第11話 偽りの関係


「どういう事!?」

月曜日。
あたしはクラスの女子の質問攻めに遭っていた。
が、いきなりそんな事言われたって何のことだかあたしにはさっぱり分からない。

「・・・何が?」
「昨日!! 遊園地に行ってた子が見たって言ってたんだけど―――」

もしかして悠都さん(=槻川悠)と一緒にいたところでも見られてたんだろうか。
まあ、クラスメイトが芸能人と一緒にいれば騒ぐのも分からなくはない。

・・・どうやって誤魔化そう。

けど、続いた言葉は予想とは違っていた。

「何で真衣と一哉君が二人で遊園地なんて行ってるの!?」
「へ?」

悠都さんでなく、一哉と一緒のところだけ見られたらしい。
どうやら悠都さんのことはバレてないみたいだけれど、ある意味こっちの方が厄介。
ブラウン管の向こうのアイドルより身近なアイドルというか。手の届く範囲にいる学園のアイドルが女の子と一緒にいたという事実の方が彼女たちにはよっぽど重要だろうからだ。
だって、この気迫! あたしに詰め寄ってくる女子たちのオーラが怖い。

・・・偶然、とか言っても納得してくれないよね、この様子だと。
実は前から知り合いだった、とかいうのも一哉が転校してきた時の無関心ぶりからイマイチ信憑性に欠ける。いや、マジで知ってはいたんだけど、保身のために、つい。
しかし一哉と付き合っていると思われるのは、一番避けたい事態だ。
女子の嫉妬を受けるのは御免被りたい。

と、なると。

「あたしと一哉、兄妹だから」

無難に真実を告げることにした。

言ってなかったっけ? などとすっとぼけついでに白々しい事も言ってみる。

「・・・兄妹?」

流石にこんな答えが来るとは思っていなかったのか、皆そろってきょとんとした表情をしている。

良かった。怖かった女子の気迫がちょっと薄らいだ。

「そう。うちの母親と一哉の父親が再婚したの。だから兄妹。それに、確かに遊園地は行ったけど一哉と二人で行った訳じゃないわよ。家族で行ったの」

ここは是非とも強調しておきたいポイントだ。
兄妹って言ったって義理なんだから、二人で行ったなんて言ったらやっぱりまずい。実際、三人だったし。

「そう言えば、一哉君同い年の妹がいるって言ってたような・・・」
「あれって真衣のこと?」

その言葉を聞いて女子たちは徐々にどうやら納得してくれそうな和やかな雰囲気になり、助かった、とほっとしたのも束の間。

「一哉君と付き合ってるって本当ですか!?」

次の瞬間には、他のクラスの女子が教室に入ってくるなりそう言って詰め寄ってきた。

もしかしてまた同じ事を言わなきゃならないんだろうか・・・。

ていうか、そんな大声で騒がれたら注目の的。余計にいらない噂が広まるじゃないか。・・・あーあ。

あたしはこの後の苦労を思ってため息を吐きながら、再び説明し始めた。
噂が広まるの早いんなら、この説明もさっさと広まってほしい。

結局一日、来客が尽きる事はなかった。


***


翌朝。

「真衣、顔がひきつってる」
「うるさいな」

登校中、一哉に横からそんな指摘をされた。
だって仕方がないじゃない。

「何回同じ事聞けば気が済むのよ・・・」

あたしの言葉に一哉は苦笑を浮かべる。
一哉も同じような目にあったはずなのに、何でそんなに余裕なんだ。・・・一哉には女子が本音というか、鬼気迫った表情で問いただせないから、あたしほどは疲れてないのかもしれない。

「だから、今日は昨日よりは聞かれる回数減るだろ」
「だといいけど・・・」

そんな事を言いながらあたし達は一緒に登校していた。
今までは微妙に登校時間をずらしたりもしていたんだけど、バレた以上そんな事をする必要もない。
むしろ、また誰かに付き合ってるのかと聞かれたとき、一哉に押し付けて逃げる事も出来るので一緒にいたほうが得策だ。

