第13話 作戦


お昼休み。
あたしは珠と一緒に教室の隅の方の席に座って話していた。

「何やってんだ?」

普段あんまりしないような真剣な表情でプリントを見ていたせいか、その様子を不審に思ったらしい一哉にそう尋ねられた。

「・・・何やってんだ?」

あたしたちが見ていたプリントを覗き込んでもう一度そう言った。
プリントにはクラスと名前がずらっと並んでいた。名前の上に『バスケ』とか『バレー』などと書いてあるから、球技大会のメンバー表だということは分かったと思う。
しかも全学年、全クラス分の。

まあ、球技大会が近いからそれはいいとして、一哉が疑問に思ったのは名簿にいくつかついている赤丸や書き込みだろう。
球技大会に向けての対戦相手への対策のための分析なんかとは明らかに違うことが分かる。
まあ、これもある意味分析なんだけど。

「優勝チームの予想たててるの」
「何で?」
「トトカルチョ」
「は?」

あたしの答えを一哉が理解できずにいると(というかしたくなかったのかもしれないけど)、珠がさらに付け足した。

「毎年恒例なの。球技大会の上位1〜3位までのクラスをあてて、賞金ゲット」
「そうそう。皆やってるよ?」

他にもあたしたちと同じようなプリントを手にあーだこーだと言い合ってる生徒の姿がちらほらと見える。
商品のために勝とうとしている一方で、賞金のために他のクラスが優勝するという予想をたてるという素晴らしい矛盾。
勿論、自分たちが優勝するのに賭けるのも自由だけど、それはそれ。皆案外冷静だ。
一哉が呆れたような顔をしていたが、とりあえず気にしないことにして更に予想を続けた。

「やっぱり3位のクラスが分かんないわねー。どこも似たり寄ったりというか・・・」
「そうだね。後で手伝いに行った時に咲良ちゃんに聞いとく。そろそろ締め切りだし、倍率とか出してる頃だと思うし」
「・・・もしかして生徒会が元締めやってんのか?」
「うちの学校の生徒会費はそうやって賄われてるのよ」

一哉の質問に、珠があっさりと言い切った。
まあもう慣れてるから今更いちいち気にしないけど、賭け事で生徒会費稼いでるのってどうなんだろう。

「よく教師に何も言われないな。バレないのか?」

現生徒会のメンバーがそんなヘマをするはずもないけど、実は違う。

「先生も知ってるわよ」
「じゃ、何で―――」
「だって、先生も参加してるもん」
「は?」
「こそこそやられるより、いっそ堂々とやった方がトラブルも少なくて済むだろうって」

生徒としても、バレたら掛け金から何から一切没収されるという危険がないから楽なんだけど。

「なら、最初から賭けなんてやらなきゃトラブルも何も起こらないだろ」
「それじゃおもしろくないじゃない」

この学校のモットーは楽しむ事が第一。むしろ楽しければ何でもありだ。

「だって、優勝目指してもやっぱり一年生には総合優勝って難しいじゃない? だから、生徒の楽しみを一つでも増やして行事を盛り上げようっていう企画らしいわよ。どうせ、そんなすごい金額にはならないし、生徒への配当金は食券だしね。生徒に割安で売ってお金にする子もいるみたいだけど」
「さっき、うちの生徒会費はそれで賄われてるって言わなかったか?」
「塵も積もれば山となるのよ」

つまり、しょっちゅうやってるということだ。

一哉も珠の言葉の意味が分かったのか、呆れているのか感心しているのか微妙な表情をしている。
とりあえず、話題を変えてみた。

「一哉は球技大会、結局何に出るの?」
「あー・・・卓球」
「バスケじゃないの?」

現役バスケ部な上に女子があんなに騒いでたのに。
でも、一哉の台詞はまだ続いていた。

「―――以外全部」
「は?」

球技大会の種目は全部で四つある。
男子はバスケ、バレー、サッカー、卓球で、女子はバスケ、バレー、バドミントン、卓球だ。
確かに、メンバー表に一哉の名前がやたら載ってるなとは思った。
でもそれはまだ正式に決定していないからとか、そんなんだろうと思ってたのに。

「メインはバスケだけど、バスケとかぶってない試合は全部出ろって言われた」

一哉本人も“何でこんな事に”みたいな表情をしている。
頼み込まれて断れなかったんだろうなぁ・・・お人好しというか何と言うか・・・
そんな事を考えていると、珠は横でメンバー表を見つつ「ふむ」と何かに納得したように言った。

