体育祭当日。
文化祭かと思うくらい立ち並ぶ屋台もなかなかの盛況を見せ、競技もたまにものすごい声援が聞こえたりカメラが向けられたりしながらも、大きな問題もなく順調に進んでいた。
「昨日夏杞がお弁当いらないって言った理由ってこれ?」
昼休みになって、千里が生徒会室に入るやいなやそう言った。
机の上にはどっさりと食べ物が積まれていたからだ。
確かに、昼ごはんを持ってくる必要がないくらいの量だ。
ていうか、こんなに食べられるのか、と思う。
「これ、買ったんじゃないのよね?」
千里が大量の食料を指差しながら言うと、夏杞が肩をすくめて答えた。
「当たり前じゃない。見回りに行ったらくれたのよ。」
「巻き上げたの間違いじゃなくて?」
「失礼な。」
「そう言えば、夏杞ちゃんが一番たくさんもらってきたよね。」
千里と夏杞の会話を聞きながら亮が言った。
確かにいつもなら、もらい物率が一番高いのは彩斗だ。
もちろん、彩斗も何かいっぱいもらって来てはいたが、女子はクレープやらの甘いものを売ってる店が多いため、ご飯というよりはデザートになりそうなものが多かった。この辺は彩斗よりもむしろ夏杞や千里の胃袋に収まるのだろうが。
「人徳よ、人徳。」
「まあ、お前の性格のせいではあるだろうけどな」
「何か言った? 吉岡。」
「いいえ。別に。」
いつもならここで数倍になって文句が返ってくるのだが、夏杞それ以上言い返すことはなく昼休みは過ぎていった。
「夏杞は午後の競技出ないの?」
先ほどから動く様子のない夏杞を見て千里がそう尋ねた。
「出ないわよ。だって午後の競技って疲れるのばっかじゃない。あとは色物とか。」
「・・・色物?」
そんな競技あったっけ。と頭の中でプログラムを思い返すが特に思い当たるものはない。
「はい。差し入れー。」
その言葉に振り向くと、ジュースを持った亮と彩斗がいた。
「二人とももう仕事ないの?」
暑いから。という理由で日陰のあるテント内に入り浸っている夏杞とは違って、亮と彩斗は自分たちのチームに顔を出したりといろいろ動いていたので、あまり本部のテントにはいなかったのだが。
「夏杞ちゃんがこの時間には戻って来いって言ってたから。」
「何かあるの?」
「いや、おもしろいものが見れるかなぁ、と思って。」
おもしろいもの・・・
夏杞がそう言うと同時に次の競技のアナウンスが流れる。
「・・・さっき言ってた色物と、今言ったおもしろいものって借り物競争のこと?」
「うん。下僕競争。」
「・・・何その名前。」
明らかに学校行事としては問題があると思う。
もちろん、通称なのだが。
「借り物競争みたいな感じかな? 紙の置いてあるところまで走って、紙に書いてあったものをもってくるのが借り物競争でしょ? これは、紙に書いてあることを実行するの。まあ、実際何かを借りてもっていくっていう指令もあるけど。」
「で、どの辺りが下僕?」
「紙に書いてあることには絶対服従ってところと―――」
いつの間にか始まっていた競技に夏杞がちらっと視線を向けてから
「ほとんどの内容が嫌がらせ以外の何者でもないってところ。」
そうにっこりと笑って言うと同時に、競技に出ていた生徒からうめき声が聞こえた。
どうやら紙に書いてある内容を見て悲鳴を上げているらしい。
「・・・何書いてあるの? あれ。」
「んー。『グラウンドで愛を叫んでみよう(嘘ついたら後悔することになるわよ)』とか、『現金で10万円もってくる(利し付きなら本部で貸し出し中)』とかいう些細なことよ。」
全然些細じゃないと思う。
しかも、脅しつきだし。
「・・・よく通ったわね、こんな種目。」
「うん。表面上はただの『借り物競争もどき』ってことにしてあるから。」
「という事は、この企画を通したのはやっぱり夏杞なのね?」
「うん。吉岡の反応が見たくてさー。」
夏杞の視線の先にはものすごく嫌そうな顔をしている智也の姿があった。どうやら、これに出ていたらしい。
まあ、夏の企画だという時点で出たくないという気持ちは分かる。ていうか、嫌がらせのために考えた種目みたいだし。
「あいつなら、あの位置にある紙とると思うんだよねー。」
実際、智也は夏が言った通りの紙をとった。
中身を見た途端、もともと嫌そうだった表情がさらに固まる。と、その後本部テントの方に走ってきた。
「お前っ、俺に何の恨みがあるんだよ!?」
「何言ってるの。あんたが自分で勝手にひいたんでしょ? 自分の運の悪さをあたしのせいにしないでほしいわ。」
怒鳴り込んできた智也に、夏杞はさっき『吉岡ならあれを引くと思う』と断言していたにもかかわらずそう返した。
「お前がこんな内容書くからだろ! つーか、これ明らかに俺を狙ってるだろ!!」
「そんな訳ないじゃない。被害妄想が激しいわね。」
「じゃあ、この“聞きに来い”ってコメントは何なんだよ!? お前が企画したの知ってる奴じゃねーと分かんないだろ!」
「細かいこと気にしてないで、さっさとゴールしないと上位取れなくなるわよ。これ、かなり配点高くしてるんだから。」
夏杞は智也の文句を無視して言った。
事実、生徒たちの努力代・恥代として配点は高くしてあるのだ。
しかし、まだ文句を言う気満々の智也を見て夏杞はわざとらしくため息をついた。
「仕方ないわね。敵に塩を送るのは主義じゃないけど、傷口に塩をぬりこむのは嫌いじゃないから協力してあげるわ。というわけで、千里。」
夏杞は隣にいた千里に視線を向けてそう言うと、千里の肩をつかんで智也の方へ押しやった。
「いってらっしゃい。」
「え、あたし?」
「おい!!」
「何か文句あるの? いいわよ、別に違う子連れてっても。思いっきり誤解されるだろうけどね。あ、ちなみにウケを狙って同性つれてくのは不可だから。」
いきなり話を振られ状況がつかめてない千里に笑みをむける夏杞に、智也は尚も言い返そうとしたが、さらに夏杞に言い募られぐっと詰まる。
「何企んでるんだ?」
「あれさー。ゴールした時にみんなの前でマイク越しに指令内容読まれるのよねー。まだ誰もゴールしてないし、当然吉岡はこの事知らないしね。」
何だかんだ言いつつ、二人を送り出すことに成功しにやりと笑みを浮かべた夏杞に彩斗が尋ねると、夏杞はしれっとした表情でお茶を飲みながらそう答えた。
「夏杞ちゃん・・・」
「やっぱり借り物競争で『好きな人』っていうのはお約束よね。」
夏杞の企みによって本日一、二位を争う歓声が聞こえるまであと数秒。

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