第8話 腹の立つ人



何か、侑城がおかしい。
普段の侑城からは考えられないくらいの抜けっぷりだ。
一日中そんな調子だと流石に気になって、避けていた筈なのに放課後たまたま一人で教室にいた侑城に自分から声をかけてしまっていた。

「―――柚夏先輩と何かあったの?」

侑城がおかしくなる理由なんてそれくらいしか思いつかない。


「・・・怒られた。」
「柚夏先輩に・・・? 何で。」
「昨日のこと。」
「ていうか、昨日って・・・」

柚夏先輩でも怒ったりするのか。美人が怒ったら怖そうだな。想像つかないけど。
でも、昨日って何。昨日・・・・

「ってまさか、言ったの!?」

昨日あたしに言ったことを?!

「だから、怒られたって言ってるじゃん。」
「なっ・・・何で!?」
「何かあった? って訊かれたから答えただけだよ。」

・・・仮にも好きな相手に自分の幼馴染は先輩の彼氏を好きみたいだから釘を刺したんです、とでも言ったんだろうか。そりゃ、先輩はあたしの気持ち知ってるから怒るでしょうよ。

「ご、ごめん・・」
「何で謝るんだよ。」
「いや、だって・・・」

あたしのせいで怒られたんだろうし。
柚夏先輩が怒る事なんて滅多にないし、大体そのショックで今日おかしかったんじゃないのか?

「侑城は、柚夏先輩のために言ったのに、怒られたのは多分あたしのせいだし・・・」
「・・・柚夏先輩のためって?」

今更そんな事とぼけなくていいじゃん。

「だから、あたしが夕雅さんに惚れたと先輩が思うことで、先輩が嫌な思いしないようにしたんでしょ? 相手が誰であれ、告られてるの見るのいい気はしないだろうし。」

何であたしがこんな事を説明しなきゃならんのだ。

「違う。」
「・・・違うって?」
「その前提からしてもう間違ってんだよ。」

前提?
あたし、何か前提条件なんて置いてたっけ?

「お前がそう考えた原因は何だよ。」
「原因?」
「俺が、お前に、先輩の彼氏が好きなのか?って聞いた理由だよ。」
「先輩を傷つけないためでしょ?」
「何で?」
「何でって・・・・・先輩の事が、好きだから。」

何が悲しくて好きな男に、こんな事を言わなきゃいけないのよ。

「だから、それが違うんだよ。」
「はぁ?」
「先輩の事は好きだったけど、今は違う。」
「・・・別に今更誤魔化さなくていいよ。ああ。もしかしてあたしが言った事気にしてそんな事言ってんの? あたしもあれは言いすぎたと思ってるし、ごめん。・・・ただの八つ当たりだから」
「八つ当たりって何で?」

あたしが謝ったことは無視か?
普段、素直に謝ったりしないあたしが素直に言ったのに!!
ていうか、八つ当たりの理由なんてもっと言えるわけないじゃない!!
あんたの事が好きだからと言えと!?
さっき決定打をくらったばっかなのに!

「あ・・あんたには関係ないでしょ!?」

あたしがそう言うと

「お前に八つ当たりされたんだから無関係でもないだろ?」

と平然と返してきた。
くそぅ。どこまでも口の減らない・・・!!

「由佳?」

答えを促すように名前を呼んであたしの顔を覗きこむ。
じっと見つめられるなんて今までなかった事に(睨み合いとかならあったけど)不覚にもどぎまぎしてしまう。思わず後退ると、侑城もその分あたしに近付いてきて壁が背中に当たり、逃げ場がなくなる。
っていうか、近い!!

この余裕の表情が癪に障る。


「見てると、腹立ってくるのよ。」

ぼそり、ぼそりと言葉を紡いでいく。

「性格悪いし、あたしには数割増しで態度でかいし、意地悪いし、すぐ人のこと馬鹿にするし―――」

普段なら何倍にもなって返ってくるだろう悪口も、今はない。
あたしも、普段なら尽きることなく悪口が出てくるのに今はそれ以上浮かばない。
短所は長所の裏返しだと言うけれど、まさにそんな感じだ。
そんなところも好きなんだから、どうしようもない。

でも、どんなに想っても

「侑城が好きなのは柚夏先輩だから・・・そんな侑城見てたらむかついたのよ。」

「何で?」

・・・・・・何で?
理由を言えと?

話の流れで分かるじゃない!!
そりゃ、一言も好きだとか言ってないけど!!
単純に言葉だけ見てたら悪口言ってるようにしか思えないけど!!
いつも人を小馬鹿にしてる無駄に出来のいい頭は飾りか!?
それとも、この前言った事の仕返し!? 新手のいやがらせ!?

思いっきり侑城を睨みつけるが、気にした様子もなく、どいてくれる素振りも見せない。

分かったわよ。
言えばいいんでしょ! 言えば!!

「侑城の事が好きだから、柚夏先輩を大切に想ってるあんた見てるとムカつくって言ってんのよ!! それくらい、分かりなさいよ、この馬鹿!!!」

キレたついでに、告白してしまった。





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