けど、一哉を差し出すこともなく、特に何も言われることなく無事に教室までたどり着いた。
多少・・・というかものすごく視線は感じたけど、昨日とはえらい違いだ。
そう思いながら教室のドアを開けると昨日と同じようにクラスの子達が近付いてきた。
しかし、その表情は昨日とは違う。
昨日はかなり怖い表情をしていたのに対し、今日は何だか穏やかな表情をしているというか・・・何か違う意味で怖い。
昨日とのギャップに不審に思ったけど、彼女たちの言葉を聞いてその不審度がさらに増した。


「真衣。昨日は騒いじゃってごめんね」

うん。謝罪とかいらないからそっとしておいてほしい。

「二人にそんな事情があったなんて知らなくて」

・・・事情?
てか、二人って誰を指してんの?

「応援するから、がんばってね!!」

何を応援するのか。

「一哉君、真衣をよろしくね」

だから、何を!?
何で一哉に言うの?

しかも、それだけ言うと去って行った。
これから授業なのに、どこに行くんだろ。

そんな事を頭の片隅で考えつつも、何の事を言っているのかさっぱり分からない。
それは隣にいた一哉も同じみたいで、きょとんとしてる。

「・・・何事?」

そう言うと、いつの間にか近くに来ていた珠が言った。

「おはよう。『兄妹という壁を乗り越え、紆余曲折の果てにやっと結ばれた純愛カップル』さん」
「・・・は?」

唐突な珠の言葉に、その意味すら分からず聞き返すと、珠は平然と説明してくれた。

「今流れてるあんた達の噂。何かそういう事になってるらしいわよ。噂がまわるうちに改竄されたんじゃない?」
「はぁ!?」

何がどうなってそんな噂が出来上がったのだろうか。

確かに噂に尾ひれがついて回るのは珍しくはない事だけど、だからと言って変わりすぎだと思う。
しかも、その噂の内容にも突っ込みどころが満載な気がする。

兄妹って言っても血が繋がってるわけじゃないから別に壁なんてない。乗り越えた覚えもない。
だいたい紆余曲折って何だその大雑把なのは。

っていうか、何よりもまず付き合ってない!!!

思わずそう叫びそうになったけど、その前に珠に何故か手にしていた教科書で顔面をはたかれた。
・・・めちゃくちゃ痛いんだけど!!
あたしは鼻を押さえながら珠を睨んだ。

「何すんの!?」
「折角丸く収まりそうなんだから放っとけばいいじゃない」
「どの辺りが丸く収まってるの。てか、普通教科書で顔叩く?!」
「真衣が瑞澤一哉と兄妹だって事を黙ってたのは周りの女子に協力してほしいとか、変なやっかみ買ったりするのが面倒だったからでしょ?」

珠樹さん、あたしの抗議は無視ですか。

「・・・そうだけど」
「でも付き合ってることにしておけば仮にも彼女に協力なんて頼まないだろうし、今回の噂で何でか周りからも認められてるみたいだから特に絡まれるような事もないと思うわよ。今から訂正して回る方が逆に面倒な事になるんじゃない? 主に女子の反応が」

言われてみればそんな気がしないでもない。
噂が広がってるのなら訂正したところでその情報が伝わるのにもまた時間がかかる上に、正しい情報が伝わるとも限らない。しかも、めんどい。昨日みたいに延々と説明させられるのは嫌だ。ていうか、昨日のあたしの説明無駄だったってこと?

でも付き合ってることにするのはなぁ・・・。

あたしは別に好きな人なんていないし、そんなに興味ないからどうでもいいけど、一哉には迷惑じゃないだろうか。
フリーだったらさぞかしモテるだろう。

あたしは一哉に視線を向けた。
あたしと珠の会話を聞いていたせいか、それだけであたしの言いたいことが分かったらしく、

「別に俺はこのままでもいいけど?」

との答えが返ってきた。

「いいの? 一哉だったら選り取りみどり、入れ食い状態だと思うけど」
「・・・もうちょっと言葉選べ」

でも、撤回するつもりはないらしい。
まあ、一哉に好きな人出来たら、別れたことにすればいいか。

「じゃあ、そういう事でよろしく」


こうして、校内でも一、二位を争うらしい有名な(偽装)カップルが出来上がったのだった。




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