≪後編≫
「・・・幸せそうだな。」
写真展からの帰り道、上機嫌で鼻唄まで歌いかねないくらいの紫織を見て遥はそう言った。
「うん! だって甲斐さんに会えたし!!」
「そうかよ。」
「そういう遥は相変わらず機嫌悪そうだね。」
「あのオカマのせいでな。」
「甲斐さんの事そんな風に言うくせに、何で毎回一緒に来るの?」
突然そんな事を聞かれ、遥は答えに詰まる。
ようするに遥は、嬉しそうにしている紫織を見るのは好きなのだ。
その表情をさせているのが甲斐だというのが気に食わないが。
しかし、そんな事を紫織に言えるはずもなく。
「どっかの馬鹿がまた迷子になるからな。」
とりあえず肩をすくませながらそう答えておいた。


しばらくして、遥の母、静音が経営している喫茶店に着いた。
懐かしいというか、どこか落ち着く雰囲気を持ったお店で紫織はこの場所が好きだった。
よくここで遥の家族と一緒に騒いだものだ。今もそうだけど。
扉を開けるとパーンとクラッカーの音が響いた。

「な、何!!?」

予想しなかった事に紫織は驚く。
そこには紫織の両親と、遥の両親がそろっていた。
ちなみに紫織と遥の両親は大学の時からの親友らしい。
しかし、その後に続いた言葉にさらに驚いた。
「「「「誕生日おめでとう!!」」」」
「・・・・・・・」
「あれ、反応なし?」
「遥、喋ったんじゃないの?」
「そんな事してねーよ。後がうるさいから。」
「・・・え? え?」
今日って2月29日・・・・・・
「ああっ!?」
忘れてた! 今日ってあたしの誕生日だっけ!?
「忘れてたんだろ。」
遥にするどく突込みを入れられる。
「いや、だって、いつも3月1日に祝ってもらってたから・・・」
2月29日に祝ってもらった回数よりも3月1日に祝ってもらった回数の方が断然多い。
だからそっちの方が誕生日っぽい気がするのだ。
「てことは、やっぱり忘れてたんだな。ていうか、お前今日が2月29日だって事も忘れてたもんな。」
「うっ・・・」
図星を指され、何も言い返せない紫織だった。


数時間後、本日の主役であるはずの自分を差し置いて、勝手に盛り上がっている両親達を眺めながら、紫織はさっきから思っていた事を遥に尋ねた。
「遥が今日バイトの邪魔したのってこの事知ってたから?」
あのまま面接に行って合格していればおそらく今日から紫織は働いていただろうと思う。
「まあな。」
「じゃあ、最初からそう言ってくれれば良いのに。そしたら面接の日ずらしてもらったし」
「どっちにしろ行かせる気はなかったけど。」 
「何でよ!?」
紫織がそう言うのを無視し、今度は遥が質問をした。
「そう言えば、何でお前バイトなんてしたかったんだ?」
「何て言うか、あんたに言えた台詞じゃないと思うんだけど。」
「言わなきゃまた邪魔するけど?」
それは困る。
そう思った紫織はバイトをしようと思った理由を話すことにした。
「・・・甲斐さんが使ってたカメラ安く譲ってくれるっていうから。」
「無料でやればいいのに、あいつ案外けちだな。」
その一言に紫織は遥の頭を叩いて大声で言った。
「ちがーうっ!! 甲斐さんは最初そう言ってくれてたもん!! でもあたしが断ったの!!」
「何で。」
「だって憧れのマイカメラだよ!? そこら辺の安物のカメラとは違うんだよ!? 夢への第一歩なのに何の苦労もなしに人から貰うなんて出来るわけないじゃない!!」
紫織はきっぱりと言い切った。その視線は遠くを見つめている。
紫織の夢が写真家だと言う事は遥も知っていたが、それを聞いた遥は笑みを浮かべた。
こういう所は紫織らしいと思う。何事も自分の手でやりたがるのだ。
それだけ真剣だということだろうか。
そう考えていると、自分の世界から帰ってきたらしい紫織が遥の方に向き直って言った。
「だ・か・ら! その為にもバイトしたいの!! 邪魔しないでよね!!」
「バイトならうちですればいいじゃん。」
別に遥は紫織の夢の邪魔をする気なんてさらさら無い。
平然と言われたその言葉に紫織が何か言うよりも早く、声が聞こえた。
「そうよ。紫織ちゃんなら大歓迎よ!」
いつからそこにいたのか静音が目を輝かせて同意してきた。ちなみに、静音は遥の協力者である。協力者というよりはおもしろがって見ていると言った方が正しいかもしれないが、紫織が嫁に来る事は彼女の中では昔からの決定事項なのである。
「え、いや、でも・・・」
静音の所でバイトするのが嫌なわけではないし、考えなかったわけでもない。
でも、そうすれば遥に雇い主の息子としての立場をフル活用し、24時間体制で使いっぱしりにされるような気がする。
「大丈夫よ。遥の馬鹿のことは気にしないで。何なら紫織ちゃんのバイト中は立ち入り禁止にしてあげるし。」
「あ。それなら・・・」
「おい。」
「何よ。あんたどうせうちでバイトするの嫌がるじゃない。この間もうちで雇ってあげるって言ったのにわざわざ別のところでバイトするしさ。」
「え? 遥バイトしてたの?」
「そうなのよー。私へのあてつけかしらねぇ。」
そこで静音は、はたと気付いたように紫織を見つめ、それから遥の方を見て言った。
「あんた、意外と要領悪いのね。」
「何の話だ!?」
「あら、言っていいの?」
「・・・!」

