第26話 大抜擢


「え? いない?」
「どうやら、体調崩したらしくて・・・」

撮影中、夏澄ちゃんと真剣な表情をしたスタッフが話しているのが聞こえた。
あたしが夏澄ちゃんの近くにいるからたまたま聞こえてきたんだけど、それほどはっきりとは聞き取れていない。別に聞き耳たてようとも思ってないし。
けど、夏澄ちゃんはあたしが横で全てを聞いていたかのように話を投げてきた。

「しょうがないわね・・・。じゃ、真衣、よろしく。」
「はい?」
「そう。やってくれるの。」
「ちょ、ちょっと待って!! 何の話!?」

話がまったく見えない。

「今日来るはずのモデルさんが来れなくなったから、真衣に代役を頼もうと思って。」
「はぁ?! そんなの無理に決まってるじゃない!!」
「だって今“はい”って言ったじゃない。」
「そういう意味じゃない!! 聞き返したの!!」
「皆の今日までの頑張りを無駄にするつもり?」

それって、あたしのせいか?!
夏澄ちゃんは笑みを浮かべながらあたしの目を見て言った。
他の人なら思わず黙っちゃうような、有無を言わせない笑み。
けど、あたしは何度も見てるから、それくらいで黙ったりしない。
ていうか、黙ったら負ける!!

「日を改めればいいじゃない。」
「ロケの期間は短いのよ? もう日程組んじゃってるし、そんな時間ないわよ。それに、日が変わったら他の仕事で予定合わない人もいるだろうし。悠くんのハードスケジュールはあんたも知ってるでしょ? そこにこの遅れた分の撮影予定を組み込んだりしたら、殺人スケジュールになるじゃない。そんな薄情な子に育てた覚えはないわよ?」
「育てられた覚えもないわよ! 破天荒な母親は一人で充分!!」
「大丈夫だって。人物特定できない程度だし。真衣なら出来る!! つーか、撮影中暇で、来るはずだったモデルと同じくらいの年、背格好の子ってあんたくらいしかいないのよ。すぐに私の目に適う人材が見つかるとは思えないしー。」
「あたしで出来るんなら誰でも出来るわよ・・・」
「何言ってんの。誠さんの娘じゃない!」

何の根拠だ。
というか、モデルやらされる方向で話が進んでる・・・!!!

「やらないからね?!」
「えー。」
「いやったら嫌!!」
「・・・仕方ないわねー。さ。仕事始めましょうか。」

それ以降、その話題は出なかったので諦めたのかと思った。

いつもの夏澄ちゃんの冗談なんだろうと。
本気じゃないだろうと思った。

が。

甘かった。
あたしはまだまだ夏澄ちゃんを見くびってたらしい。
夏澄ちゃんがそんな簡単に引くはずないと気付くべきだった。
何で分からなかったんだ、あたし。
さっさと逃げれば良かった・・・。

あたしはいきなり控え室に連れ込まれ、というか半ば放り投げるようにして押し込まれ、衣装を押し付けられた。
あたしの手に押し付けられたのは、自分じゃ絶対選ばないようなワンピース。
だって、機能的じゃないじゃん。こんなひらひらしたの。
可愛いことは可愛いとは思うけど、こういうのはyukiちゃんの方が似合うと思うんだけど。
まあ、今はそれはひとまず置いといて。

部屋の中にはここ数日で親しくなったメイクのお姉さんがいた。
この状況で考えられる答えは一つしかない。
 
「無理です!! 無理、無理、無理!!!」

切実なあたしの訴えに、夏澄ちゃんは肩をすくめただけだった。
何その態度!!!

「往生際が悪いわねー。」
「1度たりとも承諾した覚えなんてない!!」
「人生諦めが肝心よ?」
「夏澄ちゃんに言われたくないよ、そんなの!」

家出までして自分の意志を貫き通そうとしてたのは誰だ。

「探せばきっとあたしなんかより適役がいるって! 」
「何言ってんの。女の子はみんな可愛いんだから。」
「夏澄ちゃんのたらし論なんて聞いてない! じゃあ、好みの女の子ナンパしてきてモデルになってもらえばいいじゃない!」
「嫌よ。大丈夫、プロのメイクさんがついてるから。」
「・・・・それはそれで何か微妙。」
「我が儘ねー。ていうか、今更拒否なんて許されるわけないじゃない。ほら、さっさと準備してきなさい。」

そう言って、無理矢理追いたてられた。
夏澄ちゃん、目が本気だ。しかも、ちょっと据わってる気がする。

どうしたらいいのさ。

嫌だ嫌だ嫌だと頭の中で繰り返しながら、それでも逃げ出す手立てが思い浮かばなかった。




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