「あーもう! また逃げられた!!」

本当にあっという間に奪われましたよ、ええ。

店内の電気が消えたと思ったら、ついた時にはもう指環は盗まれていた。
その事に気付いた時には後の祭りというか・・・まあ、すぐに追いかけたのだが結局まかれてしまった。

華月は風雅にまかれた後、すぐにある場所に向かって歩いていた。
指環の本当の持ち主の屋敷のそばに。

屋敷のすぐ近くには公園があった。
昼間は子供が遊んでいるために賑わっているが、今は夜中とまではいかないが、遊んでる子供が一人もいない程度には遅い時間。のはずだった。
しかし、公園から子供の声が聞こえた。
不審に思った華月は気付かれないように声のする方に近付いていく。そこに居たのは、さっきまで追っていた怪盗風雅と、そして―――

「はい。」
風雅はそう言って少年に今盗ってきた指環を渡した。
「ありがとう。」
少年はそう言って笑った。
華月は風雅と一緒にいる少年に見覚えがあった。
青年と話した後で、青年や指環の本当の持ち主の資料を集めたのだが、その資料の中に、青年の弟、今そこにいる少年の写真があったからだ。

・・・つまり、今回の依頼人はあの子だって事?

華月はそう考えながら、二人の様子を見る。

「見つからないうちに早く行きなさい。」

風雅の声色と言葉遣い、そして笑顔――それも、明らかに作られた笑顔――に寒気が走るとかいうのはこの際、無理矢理考えないでおくことにした。
風雅は一応女怪盗なのだから、これが正しい姿ということになるのだろう。
しかし、何度みても慣れない。というか、慣れたくもない。

「うん。えっと、お金―――・・・」
少年はそう言って、持っていた鞄の中をごそごそと探り出した。

やっぱり有料なのか。
ていうか、あんな子供にまで請求するわけ!?
最低っ!!
華月は思わず出て行って殴ってやりたい衝動にかられたが、行動に移す事は無かった。
その前に、風雅が少年にこう言ったからだ。
「いらないわ。あなたがきちんと友達に謝れれば、ね。」
「でも―――」
「謝らないの?」
「謝るよ! 許してもらえるか分からないけど、ちゃんと謝る。」
少年は風雅の言葉に慌ててそう言って、笑みと共にお礼を言った。
「ありがとう。兄ちゃんにもそう伝えといて!」
少年はそう言うと、屋敷に入っていった。
正確に言えば、忍び込んでいった。
・・・・不法侵入。
華月はそう思ったものの、咎める気は起きなかった。
今は夜遅い。
正面から訪ねたのでは、会わせて貰えない可能性もある。
多分、少しでもはやく返したいのだろう。

華月がしばらく少年が消えていった方向を見ていると、
「お前何やってんだ?」
とやけに近くで声が聞こえた。
振り向くと、すぐ傍に風雅の姿があった。
「警吏からのぞきに転職したのか?」
どうやら風雅は華月が見ていた事に気付いていたらしい。
さっき、少年といた時とは180度違う態度。
声も口調も全然違う。
華月としても、風雅に女声で喋られたりしたら気持ち悪いからいいのだが。
「流石にあんな子供からはお金とらないのね。」
「ああ。ちゃんと対価は貰ったから。」
「え? だってさっき―――」
「対価が金だとは限らないだろ?」


風雅は何でもかんでも依頼を引き受けるわけではない。
依頼人の話を聞いて、その理由を考慮した上で受けるかどうか決めているのだ。
ちなみに、仕事の時は仕方なく女装しているが、それ以外のとき、依頼を受ける時でも依頼人とは普段の格好――男の姿で話をしている。
さっき少年がお礼を言ったときに『兄ちゃんにもそう伝えといて!』と言った“兄ちゃん”とは実は風雅のことなのだ。
風雅が少年の依頼を聞いたとき、一つだけ確かめた事がある。
「何で自分でその子に本当の事を言わないんだ? その女の子に言えば、わざわざ風雅に頼まなくても取り返すことは出来るだろ。それとも、自分がしたと知られるのが怖いのか?」
「・・・それも、ある。」
少年は否定せずにそう言った。
「けど、俺があいつといたのは、ただ一緒にいて楽しかったからなんだ。あいつに言えば、指環は取り戻せると思う。けど、指環の代わりになるものをあの質屋に渡すと思うんだ。もともとそれが原因でケンカしたんだし。・・・それじゃ、駄目なんだ。」

「だから、俺が直接あいつに渡したいんだ。ちゃんと返して、謝りたいんだ。でも、俺じゃ質屋から取り戻す事は出来なかったから―――」
忍び込もうとした事もあるが、結局出来なかった。
「ここに来たからには、有料制だってことも知ってるんだろ? そんなに安くないぞ。」
風雅の言葉に、少年は「うっ」と怯んだ。
でもそれで諦める事はしなかった。
「確かに・・・今はあんまりお金はないけど、でも分割でも何でもして絶対払うからっ―――!!」

その時の少年の表情を見て、風雅は依頼を受ける事に決めた。
本当は金額なんていくらでもいいのだ。
かなりの額をふっかけることもあるが、それは依頼人の意志を確認するためでしかない。



「別に金が目的じゃないしな。」
「じゃあ、何が目的なのよ。」
「お前は?」
「何が。」
「あいつの家の借金の額減らしたんだろ。」
「・・・何で知ってんのよ。」
「怪盗の情報網甘く見るなよ?」

華月は青年の、というかあの店が貸し付けている金の全データを調べてみたのだ。
ちょっと調べればすぐに分かった。
青年の家の借金の額の半分以上は利子だったのだ。
明らかに違法。
よって、そんな馬鹿げた利息分は払う必要などない。
あの店主もちょっと脅しておいたし、もう無茶な取立てをしたりはしないだろう。
あの時の店主の顔はなかなかの見物だった。
内心でざまーみろと思ったし、はっきり言ってすごくすっきりした。

風雅は華月のそんな気持ちを知ってか知らずか、言葉を続ける。
「そんな事したってお前にとって大した得にはならないだろ? 何が目的なんだ?」
確かに、店主の鼻をあかしてやってすっとしたが、それだけが理由ではない。
「・・・自分もそうだって言いたいわけ?」
「さあ? そういう訳でもないけどな。」
華月の問に風雅は肩をすくめて答えた。
全く答える様子のない風雅に、華月は不満そうな目で睨む。
「何? そんなに俺の事が気になる?」
「んなっ・・・! 馬鹿な事言わないでよ!! そんな事あるわけないでしょ!!」
にやにやした笑みで風雅にそう言われ、華月は力いっぱい否定した。
「赤い顔で言われても説得力ないけど。」
「怒りで赤くなってるのよ!!」
「ふーん。」
風雅の態度に、激昂した華月は近くにあったものを投げつけたが、難なく風雅に避けられてしまった。


今回の件で一つだけ分かった事がある。
怪盗が良いとか悪いとか、その答えは出てないけれど、これだけは確かだ。

やっぱりこいつ、すっごい腹立つ!!!
絶対いつかギャフンと言わせてやるんだから!!

だから、捕まえる。多分、それでいい。



握りこぶしをつくり、改めて捕まえる決意をした警吏の娘と、確保不能と云われる伝説の怪盗。
どうやら、二人のおいかけっこはまだまだ続いていくようだ。



 




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