「企画申請の締め切り明日よね。」

そろそろ文化祭の準備が始まる。
手元にあるクラスの出し物の企画申請の用紙は全クラスの半分にも満たない。

「毎年一クラスは提出遅れて泣きついてくるのよねぇ。最初っから期限守ればいいものを」
「その弱みに思いっきり付け込んでる人に言われたくないと思うけど」
「無理きいてあげてるんだから、それ相応の代償を伴うのは当たり前じゃない。今年は何クラス遅れるのかしら」

提出を守らせることよりも、遅れることを期待しながらふふ、と悪どい笑みを浮かべる夏杞を見て、千里はこれから出るかもしれない犠牲者に心の中で十字を切る。別にクリスチャンでも何でもないけれど。
まあ、一回痛い目を見ておけばこの先期限を厳守するようになるだろうから、それもいいかもしれないけれど。
少なくとも夏杞の性格を知っているものは遅れるようなへまはしないだろう。

「吉岡たちのクラスは何やるの? まだ企画書ないけど」
「出店。企画書は心配しなくても明日出す」
「遅れてくれても構わないわよ?」
「生徒会役員の台詞じゃないよね、それ」
「出店って何の?」
「金魚すくいとか。射的とか、輪投げとか!」

ものすごく楽しそうな様子で答える智也を見て千里が呟く。

「誰かさんの趣味としか思えないんだけど」
「智也提案だからな」

やっぱり。

きっと智也が思いつきだけで支離滅裂なことをぽんぽん言うのを、彩斗が上手くまとめたんだろうと、その場にいたわけでもないのに様子が簡単に想像できた。

「亮くんのとこは?」
「・・・喫茶店」
「何か問題あるの?」

答えるまでの微妙な間と微妙に引き攣った表情が気になって千里が訊ねると、夏杞が楽しそうに答えた。

「コスプレ喫茶なのよね。見に行くから。亮くんの勇姿」
「来なくていいよ!!」

勇姿と書いて女装と読む。
亮が全力で嫌がるのも当然と言えた。

「お前らんとこは?」
「劇」
「何やるの?」
「ロミジュリ」

夏杞は亮の問に答えながら、満面の笑みを浮かべてぽんっと千里の肩を叩いた。

「ね。ジュリエット!」
「だから、嫌だってば!!」

どうやらジュリエット役は千里らしい。
本人はものすごい勢いで拒否しているが。

「何言ってんの。満場一致で決まったじゃない。多数決なんだから、諦めなさい?」
「あんなの数の暴力じゃない! 嫌だって言ってるのにっ!!」
「千里がジュリエットねぇ・・・」
「何よ」

揶揄するように呟く智也を千里が睨めつける。

「悲劇っつーか喜劇になりそうだな」
「何ですって?!」
「だってお前、演技なんか出来ないだろ。元の性格が粗雑すぎて」

がたんと音を立てて立ち上がる。
千里とてクラスで指名された時には同じようなことを自分で言っていたのだが、他人に、こと智也に言われると腹が立つらしく、高らかに宣言していた。

「出来るわよそれくらい! あんたと一緒にしないで!」
「そりゃー見ものだな」
「・・・っ!」

智也の物言いがムカついたらしく、千里はバタンっと乱暴にドアを閉めて部屋から出て行った。

「ナイスフォロー、吉岡」
「別にフォローしたわけじゃねーよ」

ああ言った手前、渋々だろうと何だろうとやってくれるだろう。
智也が狙ってやったかどうかは別として、千里の性格を考慮した見事な戦略と言えた。

「あんた意外と心が広かったのね」
「は?」
「だって、ロミジュリよ?」
「それが何だよ?」
「ロミオがいるのよ?」

ぴくっ

智也の今の反応からして、どうやら思い当たっていなかったらしい。
そう気付いた夏杞は、苛めたい衝動に駆られ、さらに追い討ちをかける。

「当然ラブシーンあり」
「・・・別にほんとにするわけでもねーだろ」
「まあ、そうだけど。主役ともなれば練習みっちりさせられるだろうし、一緒にいる時間も自然と多くなるし。イベント時にくっつくカップルって案外多いのよ?」

それに、と続ける。

「千里鈍いからさ、千里に惚れてる奴って周りから同情されちゃうわけよ。相手がいい人なら尚更」

この先に続く言葉は大体想像できたらしく、ますます智也の表情が硬くなる。

「そんな訳でロミオ役はサッカー部エースの爽やか少年、向井君です」

口にこそ出さないものの、その表情から何を考えてるかは分かる。

「精々頑張りなさい?」

色々な意味で楽しくなりそうだ、と夏杞は満足げな笑みを浮かべた。
 




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