第20話 終わりのじかん


「珠、何見てるの? ―――写真?」

あたしは訊きながら、珠の持っていたファイルらしきものを覗き込んで言った。

「うん。球技大会の時のやつ」

そんなの撮ってたっけ。

「で、その紙は?」
「注文表」
「は?」
「だから、球技大会の写真とその注文表」

そう言えば、イベントの後はそんなのが出回ってたような気が。

「・・・毎回思うんだけど、これっていつ誰が撮ってるの?」
「新聞部と写真部が提携してやってるみたいね」
「相変わらず暇な・・・。てことは、生徒会は関わってないんだ」
「生徒会は撮られる側だから」
「珠、注文するの? さっきから真剣に注文書見てるけど」
「まさか。だって暴利じゃない、これ。こんなの買うくらいなら、本人に言って撮らせてもらう」
「じゃあ何見てんの?」
「売れ行きがちょっと気になって」

珠は解説とやらを見ながら「そうか、一哉君は売るとお金になるんだなぁ」と、不穏なことを呟いていた。

「・・・珠?」
「冗談よ。そんなのより、見てる方がおもしろいし。特に今からとか」
「今から?」

珠の言うことは時々分からない。

「―――なーに話してんの?」
「ぎゃぁっ」
「もっと可愛らしく叫べないのか。こういう所だけでも女の子らしくしとかないと嫁の貰い手がなくてもしらないぞ?」
「圭くんに言われたくないわよ!!」
「んー。あたしはむしろ可愛いお嫁さんが欲しいかなー」
「あっそ。それより、重い。離れて!」

いつもの如く突然現れ、抱きついてきた圭くんを剥がそうとすると、圭くんは不満そうな表情を浮かべる。
そんな顔されても、重いものは重いし、暑い。

「いーのか。そんな態度とって。折角持ってきてやったのに」

圭くんがそう言ってあたしの頭にぺしっと軽く叩くのに使ったノートを、あたしは素早く圭くんの手から取った。

「ありがとー。さすが圭くん、やさしー」
「見事なまでに棒読みだな」
「いいじゃない。ちゃんと雑用手伝ったんだから。そもそも、咲良ちゃんのお兄ちゃんのノートでしょ、これ」

圭くんから貰ったのは、今回あたしが雑用を手伝った理由。その報酬だ。
咲良ちゃんのお兄さんはめちゃくちゃ頭良くって、全国模試の上位に名を連ねると言う秀才っぷり。でもって、うちの卒業生だから、そのテスト対策用のノートを貰った、というわけだ。

「感謝するなら咲良ちゃんとお兄さんにじゃない。どうせ、圭くんだって持ってるんでしょ?」
「当然。先生の授業聞いてるより分かりやすいし」
「それじゃ先生の立場ないじゃない。ていうか、それって圭くんが寝てるせいでしょ?」
「いやだなぁ、優秀な生徒会長がそんな事する筈ないじゃん。まあ、教科にもよるけど。ところで――――」

圭くんは一哉へ視線を移して言葉を続けた。

「何か言いたそうな顔してるな、少年」

圭くんの言葉につられてあたしも一哉の方を見ると、確かに一哉は何か言いたそうというか、言葉にならないというか、何とも言えない微妙な表情で圭くんを見ていた。

「・・・その制服」

確かに、圭くんの制服はこの前までとは違っていた。
ネクタイはもうつけてない。まあ、リボンも好きじゃないって嫌がるからね。
スカートも邪魔くさいって言って嫌がるけど、それは圭くんが暴れるからだと思う。

「圭くんやっと制服戻したんだね」
「うん。投票期間も終わったし」

先生の苦労もこれでちょっとは減るなぁ、と考えていると、珠がにこやかに一哉に告げた。

「知らなかったみたいだけど、圭先輩は一応女子生徒よ?」
「・・・・・・」

その言葉に一哉が完全に沈黙した。
ていうか。

「え。知らなかったの?」

言ってなかったっけ・・・言ってないな。
でも、紹介する時にわざわざ性別とか言わないじゃない?
確かにここ最近圭くんは男子の制服着てたけど、圭くんの奇抜な行動なんて今に始まったことじゃないし、気にしてなかったというか・・・。まあ、はっきり言って忘れてた。

