第21話 お誘い


「真―衣ちゃんっ」
「断る。」

語尾にハートマークでもつきそうな口調で母さんがあたしの名前を呼ぶやいなや、あたしはそう返した。

「まだ何も言ってないんだけど。」
「うん。でも、嫌。」
「お願いがあるのよ。」
「だから、嫌だってば。」
「何でよー。」
「母さんからの頼みって時点で不吉だから。」

拗ねるようなリアクションをする母さんに、あたしはきっぱりと言い切った。

「こんな時だけするどいわねー。まあ、いいわ。テスト終わったらバイトしない?」

拒否する姿勢しか見せていないのに、あたしを無視して話をすすめている。

「一週間くらい撮影があるんだけど、人手が足りないのよね。真衣、前にも手伝ったことあるからある程度要領つかめるでしょ。」
「何であたしなのさ。一哉でもいいじゃん。」

生け贄だ。
しかし、一哉の一言によって簡単に却下された。

「俺、部活あるから。」
「ずっこい!」

でも、これで諦めるわけにはいかない。

「撮影なら、手伝いたい人とか、それこそバイト募集すればいっぱい集まるんじゃない?」

雑用なんだから、専門的な知識はそれほど必要ない。
撮影とか、そういう分野にはいくらでも応募があると思うんだけど。

「選ぶのめんどうじゃない。それに、カメラマンが気まぐれだしねー。」
「・・・それってもしかして夏澄ちゃん?」

気まぐれ、しかも、あたしが雑用に借り出されると来れば、それしか考えられない。
・・・心当たりがあるっていうのも微妙だけど。

「そ。あのテンションについていける人じゃないと無理。」
「あたしもついてけないけど・・・」

夏澄ちゃんに付き合いきれる人なんてそうそういないと思う。

「・・・まあ、いいや。やる。」

どうせ無理矢理にでも押し付けられるのは分かりきっていたし、無駄な労力は使わないに限る。
久しぶりに夏澄ちゃんに会いたいっていうのもあるんだけど。

「あ。でも悠都くんも真衣もいないんじゃその間一哉くん1人になっちゃうわね。大丈夫かしら?」
「そのくらい大丈夫ですよ。」
「え?」

母さんの言葉に疑問を感じて思わず声を上げると、あっさりと言った。

「言い忘れてたけど夏澄のモデルやるのは悠都くんよ?」

・・・モデル。
俳優なのに? 作曲もしてるし。仕事の幅広いなぁ。

「モデルもやるんですか?」
「うん。そうみたいだね。」
「何でそんな他人事みたいに・・・」
「だって知らない間にスケジュールに組み込まれてたし。」
「拒否権がなかったって事ですか・・・?」

ちらりと母さんを見ると、あははー、と笑って言った。

「夏澄に頼まれちゃってね。ほら、あの子かわいいものとか、きれいなものに目がないから。それに、夏澄は普段人物の写真って撮らないから話題にもなるし。」

・・・それが目的か。
夏澄ちゃんは若いながらも、業界ではけっこう有名らしい。
その夏澄ちゃんが使ったモデルも、少なからず注目されるだろう。

「真衣ちゃんも知り合いなの? 夏澄さんと。」
「うん。昔・・・あたしが小学1年生くらいの時かな? 夏澄ちゃんが家出してるのをパパが拾って来たの。それ以来、何かある度にうちに来てたから。」
「・・・拾って?」

訝しむような表情をした悠都さんに、あたしは首を縦に振って頷いた。

「そう。」

だって、本当にそんな感じだったし。

「女の子拾ってきたー。」とのほほんと言うパパと、「拾われちゃいましたー。」という夏澄ちゃん。
昔からよく犬とか猫拾ってきては母さんに怒られてたけど、人を拾って来た時は流石にびっくりした。
いきなり同居しろとか言われた時もなんつー非常識な、と思ったけど、考えてみれば我が家は昔からそんな感じだったんだな、とあたしは今更ながらに思ったのだった。




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