生徒会室で吉岡智也と暁本千里は体育祭に向けての資料を作成していた。
しかし、さっきから千里は向かいに座っている智也にじっと見られている気がする。

「・・・・何よ?」

千里は資料から目を離して智也の方を軽く睨みながら言った。
ちなみに睨んでいるのは怒っているからというより、むしろもう癖になっているのかもしれない。
対する智也も千里の睨みに動じる事も無く、千里の目を見て言う。

「お前、大丈夫か?」
「どういう意味よ。」

不満そうな顔でそう言った千里の額にいつの間にか傍に来ていた智也が自分の額をくっつける。

「何す――っ!!」

突然の行動に千里は赤くなっていたが、智也の方は憮然とした表情をしていた。

「・・・お前、やっぱり熱あるだろ。」
「!」

確かに千里の最近の体調は良くなかった。しかし、今は生徒会も忙しい時期だということは分かっていたので休まずに学校に来ていたのだが、まさか気付かれるとは思ってなかった。態度に出しているつもりは無かったのだが。

「今日はもういいから家に帰って大人しく寝てろ。」
「でも、これ明日までにやらないと企画通らないし。」

体育祭でやる種目などは早めに学校側に申請しないと許可が下りない場合があるのだ。
しかし、智也は千里の手から今彼女が見ていた書類を取り上げ、これだけ言った。

「俺がやっとくから。」
「いいわよ。智也に任せると後が怖いから。」
「・・・あのな。俺だってそのくらい出来る。」
「だから、あたしがやるってば。」
「いいから帰れ!!」

智也は思わず大声を出してしまった。
しかしこうでも言わないと帰りそうにない。千里の意地っ張りな性格を考えての事なのだが、思ったよりも効果は大きかった、というか大きすぎた。
千里の瞳に涙が溢れてくるのを見て智也はぎょっとする。

「おま・・・何も泣く事ないだろ!?」
「そんな怒鳴らなくたって・・・」

かなり慌てているらしく、手が無駄に宙をさまよっている。
まあ、千里が泣いているところなんてほとんど見た事が無いのだから無理も無いかもしれないが。

「あーあ。泣かしちゃった。」

そう言ったのはいつの間にか生徒会室に戻ってきていた夏杞。

「おま、人聞きの悪い事を言うな!! これは、えーっと・・・」

夏杞にそう言われて言い訳をしようとするが、千里を泣かせたのは確実に自分なので何も言えず、智也はますますあたふたする。その様子を見ながら夏杞は笑いながら言った。

「冗談よ。この子昔から風邪引くと涙腺弱くなるみたいだし。」
「そうなのか?」

初耳だ。というか、小学生の時から一緒にいるが出会ったときから千里には怒られてばかりだったような気がする。

夏杞は千里に近づいて様子を見ながら言った。

「この状態の千里を一人で帰すわけにも行かないわね。途中で行き倒れになりそう。」
「そうだな。」

こんなに弱ってる千里は初めて見た。頭が朦朧としているであろう事は見ればすぐに分かる。どうやら泣いたせいで今まで気を張っていたのが一気に崩れてしまったようだ。

「という訳で、吉岡。千里よろしく。」
「俺!?」
「あたしじゃ、千里支えられないもん。か弱いし。」
「何か言ったか?」
「何か文句でもあるのかしら?」
「いいえ。別にっ」
「・・・・一人で帰れるからいい。」

ようやく泣き止んだ千里は2人の会話を聞いてそう言ったが夏杞にあっさり却下された。

「そんな状態のあんたを一人で帰らせられるわけないでしょ。気になって帰って仕事の能率が悪くなるじゃない。大人しく送られなさい。吉岡がちょっと位いなくなったところで全然問題ないわ。むしろこんな時くらいしか役に立たないっていうか。」
「お前、俺に喧嘩売ってるのか?」
「あたしが行ったら仕事に支障が出るじゃない。彩ちゃんや亮君が行っても同じ。つまり、手が空いてるのは吉岡だけなの。」
「俺が暇人みたいに言うな!!」
「文句が多いわね。何、千里送ってくの嫌なの?」
「そうじゃないけど・・・」
「じゃ、さっさと行きなさい。」

夏杞はそう言うと、さっさと2人を生徒会室から追い出したのだった。



2人が出て行った数分後、所用で出ていた亮と彩斗が戻ってきた。

「あれ? 智也と千里ちゃんは?」

2人の姿が見当たらない事に気付いた亮は夏杞にそう尋ねた。

「千里は熱があるから帰らせた。吉岡はその付き添い。」
「え。大丈夫なの? 熱があるなんて全然気付かなかった・・・。」
「――意外だわ。」
「へ? 何が?」
「千里って熱出しても元気な時とほとんど変化ないから中々分からないのよ。表情にも出さないし。それに吉岡が気付くなんて思わなかったわ。」
「勘だけはするどいからな。」

彩斗の言葉に亮が頷きながら言った。

「考えなしに動くのに、勘はいいっていうのも厄介だよね。」

酷い言われようである。

「さて、どうせ吉岡はしばらく帰ってこないだろうから、さっさと仕事すすめましょうか。」
「しばらくって、千里ちゃんの家そんなに遠いの?」
「ううん、徒歩10分くらい。」
「じゃあすぐ帰ってくるんじゃない?」
「それはないわね。」

きっぱりと言い切った夏杞に、亮が不思議そうな表情を向けると夏杞が説明を入れた。

「あの子の家、両親共働きだから夜まで家に誰もいないし。まさか千里一人放って置くなんてことも出来ないでしょ。ていうか、そんなの許さないけど。」

「ええと・・・」
「千里は普段はああだけど熱がある時は素直なのよね。あれはあたしでも可愛いと思うわ。」
「夏杞ちゃん? それはどういう・・・」

亮の言葉に夏杞はにっこり笑ってこう言い放った。

「何かあったらおもしろいかなーと思って。」
「「・・・・・・・・」」

風邪をひいて熱を出してる友人に対してそれはどうかと思うのだが、まあその辺は智也も信頼されているということだろう。
亮はやっぱり夏杞だけは敵に回したくないなぁと思いつつ、とりあえず現在彼女のおもちゃにされているらしい2人の先行きに不安を禁じえないのだった。
 
 




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