第19話 熱


ガンッ ガタガタッ バタンッ

ものすごい音を立てながら部屋を出てドアを閉めるとそのドアにもたれかかり、それからずるずるとその場に座り込んだ。


何今の、何今の、何今の――――!!?


とりあえず深呼吸でもして落ち着こう。

・・・呼吸ってどうやるんだっけ。

一瞬そんな事まで本気で考えてしまうほどの慌てぶりだった。
落ち着こうとしても、先程の出来事が頭の中をぐるぐると回り、思い出してまたおたおたして・・・の繰り返し。

落ち着けあたし!!

相手は外国人――違うっ!一哉は生っ粋の日本人だっての!!
えーと、帰国・・何だっけ。あ、そう! 帰国子女なんだからあんなの大した事じゃないのよ!!


偏見だろうとなんだろうと、今のあたしにそんな事を気にしている余裕などあるはずもない。

寝ぼけてただけかもしれないし、第一熱あるんだし!!

散々自分の中でそんな事を言い聞かせること数十分。

何とか一応の落ち着きを取り戻したあたしは、一哉の部屋のドアをノックした。

まだ薬を飲ませていなかったことを思い出し、薬の前に何か食べた方がいいだろうと思っておかゆも一緒に持ってきたのだ。動揺しすぎたせいで、おかゆが煮え立ってしまったのは内緒だ。

一哉からの返事はなかったけど、気にせずドアを開けた。
病人にそんな気遣いしてられない。ノックは、一応してみただけだし。

「・・・起きてる?」

声をかけると「んー・・・」と反応が返ってきたものの、まだぼーっとしているらしく起きてるというか、寝ぼけているといった感じだった。

「何か・・・頭痛い・・・」

後頭部を押さえながら一哉がそう呟いた。
そりゃ、熱が高ければ頭痛がすることもあるだろう。
熱のせいじゃないの? と言おうとしてふと思い当たった。

あの時―――

手加減なしに思いっきり突き飛ばした気がする。ついでにその直後、ゴンッて音が聞こえたような気もする。

もしかしてたんこぶでも出来たのかもしれない。いや、でもあれは不可抗力って言うか、正当防衛、自業自得、とりあえず、仕方ないことだったとしか言えない。

それと同時に、キスされた事をも思い出してしまい、折角落ち着いたのに、どうしようかとまたどきどきしてきた。

しかし、一哉はあたしの動揺に気付くことはなく、首を傾げながら言った。

「俺・・・いつのまに帰って来たんだっけ・・・?」
「・・・覚えてないの?」
「あんまり。熱で頭ぼーっとしてたし・・・してるし・・・」

思い出そうとしているらしいが、熱のせいであまり深く考えられないらしい。
もしかして、と思いついて聞いてみる。

「家に帰ってきた後のことも?」
「覚えてるよーな、覚えてないよーな・・・」

そう答えて、それが何? と目で問いかけてくる。

・・・もしかして、覚えてないんだろうか。

覚えてるにしては態度が普通すぎる気がする。
人にあんなことしといて、もうちょっと慌てるとかしたらどうだこんにゃろう、と思わないでもないけど、熱もあったし、多分あの後はすぐ寝ちゃったんだろうから寝ぼけてるようなもんだったのかもしれない。
それに、覚えてないなら、その方がいいかもしれない。
覚えられてても、気まずいことこの上ない。熱のせいというか・・・例えるなら酔った勢い、みたいな感じだったんだろうし。
自分からわざわざ言うこともない。ていうか、言えない。

じゃあ、さっきのキスは事故という事で。

あたしが心の中でそう結論付けるとほぼ同時に、一哉の寝息が聞こえてきた。
どうやら、また眠ってしまったらしい。

・・・薬、まだ飲んでないのに。

この部屋に来た第一目的を果たす事が出来ずため息をついた。けど、寝てしまったものは仕方ない。

とりあえず諦める事にして、一緒に持ってきた水で冷やしたタオルを一哉の額にあてた。



―――― 一見、何も変わらない
でも確実に何かが変わり始めたことにはまだ気付かないでいた。




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