遥の表情を見た静音は満足そうな笑みを浮かべた後、遥に何か囁き、部屋に戻っていった。
残された遥はものすごく機嫌が悪そうな表情をしている。
今気付いたけど、静音さんと甲斐さんってもしかして似てるのかな・・・?
甲斐さんといる時と同じような遥の表情を見て紫織は心の中でそう思った。


遥はすねたような表情をし、店から出て行った。
どこに行くのか気になった紫織は遥の後に着いていった。
どうやら店のすぐ向かいにある公園に行く気らしい。
遥はしばらく不機嫌そうな顔をしていたが、気を取り直すようにため息をついた後、すぐ傍にいた紫織に呼びかけた。
「紫織」
「ん?」
「これやるよ。」
遥はそう言って何かを紫織に投げてよこした。
「え?・・・った!!」
しかし、それは受け損なった紫織の額にクリーンヒットした。
紫織は額を押さえながら、遥が投げた箱を拾い上げて尋ねた。
「何? これ。」
「誕生日プレゼント。」
「うぇぇぇぇぇえっ!?」
「驚きすぎだろ!!」
「いや、だって・・・」
小学校以来、紫織には遥に何かを貰ったという記憶はない。
紫織の方は一応毎年遥の誕生日にはプレゼントを渡してはいたが。
あげないと周りがうるさいかったからでもあるが。
「何か企んでないでしょうね・・・開けたら爆発するとか」
「文句があるなら返せ。」
箱を奪い返そうとする遥の手を阻みながら紫織は慌てて言った。
「いや、嘘、ごめん! 貰います! ありがとうございます!」
紫織はまだ信じられないものを見ているような目で遥から貰ったプレゼントを見ていた。
少しして落ち着きを取り戻したらしい紫織は遥に渡された箱を見つめながら言った。
「開けていい?」
紫織は遥の返事を待つことなく、べりべりと包装紙を剥がし始める。
「もう開けてるじゃねーか・・・」
包装紙を開けながら言われた台詞に遥は呆れたような声で返す。
「これ・・・・」
箱の中に入っていたのは紫織が可愛いと思っていたネックレス。
「ていうか、これ高いんじゃ・・・」
値段まではちゃんと覚えてはいないが、あそこの店のものは基本的にけっこう値段が高い。
「お前、そういうことを言うなよ・・・」
遥が呆れたような声を出しながら紫織を見る。
「あ、ごめん・・・」
「4年分。だからまた4年後までは何もないぞ。」

紫織はふとさっきの静音の台詞を思い出した。

“わざわざ別のところでバイトするしさ。”

もしかして遥がバイトをしていたのはこれを買う為だったりするのだろうか。

さっきの静音さんの態度からして、おそらく静音さんはその事を知っていたのだろう。
もしかしたら、遥がネックレスを買いに行った時、一緒にいたのかもしれない。
そうだとすれば、遥が大人しく静音さんに腕を組まれて歩いていたのも分からなくは無い。
最近放課後すぐ帰るのはデートのためではなくバイトのためで、授業中爆睡してたのは年上の彼女とあっているせいではなく、バイトで疲れているせい。

そう考えた紫織は、頬が微かに赤くなるのを感じた。
一瞬よぎった感情が何かは分からなかったが、嬉しかった。
「遥・・・・・」
「何だよ。」
「ありがとう。」
紫織は笑顔でそう言った途端、遥は不覚にも一瞬固まってしまっていた。
遥はわずかに逡巡した後、紫織の頬にそっと手を触れた。

何だか真剣な瞳をした遥の瞳を見て、紫織は心臓がどきどきするのを感じた。
な、何・・・!?
紫織は突然の事に戸惑っていたが、しかし、それは長くは続かなかった。
「遥――っ! 紫織――っ! いつまでもそんな所にいると風邪ひ・・・もがっ!!」
紫織の父親がそう叫んだからだ。
何故だか言ってる途中で誰かに口を塞がれたらしいが。
しかし、全員きっちり酔っているらしく、酔っ払い特有のテンションの高さが感じられる。
「はーいっ!!」
紫織はそう返事をすると、戻る様子を見せない遥に声をかけた。
「戻らないの?」
「俺は酔っ払いの餌食にはなりたくはないからな。お前一人で相手して来い。」
遥はそう言うと紫織を追い払うようにしっしっと手を振った。
「失礼なっ!! 何その態度っ!!」
いつもと違わぬ遥の態度に、紫織もいつもの憎まれ口を叩きながらも、言われたとおり酔っ払いの相手をするべく部屋に入った。
遥が、頭冷やしたいし、と小声で言ったのも、そう言った時の遥の表情も部屋に戻った紫織には見えなかったけれど。


「今のは、やばいだろ・・・・」

遥は口元を押さえて真っ赤な顔でそう呟いた。
さっきの笑顔に完全に不意を衝かれた遥はもう少しで紫織に手を出しそうになった。
紫織が自分の事を幼馴染としか思っていないのは分かっていたので、長期戦で行こうと決めたはずなのに。
鈍い紫織には、さっきので自分の気持ちがばれることはないだろうけれど。



紫織は知らない。
紫織がよく寄っていたバイトに行こうとしてた店に、紫織に気がある店員がいたことを。
遥ほどではないが紫織もまた、人気があり彼女のところに恋愛相談に来る子達の中には遥ではなく、紫織に憧れていて話すきっかけを掴むために相談しているふりをしている子も多い事を。 そして、遥が彼女に気付かれないように害虫退治をしていることを。

「けど、今更逃がすつもりはないからな・・・」

ぼそりと呟かれた少年の言葉は誰の耳にも届かなかったが、近いうちに彼女はこの言葉を引きつった笑みと共に身を持って理解する事になるのであった。

 
おまけ 遥少年の片思い暦


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