第一話 game start



「深堂! 勝負!!」

教室に少女の声が響いた。
廊下にまで聞こえるほどの大声だったが、いつもの事なのですっかり慣れてしまったクラスメート達は彼女の大声に驚いたりはしない。
それよりもむしろ、おもしろがっている様で、声援なんかも飛び交っている。
勝負を挑まれた少年、深堂司(しんどう つかさ)は読んでいた本から顔を上げ、勝負を挑んできた少女、穂澄未玖(ほずみ みく)を見た。

「何の?」

先を促すところを見ると勝負をするつもりはあるらしい。
断ったところで司が承諾するまで未玖がしつこく食い下がってくるのが分かっているからなのかもしれないが。

「これで!!」

そう言って未玖がどこからか取り出したのはテレビゲームだった。

「・・・わざわざ持ってきたのか?」

教室にはテレビが備え付けであったが、流石にゲーム機までは置いてない。
しかし学校まで持ってくるにはどう考えても重いそれを自宅からわざわざ持ってきたのだろうか。

「まさか。物理準備室にあったのを借りてきたの。」
「ああ・・・。」

未玖の一言に司は納得したような声を出す。

2人のクラスの担任でもある物理教師、蓮見敦(はすみ あつし)はゲームに限らず、漫画など娯楽のものが好きらしく、教師のすることではないと思うのだが、学校にも大量に持ち込んでいた。
彼は大学を卒業したばかりの新任教師だったが、生徒から人気が高かった。ついでに言うと顔も良かったため女生徒からの人気も高い。普段はちゃらんぽらんというか教師らしくない教師だがいざとなると頼りになる、と生徒たちから評価されていた。
同僚の先生から怒られる事はしょっちゅうだったが、嫌われているわけでは無く、むしろ好かれているようだった。まあ、彼の説明はこのくらいにして。

「蓮見に家でやるゲームを借りようと思って準備室で物色してたんだけど、蓮見の持ってたソフトに“対戦ゲーム”と書かれてるのを見つけた瞬間、これだ!!と思って。他に思い浮かばなかったし。」

確かに未玖の言う通り、二人はたいていの勝負事はやってしまっていた。
トランプ、花札、ウノなどのカードゲームからバスケやサッカーなどの体力勝負までよくそんなの思いついたなと周りが突っ込みたくなるほど色々な勝負をしてきたのだった。
そうこう言ううちにさっさとテレビにゲーム機を接続し終えた未玖は司に視線で“早く来い”と促し、司もテレビのある所まで行った。
未玖の持ってきたのは格闘ゲームだった。
さっそくゲームを開始する2人。

「あぁ!? か弱い乙女になんてことを!? 卑怯者ぉ!!」
「か弱い乙女が裏技ばっかり三連発で出すか? 卑怯なのはどっちだ。」
「余裕でかわしといて何言うのさ!? ちょっとは手加減してやろうとか思わないの!?」
「したら怒るだろ。」
「当たり前じゃない!!」

こんな感じの会話を繰り返しながらゲームをすること、数分。

「また俺の勝ちだな。」

そう言って笑みを浮かべる司と悔しがる未玖の姿があった。
テレビ画面には“KO”の二文字。

「だあああっ!! 今度はいけると思ったのにっ!! 蓮見の嘘吐きィ、絶対勝てるって言ったくせに・・・」

未玖の言葉に司がぴくりと反応する。

「蓮見が?」
「そう。裏技教えてくれたのも蓮見だし・・・。」
「へえ・・・」

そう言った司の背後に黒いオーラが見えた気がする。
未玖は気付いていなかったが二人の勝負を見ていたクラスメート達はそのオーラに寒気を感じていた。

司が口止めしているため、知ってる者はいないが、司と蓮見は従兄弟同士である。
小さい頃から知っている為か、高校生になった今でも蓮見は司を子供扱いしている気がする。
嫌いなわけではないが、正直に言えば司は蓮見が苦手だった。

未玖の言葉を聞いた司は内心、舌打ちをしていた。
―――どおりでやりにくいと思ったら。
そういえば、昔あいつともこのゲームをやった気がする。
司はいつも同じ技で負けていた記憶がある。それが未玖が蓮見に教えてもらったと言った裏技だ。
未玖が裏技を出してきた時、司は表情にこそ出さなかったが内心少しヒヤッとしていた。
ゲーム自体は未玖よりも司の方が上手かったので特に問題は無かったのだが。

「うー、また蓮見になんか借りてこようかな。」
「ろくでもない予感しかしないからあんなのから借りてきたもので勝負なんてしないぞ、俺は。」
「随分な言われようだな。」
「蓮見!」
「先生と呼べ、先生と。」

そう言いながら蓮見は司の頭を手に持っていたファイルで叩いた。

「お前らも飽きないなぁ。」
「とりあえず、こいつを負かすのがあたしの目標だから。」
「こいつが突っかかって来るんだから仕方ないだろう。」

蓮見の言葉にきっぱりと言い切る未玖と、肩をすくめてそう言う司。

「でも、お前らが付き合ってるって噂になってるぞ。」
「「は?」」

蓮見の言葉に未玖と司の声がはもった。それから司がさらりと付け足す。

「誰がそんな恐ろしい噂を。」
「失礼なっ!」
「噂のとばっちりを受けるのは俺なんだよ。この前もお前にふられた奴に喧嘩売られたんだぞ。」

もっとも、司はやられっぱなしでいるようなかわいらしい性格はしていないが。
未玖は性格はともかく、外見はいいため結構もてる。
外見がいいのは司も同じだが、未玖の方は同性から妬まれることはあまりない。
というか、嫉妬される事はあるのだが未玖を相手にしていると、相手の方が馬鹿らしい気持ちになってしまうらしく妬みが長続きしないといった方が正しいかもしれない。

