第5話 ありのままで



藤夜は割とすぐに藤夜のクラスの教室で見つかった。
けど、教室に入っていくことは出来なかった。
話し声が聞こえたからだ。

「あんたは、それでいいの?」
「――何が?」

この声は、堵本さんと藤夜に違いない。
こっそりと姿を確認する。
・・・・・・反射的に隠れてしまったけど、別に隠れなくても良かったのでは?
でも、何か入っていっちゃいけない気がして・・・。

「じゃあ、あんたの彼女は?」

「本当の藤夜を知ったら、離れていくかもしれないじゃない。あんたほど変わってなくても、付き合ってみたら思ってたのと違ったからって別れる人はいっぱいいるわよ。」

彼女の言葉に、藤夜は何も返さない。

「結局逃げてるだけじゃない。信じてないのよ、彼女の事も、自分の事も。」

がんっ
黒板を殴りつけた藤夜が堵本さんを睨んだ。

「お前には関係ないだろ。」
「・・・―――関係あるわよ。」

怒っているのか、低い声で言った藤夜に堵本さんはそう返した。
今にも、泣き出しそうな声で。

「ずっと、好きだったんだから。」
「お前、何言って―――」

戸惑ったような藤夜に、堵本さんはつかつかと近付いて胸倉を掴み、そのまま唇を重ねた。

「ずっと見てたのに、ちっとも気付かないし。それでもいいって思ってたけど、人がちょっといない間に彼女なんか作ってるし。」

これ以上見たくない。
これ以上聞きたくない。

「本性隠して付き合って何になるのよ。嘘ついた自分を好きになってもらっても、意味ないじゃない。・・本当に、彼女の事好きなの? そんな関係長く続くわけないじゃない。」

それ以上、その場にいられなくてそっとそこから離れた。

逃げ出したのは二人のキスを見たのがショックだったからとかじゃなくて、あの言葉の続きを聞きたくなかったから。

『本当に、彼女の事好きなの?』

自信なんて、なかった。
だって、藤夜が本当の自分を見せられるのは、あたしじゃない。
誰にも見せてないときはそんなに気にならなかったけど。
いつか、本性現させてやる、と思ってたから。

でも、多分彼女はあたしよりも藤夜のことを知ってる。
そんな彼女に告白されたら、藤夜がどう思うかなんて分からない。

向けられる感情は何でも良かったはずなのに。
実際、彼女が現れるまではそれで良かった。
フィルター越しの感情でも何でも良かったのに。
けど・・・
好きな人にありのままの姿でいて欲しいと思うのは贅沢なんだろうか?

藤夜の一番はあたしじゃないのかもしれない。
気の許せる人と一緒にいた方がいいと思うかもしれない。

彼女が来てから感じていた不安や嫉妬が入り混じって何が何だか分からなくなった。


***


「相川?」

前方に水瀬の姿が見えたけど、立ち止まるわけには行かない。
だから、何も言わずに水瀬の傍を走って通り抜けた。
今、口を開けば、少しでも気が緩めば泣き出しそうだったから。

「相川っ!」

でもすぐに水瀬に追いつかれてしまった。

「何か、あったのか?」

手を掴んだまま、今にも泣き出しそうなあたしの顔を見て水瀬がそう聞いてきたけど、あたしは目を合わせられなかった。

「ごめん、今は・・・」

一人にして。
そう言おうとしたけど、あたしはそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。
その前に水瀬に抱きしめられたから。

「み、水瀬・・・!?」

離れようとするあたしを更に強く抱きしめると、水瀬はこう言った。

「この間の借り返そうかと思って。」

水瀬はあたしの頭に手を置いて、言葉を続ける。

「俺、前に相川に話聞いてもらって大分楽になったから。今度は俺が相川の助けになりたいし、泣きたいなら泣けばいい。」

「我慢しなくていいよ。」

その言葉が引き金になったのか、涙が溢れてきて止まらなかった。





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