばかりだが、ここに来るなんて話は一言も聞いていない。
帰ってきたばかりでバタバタしていて話す時間があまりなかったせいだろうけれど。
「ん? ここに転入するって言ってなかったっけ。一応メールしたけど?」
「え、嘘。見てない。」
「したのさっきだからな。」
「意味ないじゃない!!」
「相変わらず怒りっぽいな。そんなんじゃ彼氏出来ないぞ。」
涼は未玖の頭をぽんぽんと軽く叩きながら小さい子をあやす様にそう言った。
「余計なお世話!」
「好きな奴くらいいないのか?」
「・・・え!?」
「お。いるのか。」
「ちがっ・・・!! あんたは親戚のおじさんか!!」
「おまっ・・・こんな美少年を捕まえて何を言うか。」
おじさんと言われ多少傷ついたらしい涼はそう言ったが、さっきの涼の態度はたまに会ったときに「彼氏はいないのか?」と尋ねてくる親戚のおじさんそのものだ。
しばらく2人がそんなちょっと馬鹿らしいやりとりをしていると
「・・・・何でお前がここにいるんだ?」
蓮見が不思議そう、というか若干嫌そうな顔をしてこっちに歩いてきた。
実はこの三人、昔からの知り合いだったりする。
「あれー。あっちゃんじゃん。何でこんなとこにいんの?」
「あっちゃん言うな。教師に対して。」
「教師?」
「この学校の物理の先生なんだよ。」
「ああ。学校の先生になるのが小学生の時からの夢なんだったっけ。」
こういうことに関しては異常に記憶力がいい涼である。
「いらん事は思い出さんでいい。」
「ほめてるのに。」
「どの辺りがだ。」
「えーと・・・あ。俺職員室に行く途中だったんだ。あっちゃんに構ってる場合じゃなかった。
またなー。」
そう言って手を振りながらマイペースに去っていった涼の様子に、蓮見は疲れたような表情で額に手をあてていた。
「そうか。甲斐、帰ってきたんだったな。」
蓮見はそう呟くと、からかうような笑みを浮かべて未玖を見た。
「どうだった? 初恋の人との再会は。」
「ん? 相変わらずかっこ良かったよ。」
あっさりとそう言った未玖に蓮見は物足りなさそうな表情をする。
「・・・つまらん反応だな。」
「教師が生徒からかっていいの? あっちゃん。」
「お前までその呼び方するなよ。しかし、騒がしいのが帰ってきたな・・・」
蓮見はため息をつきながらそうこぼしていたが、予鈴のチャイムが鳴ると次の授業の準備があるとかで行ってしまった。
一人になった未玖は、教室に戻りながらさっきの事を思い出していた。
さっき、涼に言われた言葉。
『好きな奴くらいいないのか?』
その言葉にとっさに頭に浮かんだのは―――・・・
ぐいっ。
気がつくと未玖は誰かに後ろから腕を捕まれ引っ張られていた。
「そのまま突っ込む気か? 確実に落ちるぞ。」
そう言って呆れたような声を出したのは司だった。
司に言われて前を見ると、すぐ下には階段が広がっていた。
・・・・・全然気付かなかった。
あのままいけば、段差に気付かずに上から落ちていたかもしれない。
「ごめん。ちょっと考え事してて・・・」
「慣れない事はするものじゃないぞ。」
「失礼な!!」
未玖はそう言って司を睨んだが、振り返った瞬間意外に距離が近かったことに気付く。
「・・・もう大丈夫だから。ありがと。じゃ!!」
「あ、おい!」
司が呼び止めるのも聞かず、未玖は走り出していた。
司が追いかけて来る気配は無い。
未玖は自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
逃げたいわけではないが、体が勝手に動くのだから仕方ない。
走っているせいか、心臓もバクバクうるさかった。
どうしちゃったんだ、あたし・・・!!?
未玖は心の中でそう叫びながら走っていた。
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