「・・・せこい作戦」
「何が?」
「だから、一哉君が試合に出れば女子の応援がすごいでしょ。たとえ彼女がいたってそれとこれとは別―――というか、彼女一途だとかって逆に人気が上がったらしいし」
「何が言いたいのさ」
「下手すれば、対戦クラスの女子も敵であるはずのうちのクラスの応援にまわっちゃうわけよ。相手のクラスはどう思うと思う?」
「どうでもいい」
「それは真衣の感想でしょ。お年頃の一般男子高校生の感想を聞いてるのよ」
「んーと・・」
「やる気なくなるか、腹立つか、でしょ?」
「・・・そんなもん?」
「頑張ってるすぐ傍で敵チームの応援ばっかり聞こえてきたら耳障りでしょ。多少はやる気も萎えるんじゃない? となると、うちのクラスに有利ってわけ。まあ、声援もないよりはある方がいいだろうし、少なくともマイナスにはならないでしょ」
「黄色い声援自体が五月蝿いと思う・・・」

そう呟きつつも、よくよくメンバー表を見てみると、一哉以外にも女子に人気のある生徒が一チームに集まっていた。
確かに、相手のやる気がなくなればそれでいいし、キレられた所で、感情的になった相手を崩す事はそれほど難しくない。チームワークも大事だろうし。
逆に相手側の結束が高まる可能性もあるけど、まあ、もともと運動神経のいいメンバーが集まってるのでそれはそれで何とかなるんだろう。

そうか、だから一哉は卓球は免除なのか。
卓球は唯一の個人競技だから。
珠の話を聞きながら妙に納得してしまった。

「一哉君もトトカルチョ参加してみる? 勝てば食券一か月分くらいにはなるわよ」
「予想立てるのめんどい。真衣が作る弁当あるし」
「ラブラブだな」

そう言ったのは、珠でも、勿論あたしでもなく、いつの間にか人の頭に腕と顎を乗せてくっついてきた圭くんだった。

「重い。しかも、ラブラブって何」

文句を言いつつ、今の圭くんの言葉の意図が分からずにそう尋ねると、にやにやした笑みを浮かべながら圭くんが言った。

「だって今のはあれだろ? 真衣の弁当があれば食券なんかいらないって事は『君の料理が一番だよ―――』みたいな・・・」
「脚色しすぎ!!」

何をどうしたらそんな結論が出てくるのか。どんな思考回路してるんだ。
けど、あたしの突っ込みを無視して圭くんと珠が会話を始めた。

「圭先輩は何に出るんですか? 先輩のクラスだけ予想一覧に載ってなかったんですけど」
「メンバー表出すの忘れてて締め切りに間に合わなかったからなぁ・・・後で配りにくるんじゃね? 俺が出るのは卓球」
「――以外全部、とか言わないよね?」
「まさか。卓球だけ」
「じゃあ、一哉君との対決とかはなしか。見たかったのに。つまんないの」
「何言ってんの?」
「だって去年は男子バスケにも出てたじゃない。先生に邪魔されなきゃ絶対優勝だったのに」
「あー、それのせいで今年は先生に今から既に釘刺されててさ。問題起こしたら早朝罰掃除だって」

その早朝掃除もサボるくせに、何をしおらしいことを。
というか、わざわざ釘を刺すあたり、先生も圭くんの性格をかなり見抜いてるというか。そうせざるを得なかったんだろうというか。

「圭くん見てると先生って大変だなってつくづく思うよ」
「失礼な奴だな。こんな優秀な生徒をつかまえて」
「でも、圭先輩が卓球しか出ないんじゃ、余計にうちのクラスの倍率が高くなりそうねー」

出場チーム予想一覧を見ながら珠が呟いた。

「何の関係があるんだ?」
「うちのクラスに賭ける女子が増えるからよ」

今いち理解できないらしい一哉が訝し気な顔をする。
あたしも珠の言ってる意味が分からない。

「自分の目当てがいるクラスのチームに賭ければ、それを口実に堂々と応援できるじゃない? まあ、うちの学校にそんな慎ましい女子がいるのかどうかも怪しいけど」

なるほど。みんな考えてるんだなぁ。

恋する女の子にはいろいろあるらしい。




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