第三話 love affair



「ただいま・・・」

自分の教室に戻ってきた未玖は友人たちに向けて疲れたように友人たちのいる所に行った。

「お疲れさま。大丈夫?」

そんな未玖を見て声をかけたのは未玖の中学以来の友人である桂である。
うー、と唸りながら机の上で突っ伏している未玖に藍はからかうように言った。

「何だ。その様子からするとやっぱり断ったのか。もったいなーい。付き合ってみればいいのに。」

藍は未玖にそんな真似は出来ないだろうと分かりながらもそう言ってくる。
藍とは高校に入ってから仲良くなったのだが、彼女は出会った時から未玖をからかうのを趣味にしているような気がする。未玖はそんな藍に噛み付くように答えた。

「当たり前でしょ!そんないい加減な気持ちで付き合えるか!!」
「まあ未玖は好きでもない男と付き合ったりは出来ないからね。」



昼休みの体育館裏。
靴箱に入れられていた手紙。

このキーワードで何の用件かはだいたい察しがつくだろうが、未玖はつい先程まで告白されていたのだ。
断ったのだが、告白してきた相手への罪悪感があり多少へこんでいた。
告白された後はいつもこうなのだが。

「そんな顔するなら行かなきゃいいじゃない。」
「そんな事できるわけないじゃない。相手に失礼でしょうが!」

藍にあっさりと言われた台詞に未玖はむきになったような態度で答える。

「でも最近増えたわね、告白されるの。」
「うー。桂もそう思う?」

告白されたのは初めてじゃないし、どっちかと言うと結構な回数告白されている未玖だったが最近はその回数が増えたような気がしていた。というか、実際増えていた。

「まあ原因は明らかだけどね。」
「原因?」

藍が肩をすくめながら言った言葉の意味を明らかに理解していない未玖に桂が説明をし入れる。

「例の未玖と深堂のどっちが先に恋人ができるかっていう勝負が原因で、もしかしたら・・・って思って告白してくるのが増えたって事。未玖が深堂に勝負挑むのはうちの名物だからね。」
「何それ・・・」

未玖は藍の言葉にがっくりと項垂れる。
深く考えずに勢いで受けてしまった勝負だが、まさかそんな副産物がついてくるとは思わなかった。
そんな未玖を見ながら藍は楽しそうな表情をしていた。

「でも、あっちはあっちで大変みたいよ。」
「・・・・あっち?」

不思議そうな表情をしている未玖に、藍は意味ありげな笑みを浮かべた。

「よし。教えてあげよう。」

藍はそう言って立ち上がると、未玖の腕を取って教室を出ていった。



未玖が藍に連れて来られた先は学校の中庭だった。
今は寒く、ここでお昼を食べる生徒はほとんどいない為誰もいない。

「何よ、ここで何かあるの?」
「まあ、見てれば分かるって。」
「?」

未玖が訝し気な表情を浮かべていると一人の女生徒がやって来た。
そのすぐ後に来たのは司だ。
女生徒は顔を赤くして俯いている。

その様子を見ていた未玖が呟いた。

「・・・あれってまさか。」
「告白ね。」

桂が未玖の言葉を淡々とした表情で続けた。

「っ教室に戻る!!」
「えー、何でよ。」

未玖の言葉に藍がつまらなさそうな表情で答える。

「当たり前でしょ! こんなの人に見られたくないに決まってるじゃない!」
「でも、今動いたら確実に向こうに気付かれるわよ。」
「何で。結構離れてるし大丈夫なんじゃ・・・」
「こっちから向こうがよく見えるって事は向こうからもこっちが見えるって事。」

桂の言う通り、未玖たちのいる所からは2人がよく見える。
近すぎず遠すぎず、のぞくにはちょうどいい距離なのだろう。

「そうそう。のぞいてるのバレた方が相手の子に悪いって。」

桂と藍の言葉に未玖は何も言い返す事が出来なかった。
そうこうしている内に女生徒が顔を赤くしながら話し始めた。

「・・・あたし、先輩の事ずっと好きだったんです。付き合って下さい。」
「気持ちは嬉しいけど、付き合えない。」
「最初はあたしの事好きじゃなくてもいいです! お願いします。」


「・・・・何その台詞は。」
「実況中継してるんじゃない。」

未玖たちのいる位置からは姿は見えるが、相手の声が小さいせいか話の内容はほとんど聞き取れない。なので、藍が適当に台詞をはめていたのだった。

「何て言ってるかなんて分からないでしょ?」
「でも大体合ってる。」

桂の言葉に2人は驚いたように彼女を見つめる。

「聞こえるの?」
「ううん。でも、唇の動きを見ればだいたい分かる。」
「さっすが桂!」

それからは藍の昼メロの見過ぎなんじゃと思えるアテレコに、時々桂の訂正が入るという形でのぞきが続行された。

「おおっ」

藍の声を聞きながら、その光景を見ていた未玖は固まった。
告白してきた子が司に抱きついていたからだ。
司に縋りつきながら真剣な表情で何か言っている。
・・・最近の女子高生は積極的ね。
未玖はそんなおばちゃんくさい感想を抱いていた。

