第9話 意地悪な人
勢い余って、告白してしまった。
が、侑城の奴、人が告白(ちっともそんな雰囲気は漂ってなかったけど)したと言うのに、あたしの言葉を聞いた後、吹き出したかと思うとそのままげらげら笑い始めた。
こんなに笑ってる侑城を見たのはいつ以来だろう。
しかし、侑城の笑顔にそんな懐かしさを感じるよりも何よりも、今現在あたしの心を占める感情は一つだった。
むかつくっ!!!!
思わず殺意が芽生えたが、体を二つに折って爆笑しているせいで、さっきまであたしの逃走を防いでいた壁についていた手が離れている事に気付いた。
自分の恨みを晴らす事よりも保身を選んだあたしはその隙に逃げ出そうとしたがあっさり失敗した。
侑城に腕を掴まれたからだ。
侑城の目元には笑いすぎでうっすらと涙が溜まっている。
・・・本気でむかつくんですけど。
告白をしたときの反応として、あっさりふられるとか、怒られるとか、嘲笑われるとか考えた事はあるけど、爆笑されるなんて想定してなかった。っていうか、何がそんなにおかしいんだっ!!
「放してよ!! 人の事馬鹿にするんなら、あたしのいないところでしなさいよ!!」
それもショックだけど。
でも、思いっきり笑い飛ばしてやることが侑城の優しさとかだったら嫌だな。
「別に、馬鹿になんかしてねーよ。馬鹿だなとは思ってるけど。」
「意味変わらない気がするんだけど!!」
それはフォローのつもりなんだろうか。
それともやっぱり馬鹿にされてるんだろうか。してるんだろうな。
ついでに言えば、笑いすぎで掠れた声で馬鹿にしてないと言われても説得力も何もあったもんじゃない。
あまりにムカついたので一発殴ってやろうと、掴まれていた腕を振り払おうとしたが逆に更に腕を強く掴まれた。行動を読まれたのかと思い、せめて文句を言ってやろうと顔を上げると―――
ほぼ同時に体を引き寄せられ、口付けられた。
「・・・・・・っ!!」
何か言おうとしたが、頭が真っ白で言葉が出てこない上に、口が塞がっているせいで声が出ない。
唇が放された後も頭が真っ白なのは変わらなくて、ただ口をぱくぱくさせて言葉になってない声を発していた。
「なっ・・・なんっ・・・・・・」
「何でキスしたのかって?」
侑城があたしの言おうとしてた事を言った。
ていうか、"キスした"って言ったってことは今のやっぱりキスなんだよね。事故だとかそういうんじゃなくて。ああ、でも侑城のことだから気まぐれだとか、嫌がらせだとかいう可能性も・・・。
「何か余計な事考えてそうだけど。違うから。」
こんな時まで人の思考を読んでくれなくていい。
内心そうつっこみつつも、否定してくれて安堵する気持ちもある。でも。
「じゃあ、何なのよ! 訳わかんない!! からかってるんなら―――」
勝手に期待して、これ以上傷つくのは嫌だった。
あたしがそう言った途端、侑城の目がすっと細められる。
はっきり言って、怖い。
だって! 焦点が合ってないというか・・・いや、視線は間違いなくあたしに向けられてるんだけど、目が据わってるんだもん!!
「分からない?」
そう言うと、侑城はあたしの頬に手を添える。
ふと密着した状態のままだったことに今更ながら気付いたあたしは慌てて離れようとするが、きっちり抱え込まれていて離れられない――どころか、さらに引き寄せられた。
「離してよっ!!」
真っ赤になってそう叫ぶとヤツは「嫌だ」などとあっさりのたまい、再び侑城の顔が近付いてきた。
「ちょっ・・・まっ・・・」
あたしの抵抗なんてお構いなしに再び唇が重なる。
侑城は、だんだん抵抗する力が弱くなって大人しくなったあたしから唇を離すと、視線を合わせて言った。
「俺が冗談でキスなんかすると思う?」
「・・・嫌がらせとかでならしそう。」
ぼそっと呟いた言葉が聞こえてしまったらしく、侑城が眉を顰めた。
しまった。つい本音が。
再び逃げ出したい気持ちに駆られたあたしをよそに、侑城はまた手をあたしの頬にあてた。
今度はキスするためじゃなくて、あたしが視線を逸らせないようにするために。
「本気で言ってんの?」
・・・まあ、誰にでも簡単にキスしたりする奴ではないと思うけど。
でも、それならあたしにキスした意味はなんなんだろう。
もしかして、あたしの事を・・・? なんて期待しないでもないけど、ついこの間、侑城がいかに先輩を大切にしてるか聞かされたばかりだ。侑城はそこまで気持ちの切り替えが早くないと思う。それだけ好きだったのなら尚更。
それに、期待すると後で辛くなるのが分かりきってる。
そんなみじめな思いをするのはご免だった。
「お前、ほんっと馬鹿だな。」
呆れたような口調で、表情で、それでもあたしから視線はそらさないままで侑城がそう言った。
いつもと変わらない、憎まれ口。
でも、いつもみたいな、本気で馬鹿にしてるって感じではない。
侑城の瞳は、真剣で。
だから、あたしは混乱しながらも、侑城から目を逸らせないでいた。

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