第四話 何なんですか?



「は?」

未玖は素っ頓狂な声をあげていた。
本日も未玖は呼び出しを受けていた。
ただし、女の子から。
と言っても、愛の告白ではない。
手紙の差出人の名前が女の子だという事で「女の子から告白か」と藍に多少からかわれたが、そういう用件ではないと今ならはっきり断言できる。
現在、手紙で指定された場所にいる未玖の前にいるのは先日、司に告白していた少女だったのだから。
一瞬、未玖たちがのぞいていたのがばれたのかと思ってどきどきしていたが、どうやら違ったらしく未玖は来た早々に少女にきっと睨まれこう言われた。

「穂澄先輩は司先輩の何なんですか?」

その言葉に未玖は冒頭のような声を上げたのだった。

「何って言われても・・・」

未玖が司にとって何かなんて未玖に聞かれても困るのだが。
しかし、本人に聞いたら確実にむかつく答えが返ってきそうだな・・・・。
未玖がそんな事を考えていると、少女は更に強い調子で言った。

「じゃあ言い方を変えます。司先輩は穂澄先輩にとってどういう存在なんですか?」

未玖にとっての、司。

「・・・何だろ。」

ぼそりと言われた言葉を聞いた少女は、今にも掴みかかりそうな勢いで未玖に詰め寄った。

「何ですかそれ! あたしは真面目に聞いてるんです!!」
「いや、だっていちいちそんなの考えたことなかったし・・・」

少女の剣幕に押され気味な未玖。
恋する少女って怖いなぁ、とかいらん事を考えていた未玖を少女がじっと見る。

「・・・・好きなんですか?」
「は? 誰が?」
「穂澄先輩が、司先輩をですよ!」
「はあ!? 何で!?」
「だから、あたしが聞いてるんです!!」

話が通じているようで通じていない未玖に、少女はさっきよりも若干疲れたような表情をしていたが、やがて気を取り直したようで、さっきより冷静な様子で尋ねた。

「・・・先輩はあんな近くに司先輩がいて何とも思わないんですか?」
「何ともって?」
「毎日そばに司先輩がいて、ずっと一緒にいるのに、好きじゃないんですか? 司先輩のそばにいたいって思う子はいっぱいいるのに、そのポジションに穂澄先輩がいたら何も出来ないじゃないですか。それとも、何とも思ってないってふりしながら、本当は好きなんですか? 好きじゃないなら離れてください。司先輩を好きな子達を傷つけるだけだし、司先輩にだって、きっと迷惑です。」

そう言った少女の言葉に未玖が何も言えずにいた

「そう言うあんたの行動の方が、よっぽど迷惑だと思うけど?」

突然誰かが会話に入ってきた。
誰もいなかったはずの場所にいたのは藍と桂の2人。

「未玖が誰がいようと未玖の自由だし、それを深堂がどう思ってるかなんてあんたには関係ないでしょ。深堂のそばにいたいなら勝手に行けばいいじゃない。拒絶されたからって未玖にあたるのは筋違いよ。」
「なっ・・・」

藍の言葉に少女はかっとなる。

「どっちつかずでふらふらされたら諦められないでしょう!?」
「それは、あんたの都合でしょ? 未玖にも深堂にも関係ない。」
「貴女の行動は皆じゃなくて自分の為。独りよがりな気持ちは相手のためにはならないわ。」

2人の言葉に何も言えなくなった少女は悔しそうな表情を浮かべた。

「・・・失礼します。」

少女はそれだけ言って去っていった。

「大丈夫?」
「うん。・・・ていうか、2人とも何でいるの?」
「未玖の帰りが遅いから迎えに来たんじゃない。」
「手紙に書いてあった名前、この前の子だって思いだしたから。」
「・・・ありがと。」

あの子の名前知ってたのか・・・。この前は知らないみたいだったのに・・・。
未玖はそう思いながらもお礼を言った。
未玖の言葉に桂と藍が笑ったのを見て、未玖はふとさっきのあの少女を沈黙させた時の2人の様子を思い出し、この2人が味方で良かったなぁと思ったのだった。




頭の中でさっきの少女の言葉が廻っていた未玖は放課後になっても一人教室でぼーっと考えていた。

・・・自分がそばにいると司にとって迷惑だとかいう事は悩んでも仕方ないし、いっそ本人に聞けばいいとして。

司のそばにいると司の事を好きな子達の事を傷つける。

それは考えた事なかった。
でも、だからと言って離れればいいのかと言えば、それも違う気がする。

でも、それ以上に気になったのはこの言葉。

“司先輩は穂澄先輩にとってどういう存在なんですか?”

