第二話 恋の定義



「恋って何?」
「突然何を言い出すんだ。お前は・・・」

二人がいるのは放課後の物理準備室。
未玖が物理準備室にいるのはそう珍しくないのだが話の内容はいつもとは全く違っていた。
未玖は突然「恋って何?」と切り出したのだから。

疲れたようにそう言った蓮見に未玖は不満そうな視線を向ける。

「だって分からないんだから仕方ないじゃない。今まで別にそんな事考えたことなかったし。けど勝負をするからにはやっぱり知っておくべきかな、と。」
「俺は忙しいんだよ。」

蓮見はそう言いながら窓際にある棚からファイルの整理をしていた。

「可愛い教え子の頼みでしょう!?」
「だから何でそれを俺に聞くんだよ。クラスの連中にでも聞けよ。喜んで教えてくれるぞ。」

ファイルに目を通しながらそう言った蓮見に、未玖はいたって真面目に話を続けた。

「蓮見は生徒から相談をよく受けてるって聞いたから。それに友達に聞いても今ひとつ要領を得なかったし。」

勝負の行方を賭けていることもあってか、クラスメイト達は自分たちの都合のよくなるような事を言おうとしているらしく、言ってることが全員違った。
あれでは参考にならない。
そこで「蓮見に聞けば?」という友達の提案に従って聞いてみたのだった。

「俺の所に相談に来る奴は大体もう自分の中で答え出してるんだよ。でもお前、本気で分からなくて聞いてるだろ。俺に恋の定義なんて聞かれてもなぁ・・・。」
「恋すると強くなったり臆病になったり、嫉妬したり、泣いたり、好きになった男に許婚がいたり自分よりも仲のいい幼馴染がいたりするんでしょ? 世の中の恋する少女は大変ね。」

・・・途中まではともかく、“許婚”のあたりから明らかにおかしい。
蓮見は未玖を半眼で見ながらため息をついて言った。

「・・・お前、少女漫画読んだだろ。」
「よく分かったわね。クラスの子が『これでも読んで勉強しなさい』って大量に貸してくれた。」
「・・・勉強になるのか? それで。」
「でも、胸がどきどきしたりするんでしょ?」
「まあ、そうだな。あとは、一緒にいて安心するとか。」
「・・・ふむ。」

未玖は顎に手をあて、俯きながら考える。
顎に手をあてるのは考え事をしている時の彼女の癖らしい。
しかし、考えても答えが出てこなくて諦めたのか、未玖は改めて準備室を見回して呟いた。

「・・・しかし、いつ来ても何の部屋だか分からないね、ここ。」
「失礼な奴だな。」
「なら何で準備室にこんなに漫画とか雑誌があるのよ。」
「没収品。」
「自分は持ち込むくせに。というか、別に漫画持ってくるの校則で禁止されてないでしょ。」
「まあ、いろいろあるんだよ。」

そんな感じで雑談をしていた2人だが未玖はふと今日ここに来た目的を思い出した。

「そういえば、今日話してた本は?」

未玖がここに来たのは恋の定義を聞きに来ていただけではなく、本を借りるために来ていたのだった。
はっきり言うと相談は本のついでだった。

「ああ、あれどこやったっけ・・・。」

蓮見はそう言いつつも探そうという気が全く感じられない。
というか、本当に忙しいのか未玖と話してる間中パソコンに向かって何か作業をしていたのだが。
そんな蓮見の様子を見ながら、未玖はため息をついて言った。

「・・・もういい。自分で探すから。」

未玖はそう言いながら本棚を物色しはじめた。
しばらくすると目当ての本が見つかったが、本棚の一番上の段にあった為、未玖の身長では届かない。
とってもらおうかと思って蓮見を見たが、真面目に仕事をしているようなので邪魔するのも気が引ける。
どうしようか、と思ったが、近くに椅子があったのでそれを使うことにした。


ふと、蓮見が未玖の方を見ると、未玖が椅子にのぼろうとしているのが見えた。
・・・・・・。
その光景を見ながら、何かあったような気がした蓮見は少し考えた後、思い出した。

「あ。ちょっと待て! それ・・・っ」

蓮見が思い出した時にはもう遅く、未玖はバランスを崩し、椅子の倒れる音とバサバサと何かが落ちる音がが部屋に響いた。

「ったぁ・・・」
「悪い。この椅子、ねじが緩んでて使えないんだよ。」
「・・・そういうことはもっと早く教えて欲しいんだけど。」
「忘れてたものはしょうがないだろ。大丈夫か?」
「まあ、そうね。私は大丈夫だけど、蓮見こそ何ともないの?」

