第36話 そばにいて



「知恵熱か。ついでに寝不足ね。」

早紀子は真衣が倒れたという報告をしても「あらー」と大して気にとめてない様子で、あっさりとしていた。
知恵熱を出させる心当たりのある二人は気まずげに彼女を見る。

「我が子ながらほんと繊細というか、あの子容量ちっちゃいから。」

気持ちを伝えようと思ったのは、こんな風に困らせたかったわけではなくて。
けど、留めておくことも出来なくて。
話した覚えもないのに、何故か事情をしっかりと把握しているらしい早紀子は真面目とも冗談ともつかないような口調でさらりと言った。

「中途半端な気持ちなら放っときなさい。けど、本気ならちゃっちゃと当たって砕けてきなさいな。」
「・・・砕けること前提ですか?」
「やーね。言葉の文よ。でも真衣が二股かけれるほど器用とは思えないし、どっちかは砕けるんじゃない?」

それはそうかもしれないが。

「あたしは真衣が幸せならそれでいい。でも――あなた達二人も大切な私の息子だから、同じくらい幸せになってほしいと思ってる。」

そう言って、母親らしい笑みを浮かべたのも束の間。

「いいわねー。青春って感じで。」

いつもの人をからかうような笑みを浮かべてそう茶化された。
何を呑気な、と言いたい所だが、もとからそんな性格だから仕方ない。
だって他人事だもの、と高見の見物をする気満々らしかった。



***



一哉に告白されて、さらに二人の会話を聞いてしまってから、意識的にも無意識にも、二人を避けてたと思う。

どう接したらいいのか、分からなくて。

最初は意識していたせいで話せなかったけど、でも多分途中からは違った。
失うのが、怖くなった。

沈黙が怖くて、誰もいない部屋が淋しくて。

一人でいたときは平気だったのに。

淋しい、なんて思わなかったのに。

いつからこんなに弱くなったんだろう。

けど、知ってしまったから。
いつも誰かが傍にいて、笑っていてくれたから。
だから今は一人になるのが怖い。

一緒にいるのは居心地が良くて。
自分勝手でも我が儘でも、ずっとこのままでいたいと思った。

けど、もう元のままではいられない。

自分の気持ちなんて分からない。
好きかどうかなんて分からない。

大切なのは本当。
でも、その気持ちがどんなものかなんて分からない。
感情の名前なんて、知らない。

変わりたくないのに。
でもきっとこのままじゃいられない。


悠都さんの言葉を聞きたくないと思ったのも、二人とちゃんと向かい合おうとしなかったのも。
今の関係が崩れてしまうのが怖かったから。

―――『大事に思てると思うよ。悠都も、一哉もな』

それはきっと、分かってた。

あたしにとっても大事だから。
すごく大切だから、失うのが怖い。

傷つきたくなくて、傷つけたくなくて。

どうしていいのか、分からなくなった。

そしてまた、ぐるぐると同じことを考える。



暗闇の中で、名前を呼ばれた気がした。
また、どこかに行ってしまうかもしれない。
それは、いやで。

「一人に、しないで・・・」
「しないよ。ずっと、傍にいるから―――」

声が聞こえて、頭をなでてくれた。

安心する、声。

久しぶりによく眠れる気がした。




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