「いやぁ、もてる女はつらいわねー。ていうか、それってあたしのせい?」
「俺のせいでもないだろ? 何で俺が謂れのないことで恨まれなきゃならないんだよ。」

2人の言い合いを面白がっているような表情で聞いていた蓮見がぼそりと言った。

「どっちかに恋人でも出来れば噂も消えるんじゃないか?」

2人は蓮見のその言葉に蓮見の方を振り向き、それからお互いの顔を見る。

「・・・こんなのにそう簡単に恋人が出来るとは思えないが。」
「こんなのとは何さ!? 深堂こそ、そんなんじゃ彼女なんて出来ないよ!?」
「そんなのに毎回勝負を挑んでは負けてるお前はなんなんだよ。」
「うっ!? 言い難いことを・・・! 次こそ勝つからいいの!!」

2人の言い合いを聞いていた蓮見はぽつりと言った。

「じゃあ次の勝負それにすれば?」

その言葉に未玖はきょとんとし、司は嫌そうな表情をしながら蓮見に尋ねる。

「何の話だ?」
「だから、どっちに先に恋人が出来るか勝負すればいいんだよ。」

蓮見の提案にそれまで傍観していたクラスメイト達が賛同の声を上げた。
毎度の事だが、こんな時のクラスの団結力は呆れるくらい抜群だった。

「教師の言う事かよ、それが。何でそんな勝負しなくちゃなんねーんだよ。」
「おや、深堂君は自信が無いのかな?」

彼の従兄弟はそう言ってにっこりと笑みを浮かべる。
蓮見の笑顔を見て歓声を上げる女生徒たちに司のいらいらがさらに募る。

「穂澄はどうだ?」
「うーん・・・・」

蓮見の問いかけに未玖は顎に手をあて、俯きながら考える。

「そういう事は勝負するような事柄じゃないような気がするんだけど・・・」
「まあ気にするな。それにお前が負けることはないと思うぞ?」
「本当!?」

蓮見の言葉に未玖はぱっと顔を上げて蓮見を見る。

「ほんとほんと。保証してやるよ。」
「でも何でそんな事分かんの?」
「いずれ分かる。」

蓮見は笑顔でそう言ったが何の答えにもなってない気がする。
が、未玖はそれで納得したらしい。

「ふーん。まあ、いっか。じゃあやる。」
「俺はまだやるなんて一言も言ってないんだが。」
「そう言うな。これで決着がつくだろ?」

蓮見は司に意味ありげな視線を向ける。

「これで深堂が参加しなかったら穂澄の不戦勝だなぁ。」
「なっ!!そんなのは勝ちとは言わない!!」

抗議する未玖に蓮見は彼女の頭にぽんぽんと手を置き「大丈夫」と言って笑みを浮かべる。

「お前が参加すれば深堂は嫌でも参加せざるを得ないからな。」

そう言ってから蓮見は司の耳元に何事か囁き、何かを吹き込まれたらしい司は蓮見を睨みつけた。

「・・・いつか絶対殺す。」

殺意のこもったその言葉を気にした様子も無く、司の肩にぽんと手を置きながら未玖の方を見て蓮見は明るく言った。

「深堂も参加するってさ。」

その言葉にクラスメイト達も歓声を上げる。

「な、何・・・?」

勝負する本人たちよりも盛り上がっている空気に圧倒され気味な2人。

「これで決定だな。あとは――…」

蓮見は教室内の生徒たちを見渡した。その後―――

「勝負がいつ着くか賭ける奴―っ!!」

蓮見の言葉に生徒たちがすばやく反応し、あっという間に蓮見を中心に人だかりが出来たのだった。
自分から率先して賭け事をする、むしろ賭けの元締めをする教師。
教師としてそれはいいのか?と口にする者はその場には誰もいなかった。


「何で皆あんなに盛り上がってんの・・・?」

訳が分からずにきょとんとそれを見ている未玖。

「あいつら、覚えてろよ・・・」

そう言いながら人だかりを睨んでいる司。


未玖は本気で分かっていないが、司には分かっていた。
従兄弟があんな勝負をけしかけた理由も、クラスメイトの盛り上がりの理由も。
どっちも司の気持ちを知っているからこその反応なのである。
司にとっては嫌がらせ以外の何ものでもないが。


蓮見の言う通り、確かにこの勝負で未玖が負けることは無いだろう。
司の想い人は未玖なのだから。
つまり、彼が勝負に勝つ=未玖に告白するという方程式が成り立ち、例え上手くいったとしても未玖にも恋人ができるということなのだから良くて引き分けである。
司は勝負の為に他の女の子に告白する気なんてないし、未玖に他に恋人が出来ればやっぱり自分の負けなのだ。蓮見の言った“これで決着がつくだろ”にはそういう意味が含まれている。
圧倒的に司に不利な気がする。
それでも司が勝負を引き受けたのはこの膠着状態にけりをつける為というのもあるが・・・・
相変わらず不思議そうな表情をしている未玖を見て司はため息をついたのだった。



かくして、2人の勝負の行方は??




 




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