「ねぇ彩斗くん。ここってどうするの?」
「この式をここに代入して―――・・」

「“作者のこの時の気持ちを答えなさい”? そんなもん、本人にしか分からないに決まってるじゃない。所詮見ず知らずの他人なんだから、いきなりその人の気持ちなんて分かる訳ないし。」
「・・・それはそうかもしれないけどね?」
「だいたい、古文って何語よ。わざわざ訳さなきゃ読めないなんて既に日本語じゃないわよ。」
「・・・夏杞ちゃん。そんなこと言ってたらキリがないよ?」


「だーっ!! こんなん分かんねーよ!!」

智也はそう言って、手にしていたノートをばさりと机の上に放り投げた。
体育祭も無事(?)に終わり、今はテスト週間に突入している。
そんな訳で皆で生徒会室に集まって勉強をしていたのだ。智也ははやくもリタイアしそうな勢いだが。

「智也うるさい。あんたが一番馬鹿なんだから黙って勉強しなさい。」

ひとり騒がしい智也の頭に消しゴムを投げつけながら千里が言ったが、智也は机にうつ伏せになって答えた。

「集中力切れた。」
「集中も何もまだ10分くらいしか経ってないじゃない。ていうか、あんた自分のノートは?」

さっきから智也が見ていたのは彩斗のノートだ。
ノートを写すでもなく、ほんとにただ見てるだけだったが。

「元からない。」
「授業中ずっと寝てるからな。」

彩斗の補足を聞いて千里は溜息をつきながら言った。

「あんた何しに学校来てるのよ。・・・なら、教科書は?」
「机の中?」
「問題集は。」
「ロッカーの中・・・いや、家かも。分かんね、めんどいから探してねーし。」
「あんたはまずやる気を探してきなさい!!」

しかし当の智也は千里の言葉を気にした風もなく、教科書の代わりに鞄に入っているらしい雑誌を眺めながら言った。

「いいだろ別に。数学なんて解けなくても別に日常生活に支障が出るわけでもなし。足し算引き算が出来りゃいいじゃん。」
「・・・その足し算引き算も間違うくせに。」

それまで二人のやり取りを黙ってみていた、というか無視していた夏杞がふと口を挟んだ。

「要するに、やる気が出ればいいんでしょ? じゃ、吉岡が今回のテストで一つも赤点取らなかったら千里が何でも一つ言うこときくっていうのは?」
「何であたしなのよ!?」

突然言われた自分の名前に、千里は慌ててそう言ったが、夏杞は平然と返す。

「だって、吉岡が赤とると追試までの期間先生に吉岡の面倒を頼まれるのは千里でしょ?」
「それとこれと何の関係が・・・」
「吉岡に勉強を教えるっていう、とてつもなく根気の要る仕事が待ってるのよ? それに比べたらいうこと一つきく位どうってことないと思うけど。」
「あたしにメリットが一個もないじゃない!!」
「じゃあ、吉岡が赤とったら吉岡が千里の言うことを何でもきくという事で。」
何故そんな事を思いついたのだか知らないが、すっかりその条件を決める気満々のようだ。
「何でそんな事しなきゃなんねーんだよ。阿呆らし。」
「全くだわ。」

しかし当人たちには全くその気はなく、この話は終わりとばかりに背もたれに身体を預けて再び雑誌に目を向けた智也と、再び問題集に向き合う千里。が、夏杞がそうあっさり引き下がるはずもなく。

「千里ちゃん? あたしにそんな冷たい態度とっていいと思ってるの?」
「な、何よ・・・」

にっこりと笑みを浮かべてそう言う夏杞に、千里は思わずたじろぐ。

「こないだ夢見る高校生をかわしてあげたのは誰?」
「うっ?」
「その前の三年生とか、一年生とか、あと、中学生も――・・・」
「わ――っ!! 分かった! 分かったから!!」

それ以上言うな!!と必死になって訴えてくる千里に夏杞は満足そうな笑みを浮かべた後、智也を見て言った。

「という訳だから、頑張ってね吉岡♪」
「・・・お前ほんっとに性格悪いな。」
「ありがとう。」

智也は自分の台詞を軽く受け流す夏杞を不機嫌そうに見やりながら、それでも放り出していたノートを手に取ったのだった。
 




back  index  next

top