第10話 思い出の場所
関係者控え室のある建物の傍の、舞台が見下ろせるところに位置する場所。
そこが「いつもの場所」だった。
「真衣ちゃん」
そばにある手すりにもたれていると、後ろから声が聞こえた。
「ここね、パパが初めて仕事もらった場所なんだって」
視線は舞台の方に向けたままで、言葉を紡いでいく。
「ヒーローショーだったんだけど、パパの役は悪役その1とかですぐやられちゃうの。仮面ライダーでいうショッカーみたいな感じで。それでも、すごく嬉しかったって言ってた。子供たちの笑顔見るのが好きで、もっとたくさんの人のそういう表情を見たいって。だから、役者になったんだって」
あたしのパパは悠都さんと同じ俳優だった。・・・どのくらい売れてたのかとかは知らないんだけど。
悠都さんはあたしの隣に移動して、一緒に舞台の方を見下ろしていた。
「ここはパパの特等席なの。舞台は遠いからあんまり見えないけど、お客さんの反応はよく見えるから。母さんには何で遊園地に来てわざわざこんな所に来る必要があるのよ、って怒られてた。あたしも、そう思ってたけど」
子供ならジェットコースターとか、メリーゴーラウンドとかそういう乗り物に乗りたいと思うのは当たり前だと思うんだけど、でも、あたしはここに来るのも同じくらい好きだった。
ここに来るとパパの嬉しそうな顔が見られたから。
迷子になる度にこの場所に来ていたのも、一人は心細くて、パパの笑った顔が見たくて、それに呆れたように笑う母さんの顔が見たくて、そう思うと自然と足がここに向いていたからだ。
そして、今日一人になった時、思い出したのもこの場所だった。
・・・成長してないのかな、あたし。
「大丈夫だと、思ったんだけどなぁ・・・」
あれから随分経ってるから、悲しいことなんて何にもないと思ってた。
父親の姿を最後に見たのは、ここだった。
遊園地で遊んでる途中で眠ってしまって、パパはその間に仕事に行った。
おやすみなさいも、いってらっしゃいも、何も言えなかったままで。
ここに来た思い出は、直接、パパとの最後の思い出に繋がる。
それが怖くて、ずっとここには来てなかった。
でも、もう大丈夫だと思ってたのに。
ここにあるのは、悲しい思い出じゃなくて、楽しい思い出なのに。
それでも、思い出すとまだ少し辛くなる。
気がつくと、身体が温かかった。
状況を把握するまでかかること数秒。あたしは悠都さんに抱きしめられていた。
ええっと・・・
「一人にして、ごめん」
「いや、えっと、はぐれたの、あたしだしっ」
慌ててそう言ったけど、何でか悠都さんの抱きしめる手の力が少しだけ強くなった。
・・・こんな風にされると、困る。
いつの間にか、涙が零れていた。
止めようと思っても止まらなくて。
伝わってくる温もりが、あったかくて。
悠都さんはあたしが落ち着くまでそのまま抱きしめてくれていた。
***
「スクープ! 俳優、槻川悠に熱愛発覚!!」
不意にそんな声が飛んできた。
「―――とかって記者にすっぱ抜かれたらどうすんの?」
声のしたほうを見ると、笑みを浮かべてそこにいたのは一哉だった。
「一哉・・・」
そう言えば、はぐれちゃってたんだから、一哉もあたしを探してくれてたんだよね。悪いことしたなぁ。
・・・ええと。いつから、いたんだろう。
泣いちゃったこととか、抱きしめられたこととか、それを見られたこととか色々合わさって、何か無性に恥ずかしくなってきた!!
「克己に任せる」
あたしの動揺には気付くことなく、悠都さんは一哉にそう答えたけど、さらに笑顔で返された。
「九割九分嘘の、皆が信じられずにはいられないような素晴らしい言い訳ができそうだね」
「・・・・・・」
克己さんの日頃の行いのせいで、あながち否定できないらしい。
悠都さんの複雑そうな表情を見て一哉は笑い、あたしに手を差し出した。
「帰ろ」
一哉はそう言って、そのままあたしの手をとった。
一哉に続いて、悠都さんももう片方の手をとる。
「えっ、あの・・・」
戸惑ったように声をかけるあたしを、気にする様子は二人とも全くなく。
「また迷子になられたら困るし」
「夜の方が見失いやすいからね」
「ならないわよ!!」
一哉と悠都さんにからかうように言われて、あたしは少しむきになって答えた。
手をつないで歩くなんて、小学生以来。ほとんどした記憶がない。
しかも、両手。
・・・恥ずかしい。
でも、文句は言いつつも、その手を振りほどこうとは思えなくて。
二人の手から伝わるぬくもりに、安心感を覚えながらそのまま歩き始めた。

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