第五話 awake to her mind



「急に何。」

未玖は唐突に質問をしてきた藍の顔を見てそう言った。

「だから、あんた達ってどっちが先に恋人できるかなんて勝負してるけど、実際に何かしてるの?」
「えーと・・・何も?」
「いいの? それで。」
「そう言われても。何をしろと?」
「好きな人を作るとか。」
「作ろうと思ってできるものじゃないでしょ。」
「じゃ、告白してきたのと付き合ってみるとか。これなら手っ取り早く勝てるわよ。」
「嫌。別に彼氏が欲しいとか思ってるわけじゃないし。」

予想通りの回答に藍は肩をすくめながらため息をついた。

「呆れた。じゃ、何であんな勝負しようとか言い出したわけ?」
「言い出したのはあたしじゃなくて蓮見・・・」
「のったのは未玖でしょ。」
「あれは、ついその場のノリで。ていうか、そんな事言ったら深堂だって何もしてないじゃない。こないだだってまた断ってたし。」
「そうね。深堂も深堂よ・・・このままだと大損だわ。」

後半、ぼそりと呟かれた藍の言葉に未玖は訝しそうな表情をした後、藍の言葉の意味に思い当たったようで藍を睨みながら言った。

「藍・・・?」
「あれ、聞こえてた?」
「『聞こえてた?』じゃない!! まさか藍も例の賭けに参加してるわけ!?」

例の賭け、とは未玖と司が“どっちが先に恋人が出来るか”勝負をする事になった時に物理教師、蓮見が元締めになって行われていた賭けのことである。
クラスの大半が参加していたのは知っていたが、藍まで参加しているとは思わなかった。

「あたしだけじゃなくて、桂もよ。」
「桂まで!?」
「だってあたしが賭けてるの桂の予想と同じところだもん。」
「ひどっ!!」

藍の言葉に未玖は桂の方を見たが、当の桂は「おもしろそうだったから」とあっさりと認めた。
がっくりと項垂れている未玖の肩を藍はぽんと叩いて言った。

「まあ、そういう訳だから、頑張って勝たせてね♪」
「知らないわよ! それに、どうせ皆深堂に賭けてるんでしょ!? なら、深堂に言えばいいじゃない!!」

毎回深堂が勝つせいで今じゃ未玖の勝ちに賭ける者はほとんどいない。
それでは賭けが成立しないと思うのだが、何点差で負けるとか、何日目で負けるとかそういうところに賭けることで賭けは成立しているらしい。
未玖は今回の賭けの項目は「深堂に何日目で恋人ができるか」だろうと思っていたが、実際は「司が何日目で未玖に告白するか」や「司と未玖、どっちが先に告白するか」だったりする。
未玖が司の事を好きではないのは皆知っていたが、単に自覚がないだけだろうというのが賭けに参加している生徒たちの見解だった。

「だから未玖に言ってるのよ。」
「は?」
「何でもない。やっぱり深堂次第ってことか。」
「何それ。」
「分かんなくていいわよ。ところで―――」

藍はそこで言葉を切り、未玖の手元を見た。

「また手紙もらったの?」

未玖が手にしていたのは手紙だった。
ちなみに、わざわざ手紙で呼び出して告白する人が多いのは、未玖の場合はいきなり告白しても持ち前の鈍さにより告白されている事にすら気付かず流されたり、即効で断られるのが目に見えているからである。呼び出したところで断られるのは変わらないのだが、この学校には「手紙で告白した方が成功率が高い」という出所の分からないジンクスがあったため、未玖に限らず、手紙を出して告白する人の数は結構多かったりする。

「相手誰?」

藍はそう言うと未玖の手から封筒を奪い、差出人の名前を見る。

「へー。長谷川慎か。あいつが手紙なんて手段で告白するなんて意外だわ。」
「人の目とか気にせずその場で言いそうよね。」
「2人とも何気に失礼。ていうか、勝手に見ないでよ。」

未玖はそう言って手紙を奪い返したが、2人のいう事ももっともだった。
長谷川慎は入学当初から司と人気を二分しているらしい学園の有名人だ。
彼の場合は、司と違って毎回連れてる女の子が違うことでも有名だった。
慎なら気に入った女の子がいれば、その場で口説きそうなものだが。
実際そういう場面も多数見られていたし。