しかし、未玖自身は蓮見が未玖を受け止めたおかげで怪我ひとつなかった。代わりに、本はぶちまけられていたけれど。
未玖が何とも無いと分かった蓮見は安堵した表情を見せたが、次の瞬間にはため息をついて呟いた。

「ったく、間がいいというか悪いというか・・・」
「は?」

未玖には蓮見の言った言葉の意味が理解出来なかったが、蓮見にその意味を聞く前に、後ろから聞きなれた声が聞こえた。


「教師が生徒にセクハラしてていいんですか?」


そう言った声の主は、いつの間にか準備室のドアのところに笑みを浮かべて立っていた司だった。
蓮見は未玖を助けるために抱きとめたわけだが、未玖が蓮見に抱きしめられてるように見えないこともない。
何でいるんだ。と驚いている未玖とは反対に、蓮見には驚いた様子はまったく無い。
蓮見は司がここに来るだろうことを予想していた。
さっきファイルを取ろうと窓際に行ったときに、向かいの校舎の教室にいた司と目があったからだ。
委員会か何かの会議をやっているようだったのですぐには来れないだろうとは思っていたが。
まさにグッドタイミング。

司の表情を見て満足したらしい蓮見はにこやかに司に言葉を返した。

「うちの学校、おおらかだから。本人同士がよければ問題ないらしいぞ?」
「・・・どんな学校だよ。つーか、離れろ。」
「はいはい。」

蓮見はそう言って未玖からぱっと手を離し、降参とばかりに両手をあげている。
その途端、司は蓮見を睨みつけながら近付いていく。
2人のやりとりをよく分からないままに傍観していた未玖だが、突然司に手を引かれ強制的に準備室を出て行くことになった。

「ちょ・・・深堂!? いたいって・・・」

無言のまま準備室から引っ張ってこられたが、手が痛くなってきたために声を上げた。
未玖の言葉を聞いて司はやっと止まったが、怒っているのか、不機嫌そうな声で尋ねる。

「何やってたんだ?」
「え?」
「蓮見と。傍から見ると抱きしめられてるように見えたけど?」

未玖は司に言われた言葉に面食らう。

・・・そんな風に見えたのか。

「そんな訳ないじゃない。蓮見は私が椅子から落ちたのを庇ってくれたの。それに、蓮見とは恋について語り合ってただけだし。」
「・・・何やってんだよ。」

今度はさっきとは違い、脱力したような感じで言った。

「だってよく分かんなかったし。少女漫画読んでも今いち・・・」
「そりゃそうだろ。」
「面白かったけどね。そういや、さっきのも漫画にありがちなシチュエーションだったけど。あ。でも・・・」
「何?」
「漫画みたいにどきどきしたりはしなかったな。」

未玖の言葉に司は一瞬虚を突かれたような表情をしたが、すぐにこう言った。

「相手が蓮見だったからだろ。」
「そうかなー。」

何だかさりげなく蓮見に失礼な発言な気がするが、未玖は気付いていない。
一人で未だに友人に借りて読んだ少女漫画について検証しているらしく、どきどきしてみたいんだけどなー、とか呟きながら考えを巡らせていたが、結局この時答えに行きつくことはなかった。

司に、抱きしめられたからだ。

「!?」

驚いている未玖をよそに司はさらに強く抱きしめる。

「深堂・・・?」

戸惑ったような未玖の声に、司は未玖を離し未玖の肩に手を置いたままいたずらっぽい笑みを浮かべて未玖を見ていた。
いつも、司が未玖と勝負して勝った時に浮かべる笑みで。

「どきどきしたか?」

・・・・・・・。
突然の事態に頭がついて行っていない未玖だが、とりあえずからかわれた事だけは理解できた。

「何を考えてんの、あんたは!?」
「ん? どきどきしたいって言うから、ああすればするかなと思って。」
「だから何考えて・・・っ」

未玖がさらに文句を言おうと思った時、放送の呼び出しがかかった。
司に。
未玖はともかく、司が呼び出されるのは珍しい。
というか、今は放課後なのに何で呼び出しがかかるんだろう。

「深堂、何かやったの?」
「委員会抜けてきたからな。」
「何やってんの。委員長が率先してさぼってどうすんのよ」
「休憩だよ休憩。さて、戻るか。」

司はそう言うと呼び出しのかかった会議室の方へ歩いていった。

「変な奴・・・」

今日の司は明らかにおかしい。
今といい。さっきといい。
・・・・・・・。

「本当、何考えてんだろ・・・」

廊下には、僅かに顔を赤くしてもう一度そう呟く未玖の姿があった。
 
 




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