第7話 遊園地


「これ何ですか?」

最初の不法侵入の日以来、ちょくちょく顔を見せるようになった渡村さん――改め克己さん(そう呼べって迫られ・・・もとい、お願いされたので)が手にしていた紙を見てそう訊ねると、克己さんはにっこりと笑みを浮かべて言った。

「遊園地のタダ券もらってん。あげる」

あげる、と言われても。

「克己さんが彼女とでも行けばいいじゃないですか」
「おらんもん。それとも、真衣ちゃん一緒に行ってくれる?」
「えーと・・・」

克己さんの言葉にあたしが返事をする前に、それまで黙って見ていた悠都さんが間に入って言ってくれた。

「やめとけ。迷惑がってるだろ」
「まだ何も言うてへんやん。まあ、どっちにしろ俺が行かれへんねんけど」
「え?」
「そのチケット次の日曜までらしいねんけど、俺予定あるから行かれへんねん。だから友達とでも行ってきて。タダでもらったもんで悪いけど、この前のお礼って事で」
「この前・・・?」

怪訝そうに聞き返した悠都さんに克己さんは平然と答えた。

「こないだ、ここで晩御飯ご馳走になってん」
「いつの間に・・・」
「悠都が仕事しとる間に」
「ちょっと待て。俺が仕事してる時は、お前も仕事中だろ? マネージャーなんだから」

・・・というか、仕事中だったというのはあたしも今初めて聞いた。

でも言われて見れば「息抜きしに来た」と言っていたような気がする。
息抜き=サボりなのか、と思っていると克己さんが拗ねたような仕草をする。
普通、大人の男の人がそんなことしても可愛くも何ともなく、むしろ気持ち悪いような気がするけど、克己さんの場合は妙に似合っているような気さえする。それが更におかしいような気もするけど。

「そやかて暇やってんもん。あの番組、いっつも撮るのに3時間はかかるやん。往復してもまだ時間余ってたし」
「そういう問題じゃないだろ。仕事をしろ、仕事を」
「そういう問題やって。現に俺がおらんかったん悠都も気付いてなかったやろ?」

あたしは目の前でじゃれ合っている(ようにしか見えない)二人を無視して、克己さんにもらったチケットを見ながら言った。

「折角もらったのに悪いですが、一緒に行く相手がいませんよ」

あたしの周りジェットコースターとか駄目な子が多い。
珠も絶対ジェットコースターには乗らない。
曰く、「何でわざわざ落とされたり回転させられたりしなきゃいけないのよ」らしい。
絶叫系の乗り物が駄目なのに遊園地に行っても、乗れないものばかりであんまりおもしろくないだろう。

でも、克己さんは何でもないかのようにさらっと言った。

「なら、悠都と行ったらええやん」
「「へ?」」

予想しなかった言葉にあたしと悠都さんの反応がハモった。

「真衣ちゃんはともかく、悠都は何その反応。嫌なん?」
「嫌とかじゃなくて、俺、次の日曜仕事入ってなかったか?」
「キャンセルになった。だから、日曜は久々にオフや。良かったな」
「・・・そういう事はもっと早く言え」
「忘れとった」

何の反省もなさそうに言った克己さんに悠都さんはため息をついた。
けど、気にするべき問題はそこじゃない気がする。

「誰かに見られたりしたらまずいんじゃ・・・」

仮にも人気俳優が女の子と一緒に遊園地にいるところなんて、誰かに見られたらまずいんじゃないだろうか。というか、スキャンダルに巻き込まれるのも嫌だ。

「意外とバレへんから大丈夫やって。もし見つかっても妹ですって言うとけばええやん。ほんまの事なんやし。それに、この年になって浮いた話の一つもないのも男としてどうかと思うしな」
「浮いた話ばっかりの奴に言われたくない」

あたしが口に出してない疑問について勝手に話がつけられているうちに、学校から帰ってきた一哉がリビングに入ってきた。

「お帰り」
「ただいま。あれ? 克己君じゃん。この前ご飯食べた時以来だね。何してんの?」
「ん? この間のお礼しに」

克己さんはあたしが持っていたチケットを指差してそう言った。

「何それ」
「遊園地のタダ券」
「新聞の勧誘とかでよく貰ったな。そういうの」
「実際、新聞屋さんにもらったからな。という訳で、三人で行ってきて」
「三人って?」

突然そんな事を言われ、話が見えないのであろう一哉が克己さんに尋ねた。

「真衣ちゃんと、悠都と、一哉の三人で遊園地。券も三枚あるし」
「何でそんな半端な数なの? 普通二枚とか四枚とか、偶数じゃない?」
「俺に言われても困る。新聞屋のおっちゃんがくれたんが三枚やってんから。悠都と二人やと真衣ちゃんが心配やから、一哉も行ったげて」
「どういう意味だ」
「分かった」
「・・・お前も何を分かったんだよ」

三人はそんな感じで、時々悠都さんの突っ込みが入りながら下らない言い合いをしていた。
しかし、結局のところ、一哉も悠都さんも行く事には異存はないらしい。

・・・あたしは行くとは一言も言っていないんだけど。
だからと言って、日曜に何か予定が入っていたわけではないし、何だか今更行かないとも言えない雰囲気だった。
別に嫌なわけではないのでいいんだけど。タダだし。


どうやら次の日曜は三人で遊園地に行くらしいです。


まだふざけ合っている三人を見ながら、あたしはどこか他人事のようにそう思っていた。




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