翌日。学校でハルカに会った瞬間、顔を顰められた。
思わず後退りする。まだ昨日の電話のこととかは何も言ってないけど、何だかバイオレンスな雰囲気。
まずい。見抜かれてる。いや、午前中からずっとハルカに会わないようにしてたから、その辺からもばれたんだろうけど。

「お前は人の厚意を・・・」
「いたいいたいっ!! 何が厚意さ! お兄ちゃんの八つ当たりから逃げたいからじゃない!」

思い切り頬をつねられた。ひどいや。

そりゃ、ハルカの言うことって正論だと思う。
逃げてたって何も変わらないし、当たって砕けた方が、きっとすっきりするんだろうけど。
骨折だって、きれいにぱきっと折れたほうが治りがいいって言うし。
けど、どっちにしろ痛いんだから、複雑骨折だろうが疲労骨折だろうが何だろうが一緒だ。暁良のことをふっきれる自分なんて想像つかない。





一日中、というか最近ずっと暁良のことを考えていたせいだろうか。
すぐそこに、暁良の姿が見える。

・・・幻? 白昼夢?
あ。今夕方だ。じゃ、なんて言うんだろ。

けど、目を瞬いても消えることはなくて、目が合ってやっと本物だと理解する。心の準備とか、全然してないのに。

えーと、えーと、こういう時は・・・・・・

まわれ右!!

―――つまり、逃げた。

だけど目までばっちり合ってた暁良は見逃してはくれなくて、追っかけてくる。
足の速さ、何よりコンパスの差であっさり捕獲された。

「何逃げてるんだよ」
「えーと・・・」
「また押しても駄目ならひいてみろキャンペーンか?」
「い、今は物分かりのいい女キャンペーン・・・」
「は?」
「もういいよ、暁良」

こんなの言いたくない。けど、言わないのもつらい。

「もう優しくしてくれなくていい。いらない」

求めているのは、優しさじゃない。
愛しさからくる優しさなら、欲しいけれど。

意地悪でも、邪険にされててもいいから、暁良の“トクベツ”が欲しかった。

「何言って――」

何でこんなことを言い出すのか分からないからか、暁良は目を合わせようとするけど、必死で目を逸らす。

「や・・・やだ!!」
「何が」
「見ざる言わざる聞かざる!!」
「・・・何が」

・・・あたしも分かんない。

「とりあえずなんにも聞きたくないの!!」
「こら暴れるな! 変な目で見られるだろ」
「いっそ捕まればいいんだー!!」
「な――」

だって聞きたくない。
あたしに向けられることのなかった、何より聞きたかった言葉を、他の人に対して使うのなんて聞きたくない。

「・・・何泣いてんだよ」
「なんで、ほっといてくれないのぉ・・・」

勝手に涙が溢れてきて、止めようと思っても止まってくれない。
おまけに暁良が抱きしめてくれるから、余計に涙が止まらない。

「暁良のバカー。たらしー。彼女に嫌われても知らないんだからー・・・」
「お前は嫌いになるわけ?」

なれないから、困ってるのに。

「・・・あたしの話なんてしてないもん」
「じゃあ誰の話してんだよ」
「・・・彼女」
「だから、誰」
「・・・・・・いないの?」
「お試し期間中のならいるけど」
「だから、あたしじゃなくて・・・」
「じゃ、いない」
「だ・・・だって」

頭の中が混乱して、何を言ったらいいのか分からない。
プチパニックになっているところに、何でか暁良の顔が近づいて来てることに気付いて大パニックに。

「な、何?」
「キスしたら、本カノだろ?」
「や、やだ!!」

肩を掴んで、それ以上近付かないように力を込める。

「他の人のこと好きなカレシなんていらないもん!!」
「何だそれ」
「だ、だって見たもん! キ・・キスしてたの」
「はあ?」

そんな怪訝そうというか、機嫌悪そうな顔しなくても。
何かあたしが悪いみたいな気になってくるじゃん。

「女の人泣いてたし・・・」

あんなのどう見たって男女の修羅場じゃないかと思ってそう呟くと、暁良は眉を顰めた。
泣いてた、というところにひっかかるものがあったらしい。

「同僚の女の目にゴミが入って、ついでにコンタクトがずれたとか言って、ぼろぼろ泣き出されて。そのままだと俺が泣かしたみたいで視線が痛いし――ってことがあったけど、それか?」

・・・・・・それかもしれない。

言われてみれば、顔が近付いたからそう見えただけで、横からしっかり見たわけではない。いやあの状況でそんな確認できないっていうかしたくもなかったけど。

「お前、前に『人の気持ち疑うな』っつってたよな」

言ったかも。でもそれとこれと何の関係が。

「お前だって俺のこと信じてないじゃん」
「信じるもなにも暁良の気持ちなんて知らな――・・・」

言いかけた言葉は最後まで出てこなかった――どころか、それまで何考えてたかとか、全部吹っ飛んだ。

唯一分かっていたのは、唇に伝わってきた熱。
唇に触れたぬくもりは、今までで一番優しくて―――

唇が離れてもまだぼうっとする頭に、前に暁良と交わした会話が浮かんだ。


―――『どうやったら本当の彼女になれますか!?』

―――『俺からキスしたら、かな』


・・・えっと、信じるっていうのは気持ちがあるのが前提で。

それに、キスは好きな人にしかしないって、言った。

「暁良、あたしのこと好き・・・なの?」

暁良といるといつだってどきどきするけど、今はもっとどきどきする。
あたしのほっぺたに手をあててる暁良は憎たらしい感じの、からかうような笑みを浮かべてる。

「また逃げたいか?」
「・・・そんなこと、しないもん」


何だかいろんな感情が入り混じって泣きそうになっていると、暁良がそのまま抱き寄せてくれた。

からかうような笑みも、困ったように笑うのも、優しい腕も、全部―――


「―――・・・大好き」


・・・一番欲しかったものに、やっと手が届いた。






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