「・・・何か、こっちが悪いことしてるような気になる」
華月はさっき見た青年の表情を思い出してそう呟いた。

おまけに依頼主があんなにムカつくおっさんだと、やる気も余計に萎えるというものだ。

でも、これは少し前から―――捜査に加わるようになってから―――思っていた事でもある。

怪盗風雅が盗みをはたらく対象となるのは、街の人から悪徳商法のごとく物を奪った人とか、傲慢なお金持ちだ。
風雅が犯罪者であっても街の人間からの圧倒的な支持を得ている理由はそこにある。
まあ、やる事が派手だからだとかその見てくれの良さもあるのだろうけれど。


罪を犯す事で誰かを救う事の出来る怪盗と、
罪を防ぐ事で誰かを傷つけるかもしれない警吏とでは、どちらが正しいのだろう―――

もちろん、法の上では明らかに怪盗が悪で警吏が善になるだろう。
窃盗は立派な犯罪だし、褒められるものでは決してない。
誰かを助けていても、やはりその裏で傷つく者だっている。
けれど、風雅が救うのは罪のない誰かで、傷つけるのは法に触れるか触れないかのぎりぎりのラインでその誰かから大切な者を奪った誰かだ。


そう考えると分からなくなるし、さっきのような場面を見ると考えてしまう。

盗まれないように守るのが警吏の仕事だ。
華月の目的は風雅を捕まえる事だし、華月は警吏ではない。
しかし警吏を手伝っている以上、ただ風雅だけ追いかけていればいいというものでもない。
毎回逃げられているから分からないが、もし警吏側が風雅の犯行を防ぎ、品を守る事が出来たなら、誰が傷つくのだろうか。

それでも華月が風雅を追う事をやめないのは、理由がどうあれ犯罪は犯罪だという事。
誰のためであろうと、罪は罪なのだから。
それと、犯行が依頼制だと言う事実もある。
世の中持ちつ持たれつだとか言っていたが、金を取っているという事実は正義の怪盗という言葉とはどう考えても結びつかないと思う。
―――それに何より。
あの怪盗をとっ捕まえ、一発・・・いや今まで積もり積もってきた分も考えると、数十発殴ってやらないと気が済まない。

・・・思い出しただけで腹が立ってきた。
毎回毎回、人の神経を逆なでするような行動ばっかりして・・・!!


考えてるうちに本題からずれていき、本気で腹を立てながら歩いていると、さっき店にいた青年を見かけた。店からそんなに離れていない場所にある広場のベンチに座っていた。

近付いてみると、青年が怪我をしているのが分かった。
ちょっと切っただけなのだろうが、血が出てている。多分、店主に外に放り出された時に切ったのではないだろうか。さっき店で見た時は、怪我はしていなかったはずだ。
「大丈夫ですか?」
華月は青年にハンカチを差し出してそう言った。
自分の思考にふけりすぎてちょっと忘れかけていたが、もともと華月はこの青年を追って店を出たのだ。

青年の方は一瞬戸惑ったような表情をしたが、すぐに人の良さそうな笑みを浮かべて「ありがとうございます」と礼を言った。
そして、華月の顔を見て何かに気付いたような顔をして尋ねた。
「さっきあの店に居られました?」
「ええ。」
あの様子では周りなど見てないだろうと思っていたが、意外と冷静に見ていたらしい。


「・・・突然失礼な事を聞きますが、あの指環店主に騙し取られたんですか?」
「え?」
「その、あの指輪の前の持ち主だと伺ったものですから。」
「正確には僕の弟が持っていたものですけどね。風雅から予告状が届いたと聞いてその前に何とか返してもらえないかと思ったんですが、聞いてはもらえませんでした。」
やはり、この青年が依頼したわけではないらしい。
この青年が依頼主ならあんなに真剣な様子で店主のところへ来たりはしない。
上手くすれば、今夜にでも自分の手元に還ってくるのだから。
それを確認する為の質問だった。
この青年が依頼主でないのなら、一体誰が?
「―――風雅は正義の義賊だと噂されているでしょう? 仮に風雅が盗みに成功すれば、指環が弟さんの元に戻ってくる可能性もあると思いますけど。」
もっとも、弟が依頼人だった場合は。の話だが。
だが、青年はそれをあっさり否定した。
「いえ、噂が本当だとしたら尚更、弟の手には戻らないでしょう。」
「何故です?」
華月の質問に青年は一瞬ためらうような表情をしたが、すぐに言葉を続けた。
「もともと弟のものではありませんから。」
「・・・どういう事ですか?」
「あれは弟が別の人から、その、何と言うか―――・・・」
言い辛いのか、青年は口ごもる。
その様子を見て、華月の頭に一つの仮説が浮かんだ。
「・・・・まさか、盗んだとか?」
半信半疑で言った華月の言葉に、青年は頷いた。

なるほど。
それなら青年が店に来ていたのも納得できる。
街に流れる怪盗風雅の噂を信じるのなら、指環は青年の弟にでなく、弟が奪った前の持ち主の手元に戻ると考えるだろう。だが・・・
「それならそれでいいんじゃないですか?」
元々盗品なのだ。
本当の持ち主の手に戻ればそれはそれでいいような気もする。
「それじゃ駄目なんです!!」
今までとは違って、青年は強い口調でそう言った。
「弟があの指環をとったのは出来心というか・・・ある喧嘩が原因で勢いでやった事なんです。」


それから青年はその喧嘩の原因を話してくれた。
話を要約するとこういう事らしい。
少年には仲の良い少女がいた。
少年の家は、まあ庶民というか普通の暮らしをしていたが少女の方はお金持ちだった。
けど、そんな事は関係なく、仲が良かった。
けれど、少女が少年の家のこと――借金のこと――を、彼女の親に相談しているのを聞いて
「俺はそんなつもりで一緒にいるんじゃない!!」
と怒ったそうだ。まあ、気持ちは分かる。
そして周囲の人間からもそういう目で見られていて。
なら、そういう人間になってやる
と思い余って指環を盗んだ、と。

「けど、指環がなくなった事を知ったその子はの仕業だとは思わずにすごく落ち込んでいて、その姿を見て弟も後悔していました。」
「あの店に指環が渡ったのは・・・?」
指環が他の人のものなら、いつ指環があの店に流れたのだろうか。
青年や、青年の弟が借金返済のために渡すとも思えない。
「僕の家はあの店主さんにお金を借りてまして、偶々というか、取立てに来た店主さんに指環を見つけられてしまって―――・・・」
それで取り上げられたのか。
「弟には自分の手で彼女に指環を返してあげてほしいし、弟もそう思ってます。だから、風雅に盗まれることで彼女の手元に戻ったのでは駄目なんです。店主さんには、自分達のものではないから返して欲しいと何度も頼んだのですが、聞いて下さらなくて」
確かに、人の話なんて聞かずに一方的に自分の意見だけを押し付けるってタイプのおっさんだった。
差し押さえまでしていたらしいから、青年の言葉にも耳を貸さず持っていったのだろう。
・・・・それはそれで犯罪な気が。
盗品だから別だが、本当に借り物だったらどうするのか。
泥棒になるんじゃなかろうか。
まあ、本来の持ち主が取りに行けばすんなり返したのかもしれないけどさ。



ともあれ、事情は分かった。
あとは―――――・・・



 




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