第12話 前兆


「何か最近、校内騒がしくないか?」

一哉にそう言われて、あたしは周りを軽く見渡してみた。
確かに、何だかみんなばたばたしてる気がする。

「あー。もうそんな時期か」
「何かあんの?」
「球技大会」
「何か異様に気合入ってないか?」
「んー、いつもの事だし」

うちの学校はイベントごとにやたら力が入っている。だから、イベント前は普段より騒がしい。おまけに。

「今年の会長はお祭り好きだし、人騒がせだし、どうせまたしょうもないことでも考えて―――」
「それは褒め言葉として受け取っておくべき?」

いきなり現れた人物に頭に腕を乗せられたので、思わず言葉を止めてしまった。
噂をすれば、というやつだろうか。

「圭くん、何でこんな所にいるの」

圭くんはあたしの問に笑顔で答えた。

「真衣の顔見に来るついでに実行委員に用があって」
「普通逆でしょ。仕事しなよ。生徒会長のくせに」
「大丈夫。俺はただの付き添いで来ただけだから」

圭くんはそう言って、教室の入り口辺りに視線を促した。
そこには、うちのクラスの球技大会実行委員と生徒会副会長の咲良ちゃんが話しているのが見えた。
副会長が働いてるのに、生徒会長が遊んでていいのか?

「・・・尚更仕事しなよ。こんなとこで遊んでる暇あるの?」
「優秀な副会長がいるから大丈夫」

ため息まじりのあたしの言葉に、苦労をかけている本人がけろっと言った。

「・・・咲良ちゃんの苦労が手に見て取れる」
「あれでも本人楽しんでるみたいだぞ?」
「一緒にいると退屈しないって意味で、でしょ。いつも世話かけてるんだから手伝ってきたらどう?」

あたしはそう言って咲良ちゃんのいる教室の入り口を指差す。

「その方が邪魔だって言われると思うが」
「それはそうだね」

さらりと肯定すると、圭くんは「ひどっ」と言いながらオーバーなリアクションで嘆く。
それを完全に無視していると若干不満そうな表情で言った。

「彼氏が出来たのに変わらないなぁ。そんなにノリが悪いと愛想つかされても知らないぞ」

にやにやしながらそんなことを言う。

・・・何を言い出すのかと思えば。

「何言ってんのよ。その噂流したの圭くんでしょ」
「何が?」
「あの『紆余曲折を得てやっとくっついた』とかいう阿呆らしいヤツ」
「ああ言っとけば丸く収まるかなーと思ったんだよ。あんなんで本当に収まるとは思わなかったけど」
「そんな適当な・・・余計ややこしくなったらどうするつもりだったのよ」

まあ、ややこしくはなってるんだけど。
直接干渉してこられないだけで、知らない人に応援されたりとか、あったかい目で見られたりとかが頻繁にある。
害がないと言えばないんだけど、対応に困るよ、あれ。

「その時はその時。いいじゃん。質問攻めにあうことも無くなって助かっただろ? お礼は今度ご飯おごってくれればいいから」
「咲良ちゃんになら」
「何で!?」
「だって一番の功労者は咲良ちゃんでしょう?」

圭くんが適当〜に言ったことを上手くまとめたのは咲良ちゃんに違いない。

「そうだけどさぁ。俺だって従兄弟の為にがんばったのに・・・」
「・・・従兄弟?」

あたしの言葉に、それまで黙って・・・というより呆気にとられたように見ていた一哉が聞き返した。

「うん。圭くんは従兄弟なの。うちの母さんの妹の子供ね」

そう言えば、説明してなかった。
さっきからあたしと圭くんしか喋ってなかった気がする。
まあ、一哉があまりしゃべってないのは口を挟む隙がないせいだと思われる。
珠に至っては、見てるほうが面白いから、と最初から口を挟む気が無い。

「そーいう事。つまり、一哉君の従兄弟にもなるわけだ。義理のだけど」
「これでもあたし達より1コ年上で、生徒会長」

あたし達よりひとつ上の二年生だということは、圭くんがつけているネクタイの色でも分かる。
うちの学校は学年によってネクタイ、リボンの色が違うのだ。
見た目はともかく、圭くんの行動は高2どころか中学生並じゃないかと思うことが多々あるけれど。

「これでもとは失礼な」
「だって、校内一、二位を争う問題児じゃない」
「ますます失礼だな。校内一、二位を争う人気者の従兄弟に対して」
「・・・自分で言うの?」

まあ、事実でもある。

圭くんに限らず確か生徒会の役員は全員生徒から人気があった気がする。
会長の圭くん、副会長の咲良ちゃん。
残りのメンバーはよく覚えてないけど、多分二人に負けないくらい人気があったようなかすかな記憶が。
生徒会の役員選挙はある意味、校内の人気投票でもあるし。
基本は推薦制。自薦、他薦は問わないけど、自薦者はほとんどいない。他薦の場合、本人の許可がなくても推薦する事は可能だ。要するに本人の意志は無視だ。校内で人気のある生徒は大抵誰かが推薦し、本人も知らないうちに候補者になっていたりする。
ちなみに、圭くんは自ら立候補し、咲良ちゃんは圭くんに巻き添えに・・・もとい、推薦された。
それから生徒による投票。上位5人が役員に選ばれ、役職は投票数一位から順に会長、副会長・・・と決まる。
そんな訳で、生徒会役員に憧れている生徒は結構多い。

クラスの子達の妙な視線が痛いからさっさと咲良ちゃんのところに戻って欲しい。
ふと教室の入り口に目をやると、いつの間にか咲良ちゃんの姿がない。

「咲良ちゃんいなくなってるよ。圭くんも戻りなよ、忙しいんでしょ?」

そう言うと、圭くんはあたしの腕をとった。

「そう。今うち人手足りなくってさー」
「・・・それって、あたしに雑用させる気?」

何だか嫌な予感がしたので眉をひそめながら尋ねると、圭くんは爽やかな笑顔で返した。

「いいじゃん。雑用は一年の仕事」
「あたしは生徒会の人間じゃなーい!!」
「細かい事は気にするな。副会長の許可はとってるぞ?」
「う・・・」

“副会長命令”という言葉に断る気満々だった決意が一瞬ひるむ。
だって、副会長って咲良ちゃんだよ?

「・・・会長命令って言ったら突っぱねる癖に。その差は何?」
「日ごろの行いの差でしょ。普段から仕事サボってる会長に言われても説得力ないもん。でも咲良ちゃんは違うし――・・・あ!」

そうだ。咲良ちゃんで思い出した。
いい事考えた!

世の中ギブアンドテイクということで。

あたしの出した条件に、圭くんは少しだけ考えるような仕草をした後、「ちゃっかりしてるな」と苦笑して言った。

「じゃあ、特別な」
「よし。なら手伝う」

あたしは満足気にそう言うと、圭くんと一緒に教室から出て行った。
もちろん、教室に残った珠と一哉がどんな会話をしていたなんて知る由もなく。



「気になる?」
「・・・何が」

波乱の幕開け? かもしれない。




back  index  next

top