「暁良のバカ――っ!!」

それ以上黙って聞いてるなんて出来なくて、盗み聞きしてた部屋のドアを開けて怒鳴った。
二人ともあたしが出てくると思わなかったのか、吃驚してる。でも、知るもんか。

「お試しだろうが何だろうが彼女なんだから『莉夕は渡さない』くらい言ってみろー!!」

そんなこと、口が裂けても言わ無さそうだけど「関係ない」はあんまりだ。

「なーにが、あたしが決めること、よ! あたしの気持ちはずっと決まってるっての!!・・・暁良があたしのこと好きじゃないのは知ってるけど、あたしの気持ちまで、疑わないで」

あたしの存在って何なんだろう。
暁良の中では関係ないの一言で済まされてしまう程度のもの?
好きになってもらえてるなんて、思ってないけど。それでも・・・お試し期間って、言ったのに。
ちょっとくらいは気にしてくれるって思ってたのに。暁良の優しさに、自惚れてただけ?
気持ちに応えてはくれなくても、分かってくれてると思っていたのに。
暁良が優しいのは、あたしの気持ちを分かってくれてるからではなくて―――

「今まで言ったこと、何にも伝わらなかった?」

拙くても、冗談めかしてても、言ったことは全部本当なのに。

「―――暁良のバカ!!」

でも「もういい」とは言えない。
だって、言ったら終わっちゃう。
恋は好きになった方が立場弱いんだよ。惚れた弱みとはよく言ったものだ。

それでもそれ以上その場にはいたくなくて、ダッシュでその場を逃げ出した。




「・・・・・・何でお兄さんが来るんですか」

こういう時追いかけて来るのは好きな人だと相場が決まってる。
追いかけてくれるかなって、ちょびっと期待してたんだけどな。
・・・暁良にとって、あたしってほんとにどうでもいいのかな。・・・切ない。
頑張らなきゃって思っても、頑張るしかないって分かってても、やっぱりへこたれそうになることは、あるわけで。

「さっきも言ったけど、俺意外と君の事気に入ってるんだよね」
「そんないい加減な・・・」
「本気だったら?」

そう言う彼の表情からは、感情は読み取れない。
本気なのか、冗談なのか。
でも。

「・・・本気なら尚更答えられません。失礼極まりないとは思いますが、朔夜さんのことは暁良を通してしか見れません。暁良のお兄さんでしかないんです」
「そう? 俺のことを知ったら、俺の方を見るようになるかもしれない」
「いや、あたしマゾではないんで、お兄さんの相手はちょっと」

いつもならのってくれるのに。
真剣、というか底知れない笑みを浮かべて近寄ってくる。
・・・今更ながら、ちょびっと、いや、かなり身の危険を感じちゃったり。

「・・・何で寄ってくるんですか」
「相手のことを知るには、これが一番でしょ?」

そんなことをのたまって、顎に手をかける。
これって何ですか!?
何だその手馴れた仕草!! 腰に手をまわすなぁ!!!

「結構です! 知りたくありません!! 寄るな触るな近寄るな――っ!!!」
「そこまで嫌がられるといっそ気持ちいいよね」
「変態っ!! やっ・・・あきらっ・・・」

そう叫んだ直後、ぐいっと強い力で後ろに引っ張られた。

「・・・何してる」
「あきっ・・・ら?」

暁良が来てくれたのが嬉しくて、勢いよく振り向いた。んだけど・・・
わあ。お兄さんと同じようなカオしてる。いや、表情はむしろ真逆なんだけど、オーラが一緒。
冷たいです。怖いです。
でも、お兄さんは全く気にした様子はない。

「タイミングの良いことで。狙ってたの?」
「んなことするか」

暁良は機嫌悪そうに言いながら、あたしとお兄さんを完全に引き剥がしてくれた。・・・助かった。
安堵していると、頭の上から掠れた声が聞こえた。

「・・・分かってるから」

いきなり何の事かと訝りながら見上げると、視界に映ったのは思わずどきっとするくらい真剣な暁良の表情。

「お前が本気じゃないとは思ってない」
「・・・伝わってる?」

そう尋ねると、いつもの、あたしの好きな笑みを浮かべて、いつもの調子で答えた。

「鬱陶しいくらいな」
「・・・大好き!!」

思わず抱きつくと、いいとこだというのに横から無粋なお邪魔虫の声が。

「人の前でいちゃつかないでくれる?」
「まだいたんですか。気を利かせて黙って帰ってくれたっていいじゃないですか」
「つれないね」

わざとらしい溜め息と共にそう言うと、ぐいっと腕を引っ張られて暁良から剥がされて。

あろうことか、ほっぺたにキスされた。

「なっ・・・!! 何するんですか!!?」
「餞別と奨励。まあ、精々頑張って」

暁良と同じ顔してとんでもないことをしていったお兄さんは、ひらりと手を振って何事もなかったかのように去って行った。・・・惚れたのあの人じゃなくて良かったなぁ。色んな意味で。



「莉夕」
「え?」

名前呼ばれたの、二回目。
いつも、おいとか、お前とかだからなぁ・・・

感動に浸っていると、ほっぺたに柔らかい感触がした。

・・・・・・・・・今のって

「消毒」

咄嗟に頬を手で押さえて、呆然とする。


うわーうわーうわー。
不意打ちだ。ずるいよ。こんなの。


半ば放心状態のあたしを放っぽって、暁良は何事もなかったように歩き出す。そんな暁良を慌てて追いかけて、隣を歩く。
いつもなら嫌がられるけど、今日は手をとっても振りほどかれなかった。



―――暁良を好きになってすっごく幸せ。




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