同級生、クラスメイト、友達。
そのどれもが当てはまるが、ぴんと来ない。

未玖が司の存在を初めて知ったのはテスト後に掲示板に張り出される順位表でだった。
自分がテストで初めて負けた相手。
でもそれからすぐに知り合いになったわけではなく、多少負けず嫌いな気持ちから次は一位になろうとかは思ったものの、この時は『深堂司』という名前を覚えたくらいだった。

話すようになったのは、同じクラスになってから。
未玖は忘れ物をとりに教室に向かっていた。
テスト前だし誰もいないだろうと思った教室には、司の姿があった。

「・・・こんな時間まで何やってんの?」

未玖がそう尋ねると「勉強」と一言返ってきた。

「勉強なら図書室の方がいいんじゃない?」
「この時間なら図書室より教室の方が静かでいいんだよ。」
「家は?」
「兄貴たちがうるさくて勉強できる環境じゃない。」

司はそう言ってうんざりしたような表情を見せた。

周りからは「勉強なんてしなくてもテストなんて余裕」とか言われている司だが、未玖は同じクラスになってから司は要領が良いためにそう見えないだけで、本当はちゃんと努力してるんだと気付いていた。
だから、いつの間にか言っていた。

「次のテスト、あたしと勝負しない?」

それから、だんだんテスト以外にも勝負を挑むことになるのだが、司は意外と付き合いが良く毎回相手になっていた。同時に、めちゃくちゃ腹の立つ奴でもあったが。

でも、何かと言われてもよく分からない。

「何ひとりで百面相してるんだ。」
「深堂・・・」
「呼び出されたって?」
「うぇっ!? 何で知ってんの!?」

藍にでも聞いたのだろうか。

「悪かったな。」
「別に深堂が謝る事じゃないでしょ。あんただってあるんだし。」
「まあ、俺はいいんだよ。」
「何それ。」
「ちゃんと言って断って来たから、もう大丈夫だと思うけど。」
「ええ!? また断ったの!?」

するとあの子は、深堂に二度も振られた事になるのか。
それはちょっと可哀そうな気が・・・そう思っているのが顔に出ていたのか、司は未玖を半眼で見て言った。

「お前も人の事言えないだろ。三年を蹴り飛ばしたのは誰だ。」

確かに、未玖に振られた三年が腹いせに未玖と仲の良かった深堂に手を上げたと聞いてその三年のところへ直談判に行ったことがあった。

「あれは! 避けると思ったのに避けなかったから・・・」

まさか未玖がそういう行動に出ると思わなかった三年がまともに未玖の蹴りをくらったのである。
それからしばらく八割以上でっち上げの未玖の武勇伝が校内で語られていたが。
その時の事を思い出しながら未玖が焦って言い訳していると、司が真剣な表情で言った。

「何言われたんだ?」
「え?」
「お前呼び出した一年に。」
「ああ、あれね。えっと・・・」

言おうとしてそれを言ってた時の少女の表情を思い出した。

「・・・黙秘。」
「今言おうとしてなかったか?」
「深堂こそ何でそんな事聞くのさ!?」
「気になるから。何で隠すんだよ。」
「あの子、言いながら辛そうな顔してたから、深堂には言わない方がいいのかなぁ、と。」

未玖の気まずそうな表情に司はため息を吐いて言った。

「逆にお前に聞けと言われたんだが。」
「何で!?」
「俺に聞くなよ・・・」

藍たちに昼間未玖がこの間の女子に呼び出されたと言われてその子のところへ行ったら、少女は意外にも素直に司に謝った。司も未玖たちが近くにいる事に気付いていたため、普段よりも多少断り方がきつかった事は自覚していたのでいきなり謝られるとは思ってなかったので驚いた。謝るなら司じゃなくて未玖に言って欲しかったのだが「あたしの質問に答えられないうちは絶対嫌です」と言っていた。その質問がなんなのかは言わず、「聞きたければ穂澄先輩に聞いてください」と言われたのだった。

本人がいいと言ったならまあいいかと思い、頭の中を廻ってた言葉を口に出した。

「あたしが深堂の近くにいると深堂を好きな子達を傷つけるとか、深堂にも迷惑だとか・・・?」
「何だそれ。」
「あたしに言われても。むしろ、あたしが深堂に聞きたいくらいだ。迷惑?」
「お前は俺が同じように聞いたらどう答える?」
「嫌だったら一緒にいない。」

きっぱりと即答する。

「俺も同じ。周りが傷つくとかいうのも、俺だって好きだって言ってくれる子全員の気持ちに答えてやれるわけじゃないんだから、傷つけるっていうなら俺も同じだしな。」
「そっか。」
「それだけ?」
「何で?」
「質問がどうとか言ってたから。」
「質問? あ。」

思い当たった未玖は少し躊躇ったが、結局その内容をそのまま口にした。

「『司先輩は穂澄先輩にとってどういう存在なんですか?』」
「は?」
「何だと思う?」
「何で俺に聞くんだよ。」
「んー。何となく。友達って答えようかと思ったけど何かピンと来なくて・・・友達っていうか―――」

未玖の言葉に、思わず未玖の方へ手を伸ばそうとした司だが、次の一言で動きが止まった。

「・・・・・好敵手?」
「・・・・・負けっ放しのくせに。」

「好敵手」と口にしてからどこか納得したような表情をした未玖に司は伸ばそうとしていた手で未玖にデコピンをした。

「何するのさ!!」

額に手をあてて痛そうにしている未玖と、ため息を吐いている司。


少年の恋はまだまだ前途多難のようだった。





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