「悪い奴じゃないんだろうけど、彼氏にするにはごめんだわ。未玖、一人で大丈夫?」
「何が?」
「んー、長谷川って女の子慣れしてそうだから。男に免疫のない未玖が一人で大丈夫なのかと。」
「失礼な。断るくらいちゃんと出来るわよ。」

この時は2人とも冗談で言っていた為、これが現実になるとは予想していなかった。





「ごめん。気持ちは嬉しいけど・・・」

放課後。
未玖は慎に呼び出された場所、体育館裏に来ていた。
慎は断られた動揺も見せず、未玖に尋ねる。

「俺のこと、嫌い?」
「嫌いではないけど、そういう対象には見れない。」
「深堂と付き合ってるって噂は本当?」
「それは唯の噂。付き合ってないよ。」

未玖の返事に慎は満足したような笑みを浮かべた後、真剣な表情をして問いかけた。

「じゃあ、深堂のこと、どう思ってる?」

慎がそう言いながら一歩近付き、何となく未玖も一歩下がる。

「どうって・・・」
「答えられない? なら―――」

ふと、背中に壁があたる事に気付いた。
いつの間にか後がない。
その事に気付いた時にはもう遅く、慎は未玖を挟むようにして壁に手をつき、未玖が逃げられないようになっていた。動揺している未玖に慎は囁くように言った。爆弾発言を。

「既成事実作ったら俺と付き合ってくれる?」
「はあ?」
「まずは形から、って事で」
「馬鹿なこと言ってないで離れて」

未玖はそう言って離れようと手でつっぱねたが、反対にその手を捕られ壁に押さえつけられる。
振り払おうとしてもそこは男女の力の差。びくともしない。
告白された事は何度もあったが、迫られた事はほとんどない。
以前三年男子を蹴り飛ばした事のある未玖だが、あれは相手が油断しきっていたからこその事で、単純に腕力だけで言えば未玖の方が圧倒的に不利だ。

「何す――」
「俺、欲しいものは絶対手に入れるから。」

未玖の言葉を遮るように慎は笑顔でそう言った。
そのまま2人の距離が近付き、唇が触れそうになった、その瞬間―――・・・

大きな音と共に人が倒れる音がした。

「・・・深堂?」

未玖の目に映ったのは、息を切らせた司の姿。
どうやらさっきの音は司が慎を殴った音と慎が倒れた音だったらしい。
その光景を見て、逃れられたことにほっとしたのか、未玖はその場でへたりこんでしまった。

「大丈夫か?」

司の言葉に未玖はこくりと頷いた。
それを見た司は安堵の表情を浮かべ、それから慎の方に向き直った。

「何やってんだよ、お前」

司は慎を睨みつけながら低い声で言った。どうやら、本気で怒ってるらしい。

「何って彼女を口説いてたんだけど? 邪魔だよ。」

慎は悪びれもせずさらりとそう答えた。

「どう見ても嫌がってただろ。」
「でも俺キスには自信あるよ?」
「なっ」

慎の言葉にかっとなった司は掴みかかろうとしたが、するりとかわされた。

「まあ、邪魔が入ったから今回は諦めるか。またね、未玖ちゃん」

慎はそう言うとさっさと歩き出した。

「おい、待てよっ」

司は慎を追いかけようとしたが、できなかった。

未玖が司の制服のすそを掴んでいたから。

未玖の行動に司は慎を追いかけるのをとりあえず諦め、未玖のそばに屈み込んだ。

「穂澄?」

司の呼びかけにも未玖は反応しない。
ただ、掴んでいた服をぎゅっと力を込めただけだ。
その様子を見て司はそっと未玖を抱きよせた。
簡単に逃れられるくらいの力だったが、未玖に抵抗する様子はない。
いつもだったら、動揺して突き飛ばすくらいのことはしそうなものだが。
実際、以前抱きしめた時はものすごい動揺していたし。

「もう、大丈夫だから」

司はそう言うと、未玖を抱きしめる手に少しだけ力を込めた。
未玖はその声に少しだけ反応し、司のシャツをつかんでいた。
泣き顔を見られたくないのか、顔は俯いたままだったけれど。


司は未玖が落ち着くまで、ずっとそうしていた。





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