「一応、が余計だよ。珠樹ちゃん?」
「女の子は普通、男子の制服着てきませんよ?」
「でも今年は一位とりたかったし。商品がすーげー豪華でさ」
「・・・その商品を買うお金ってどこから出てるの?」

そのために男装するほど豪華な賞品なんて、部費じゃ賄えないと思うんだけど。

「こういう所からじゃない?」

珠がそう言って指差したのは先程まで見ていた写真。
確かに、毎年結構な売上になっているらしい。なるほど。ちゃんと、利益は当事者にある程度還元されているらしい。

どこから突っ込んでいいのか分からないらしい一哉に、珠と圭くんが説明を入れる。
その様子がどこか楽しそうなのは多分気のせいではないと思う。

「毎年新聞部が主催する校内人気アンケートって言うのがあってね、まあ、ぶっちゃけると校内のいい男ランキングなんだけど」
「・・・それで?」
「去年は二位だったから悔しくてさー。自己アピールの一環として男子の制服着て票を集めようかと思って。これがまた女の子達に好評でやめるにやめられなかったっていうか」
「自分が楽しかっただけでしょ」
「先生もそろそろうるさいしー」
「早朝掃除が嫌だったんでしょ」
「戻したら免除にしてくれるって言うからさ」

圭くんはあたしのつっこみにもまったく悪びれた様子もなく認めた。

「つまり、会長は商品目当てでランキング一位を獲りたくて、その為のパフォーマンスとして男装してて、その投票期間が終わったから元に戻したってことか?」
「そういうこと」

放っておいたらまた脱線していきそうな話を元に戻すべく、一哉は今までの確認をした。
そして、あっさりと肯定の返事が返ってきて、脱力。

ついでに言えば、圭くんの一人称が“俺”から“あたし”に変わってるのもそのせいだ。
そういうとこ徹底してるよねぇ。

「真衣」
「何?」
「お前、会長のこと“圭くん”とか呼ぶなよ! 紛らわしいだろ!」

ようやく事態をのみ込んだらしい一哉に、何でかあたしが怒られた。

「あたしのせい?! だって、小さい頃からそう呼んでたから癖になってるし、今更他の呼び方とか言いにくいじゃない!」
「そもそも何でくん付けで呼んでるんだよ」
「え。だってあたし小さい時、圭くんのこと男だと思ってたもん」
「は?」

圭くん小さいころ男の子の格好してたし。
自分の服持ってるくせにわざわざお兄ちゃんの借りて。
ひらひらな服が嫌だったらしい。まあ、気持ちは分かる。
服装だけでなく、言動まで男らしかったので男の子だと信じて疑わなかった。

「あー。あたしも自分でそう思ってた」
「・・・・・」

一連の会話のせいか、一哉はため息を吐いてから心底疲れた、というような表情をした。
何かもう、怒りも呆れも通り越して馬鹿馬鹿しくなってきたらしい。
ちょっと気の毒かも・・・。

「いや、あたしも一哉が知らないの知らなかったし・・・」
「あたしは気付いてたけどね」

一哉の様子を見て、あたしがフォローしようかと口を開くと、珠が横からさらりとそう言った。

「じゃあその時に教えたげれば良かったんじゃ・・・」
「黙ってた方がおもしろいじゃない。それに、圭先輩も気付いてて何も言わなかったみたいだったし、いいかなと思って」
「・・・圭くんも気付いてたの?」
「んー。最初に会った時からそうかなと思ってたけどさ、でも自己紹介の時にわざわざ自分の性別言う奴なんかいないし。どっちでもいいやと思って。その方がおもしろいし」
「・・・・・・」

一哉でなくてもため息をつきたくなる。

傍迷惑というか何というか、適当すぎる友人に、一哉にとってはあたしも大して変わりないなんて事に気付かずに、ちょっと自分の交友関係を見直したほうがいいのかもしれない、と思ったのだった。




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