「桂。実況中継して実況中継。」

明らかにおもしろがっている藍が桂を催促し、桂はため息をつきながらも言われたとおりにした。

「『先輩、穂澄先輩とどっちが先に恋人が出来るか勝負してるんでしょう? ならその相手はあたしでもいいじゃないですか。穂澄先輩に勝てますよ。私は、まだ先輩の気持ちが私になくても構いません。』」
「えぇっ!?」
「未玖、うるさい。気付かれるじゃない。」
「いや、だって・・・。」

未玖にしてみれば、こんな所で自分の名前が出てくると思わなかったのだから仕方ない。
今の女生徒の台詞からすると、藍たちが先程言っていた様に彼女が司に告白したきっかけは未玖と司がしている勝負にあるということだ。その事を今いち信じていなかった未玖には衝撃だった。

「うーわー。深堂こわっ。」

藍の言葉に再び司の方に目をやると、司が抱きついてきた女の子を引き剥がしていた。

「・・・目が怖い。」

未玖の言う事は正しく、司は笑みを浮かべてはいるものの、明らかに目は笑っていない。
司にそんな目で見られた女生徒は、涙目になって走り去って行ってしまった。

「なかなかの修羅場だったわね。」
「何ていうか、見てたことに今更ながら悪い事をした気がするんだけど。」
「まあ、見てしまったものはしょうがないわよ。」

そんな事を言っている三人のすぐ傍で声が聞こえた。

「のぞきとはいい趣味だな。」

いつの間に来たのか、すぐ傍に司が立っていた。
とは言え、未玖以外は司が近付いてきている事に気付いていたのだが。

「深堂!? 気付いてたの!?」
「当たり前だろ。」

見てたことがばれて慌てている未玖とは対照に、藍は平然と笑顔で言った。

「あら。のぞかれて困るようなことでもあるのかしら?」
「そういう問題か? 相手の子にも悪いだろ。」
「こんな分かりやすい所で告白してる方も甘いのよ。聞かれたくないなら、というかそんなに好
きなら密室につれこむくらいの事すればいいのに。」
「あのな・・・」

さらりと真顔で言われた藍の発言に司は額に手をあててため息をついた。

「それはそうと、深堂は女の子にあんな事言われて何とも思わないわけ?」
「・・・あの距離で聞こえてたのか?」

司もあそこからでは声が届かないだろうと知っていたから三人の存在に気付いてもとりあえず放っておいたのだが。驚いたような、少し焦っているような表情をしている司に藍はきっぱりと言った。

「読唇術。」
「お前にそんなの出来るのか?」
「出来るわけないじゃない。桂に決まってるでしょ。」

藍の言葉に司は何か言いたげな表情で桂の方を見ると、桂にはその表情が何を意味するか分かったらしく

「余計な事は言ってないから大丈夫よ。」

とだけ言った。
それを聞いた司は何とも言えないような表情をしていたが。


実際桂が2人に告げた内容は一部省かれていた。
女生徒が言った台詞は正しくは『先輩が穂澄先輩を好きなことは知ってます。でも、あんな勝負受けるからには穂澄先輩は司先輩のこと何とも思ってないってことでしょう? なら、相手はあたしでもいいじゃないですか。穂澄先輩に勝てますよ。私は、まだ先輩の気持ちが私になくても構いません。』だったのだが、流石に未玖の前でそれをいう訳にもいかず、適当にはしょって言ったのだった。


「あんたも大変ねぇ。」

ちっともそう思っていないであろう、どちらかと言えばからかうような口調でそう言った藍に司は「余計なお世話だ」と不機嫌そうな表情で返すとさっさと行ってしまった。
そんな司を藍が人をからかう時にする表情で見送る。

「卒業シーズンでもないのに告白ラッシュか。まあ、あの子達にとっては今のがよっぽど追い込みの時期か。」

そう言いながら今度は未玖の方を見て言った。

「未玖も気をつけなさいよ。」
「何を?」

きょとんとした表情をしている未玖に分かるように桂が言い換えた。

「さっきみたいに呼び出されたら私たちに一言教えてって事。」
「? よく分かんないけど、分かった。」

もともと告白されたり、呼び出された時には桂たちに報告してたため、素直に頷く。
そんな何も分かっていない様子の未玖を見て、藍はため息を吐き、桂は笑みを浮かべていたのだった。





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