二幕 対価の意味


それは、この街で古くから語られてきた伝説。
困っている人々の味方だと謳われる怪盗。
怪盗は警吏の包囲網をものともせず、舞っているかのような軽やかな動きで見るものを魅了する。
その様子からついた名が、怪盗風雅。
風雅は伝説の存在であり、現実の存在でもある。

現在でも怪盗風雅は活躍し、警吏との戦いを繰り広げている。
――――ただ

「待ちなさい! って本当に待つな――!! あんた、私を馬鹿にしてんの!?」
「自分で言ったんだろ。我が儘な奴だな。」

知略的な戦いというよりは、単なる追いかけっこと言った方が近かったが。





「これですか。」

華月はショーケースに保管されている指環を見て言った。
ショーケースの中には、ガラスで作られた箱に入ったルビーの指輪が飾られている。
大して宝石の目利きが出来るわけでもないが、とりあえず高そうだな、ということは分かった。
華月の言葉に、警吏隊の一人が答える。
「はい。今回の予告品はこの指環ですね。別に有名な職人が細工を入れたとかいうわけでは無いそうですが、家が買える位の価値があるそうですよ。」
華月と警吏たちは今、質屋にいた。
怪盗風雅の今回の犯行予告の現場なのだ。


華月は初めて怪盗風雅と会ったあの一件以来、警吏の『怪盗風雅対策課』に特別協力者として捜査に加わっていた。本来なら一般人である華月が捜査に加わるなどあり得ない事だったが、「警吏長の娘」という肩書きと「怪盗風雅と唯一接触した人物」という事実、そして何より、本人の能力と熱意もあって実現していた。
それから何度か、いや何度も風雅を捕まえる為に行動してきた華月だったが結局毎回風雅に逃げられていた。追い詰めた、と思っても最後には逃げられてしまう。そして風雅の浮かべる余裕ぶった笑み。思い出すたびに腹が立つ。追い詰められたのではなく、追い詰められたフリをしていたのだと言わんばかりの表情が気に食わない。
そんな訳で、怪盗風雅が現れる度に上がる街の人達の風雅への人気指数とは反対に、風雅が現れる度に華月の風雅嫌い度は急上昇していたのだった。


「しつこいぞ!」
店の入り口付近で怒鳴り声が聞こえてきた。
反射的に声のした方を見ると、そこにはこの質屋の店主と一人の青年が話をしていた。
店主の方は聞く耳持たないと言うか、全く取り合っていなかったため“話をしている”というよりは青年が一人で話していると言った方が正しいかもしれない。
「お願いします!! 風雅に奪われてからでは遅いんです。」
店主が怒鳴り声にも構わず、青年はそう言って頭を下げた。
「・・・あの人は?」
“風雅”という言葉に反応して華月は近くにいた警吏隊員にそう尋ねた。
「ああ。今回の指環の前の持ち主らしいです。」
「前の持ち主?」
「何か、借金の担保として貰い受けたって店主は言ってましたけど。」
「そう・・・」
もう一度大きな音が響くと共に、ドアを力任せに閉める音がした。
どうやら店主が青年を外へ放り出したらしく、そこにはもう青年の姿は無かった。
店主は一人でぶちぶち文句を言っていたが、やがて華月たちの元へずかずかと歩いてきた。
そして、尊大な態度で口を開く。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「ええ。必ず風雅を捕まえてみせます。」
「泥棒が捕まろうが何だろうが俺にとってはどうだっていい。どうせ毎回逃げられてるんだろ。今いち不安だが、お前らは商品さえ守ってくれればそれでいいんだよ。」
店主のふんぞり返った物言いにかちんと来たが、表情に出す事はしない。
しかし、華月は笑顔で店主の言葉を聞きながら―――

そんなに信用できないんなら指環を守れなんて言ってくるんじゃないわよ。
自分でセキュリティなり護衛を雇うなりなんなりすればいいじゃない。
大方、経費をけちってるんでしょうけどっ!
店を経営するには投資だって時には必要なのよ。

自分で風雅から指環を守るための対策に人を雇えば金がかかる。
しかし、警吏に頼めば当然タダだ。
警吏に協力しようと思って連絡してくるんじゃない。
警吏を利用しようと思って連絡してくるのだ。
まあ、連絡されないと困るのでこの点に関してはケチで良かったのかもしれないが。

大体、この態度が腹立つのよ。
まだ営業中で客もいるっていうのに、客の前で怒鳴り散らしてるんじゃないっての。
そんなだから、この店流行らないのよ。このハゲっ!!

―――内心で悪態をつきまくっていた。

店主は一通り華月たち警吏にぶちぶちと文句を言った後で、店の奥に入って行った。
華月は店主が入っていったのとは反対側の店の入り口に視線を向け、ふと考えるような表情をする。
「どうかしましたか?」
「いえ・・・ちょっと失礼します」
華月はそれだけ言うと、足早に店から出て行った。



 




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