第7話 大切な人



「お前、あいつに気があんの?」

藪から棒に、侑城にそんな事を言われた。
昨日買い物を押し付けて帰ったことはもう気にしてないらしい。
珍しい。いつもなら嫌味のひとつやふたつやみっつ、言ってきてもおかしくないのに。
まあ、今はそれよりも侑城の質問の内容。
気があるっていうのは、多分好きなのかって意味よね。
で―――

「あいつ?」

って誰だ。
でも少なくとも、侑城自身のことではなさそうだ。
侑城の態度から判断しても、あたしの気持ちがバレたとかではないらしい。
誰のことだかさっぱり身に覚えのない事を訊かれて首を傾げていると、侑城は言った。

「柚夏先輩の彼氏。」
「・・・・は?」
「この前喫茶店の前で一緒にいるの見かけた。」

それで、どうなったらあたしが柚夏先輩の彼氏を好きだという結論になるのか。
ていうか、顔知ってるんだ。
あたしの表情をどうとったのか、侑城がさらに付け加える。

「お前やたら締まりのない顔してたから。顔赤かったし。」

喫茶店というのには心当たりがあったが、そんな顔してたっけ。
昨日のことを思い返して、ふと思い当たった。

「あっ・・・あれは・・・!!」

一瞬、侑城とかぶって見えたから。
・・・なんて言える訳がない。
だって、笑い方がすごい優しくて、自分に向けられてなかった時はこれが柚夏先輩が陥落された微笑か!とか思ったけど、それがいざ自分に向けられてみると最近では全くと言っていいほど向けられたことのない、でも昔は見せてくれた侑城の微笑みに似てると思っちゃったんだもん! 
しかも、かけてくれた言葉も優しかったし。
まあ、顔が赤かったのは気持ちを見透かされてたせいもあるんだけど。

・・・それを見られてたのか。そう言えば、あの時柚夏先輩はまだ店にいたんだっけ。

「まあ、何だっていいけど。」

自分から聞いてきたくせにそんな事を言う。

「妙な気起こすなよ。」

むかっ。
何でそんな事をこいつの口から聞かされなきゃいかないのか。

「何それっ何であんたにそんな事言われなくちゃいけないのよ! あたしが誰を好きになろうがあんたには関係な・・・」

あたしが振られようが何しようが、侑城は全く、これっぽっちも気にしないはずだ。
むかむかしながらそう言い返していて、思いついた。

「・・・・先輩のため?」

あたしが夕雅さんを好きになったところで、侑城には関係ないはずだ。
今までだってそうだった。
侑城があたしの恋愛に口出しをしてきた事は一度もない。
どんなに気にして欲しくても、へとも思ってなかったくせに。

今回に限ってこんな事を言い出す理由は何なのか。
答えは簡単だ。
柚夏先輩が絡んでいるから。
流石に、夕雅さんがあたしになびくなどとは考えていないだろうが、自分の彼氏が他の女の子に言い寄られてるのを見るのはあまり気持ちのいいものではない。
柚夏先輩は長年の想いがやっと叶って幸せの絶頂期にいるはずなのだから、その気持ちを壊すような事はどんな小さな可能性であれ放っておけないんだろう。

あたしの事なんて、微塵も考えてない。

何の事はない。侑城は今でも柚夏先輩のことが好きなのだ。


・・・知っていたはずなのに、それでもその事を思い知らされると苦しくて。


「―――そんなに先輩が好きなら、言えば良かったのよ。」

侑城はいきなり何言い出すんだ、って表情をしている。
自分でも、何言ってるんだろうって思う。でも・・・

「そんな顔するくらいなら、相手の気持ちなんて気遣ってないでぶつかっていけばよかったのよ。」

この言葉は侑城へのものなのか、それともあたし自身へのものなのか、自分でも分からない。

でも、侑城が気持ちを言わなかった理由なら分かる。
そんな事したら柚夏先輩が困るから。侑城を傷つけた事を気にして自分も傷つくのも分かってるから。
侑城はそれを分かってるから、言わなかったんだと思う。
侑城は意地悪だし、態度もでかい。けど、本当は優しいって知ってるから。

それに、あたしにこんな事言う資格なんて、ない。
今の関係ですら壊すのが怖くて、未だに何も言えずにいるあたしに偉そうに侑城にこんな事言う資格も権利もない。
というか、侑城は充分頑張ったと思う。
あの時、先輩の話を聞いてて泣きそうになったのは、自分の状況と似てたっていうのもあったけど、何より侑城が本当に先輩の事を好きだったのだと思い知ったからだ。
どんな気持ちで、先輩のことを応援していたんだろうと思う。

だから、こんな事―――侑城が先輩を大事にしている事なんて知ってた。
それでも、こんな侑城は見たくなかった。
先輩を守るために、普段散々けなしてるあたしにすらこんな事を言う侑城なんて、先輩を思う侑城なんて見たくなかったのに。

「――あたしが、柚夏先輩に敵うはずない事なんて・・・とっくに分かってるわよ。」

綺麗で可愛くて、素直で性格も良くて。
そんな柚夏先輩に素直でも可愛くもないあたしが敵うはずない事なんて、分かってた。
女のあたしから見ても守ってあげたくなるような雰囲気を放つ先輩なのだから、男の侑城がそう思っても何の不思議はない。
そう。侑城があたしを呼び出したのはそれが理由なんだから。

「・・・それに、あたしは柚夏先輩の幸せを邪魔する気なんてないから・・・安心して。」

こう言えばきっと侑城はもう何も言わないだろう。
あたしも、もう侑城を見て傷つかないで済む。もう、これ以上ないくらい胸が痛いけど。

「由佳・・・?」

あたしの様子がおかしいと思ったのか、侑城が訝しげにあたしの顔を覗き込もうとする。
久しぶりに名前を呼ばれた事に気付く。
でも、そんな事今はどうでも良かった。
涙をこらえるのに必死だった。

絶対、侑城の前でなんか泣いてやらないんだから―――

「侑城なんて、大っ嫌い・・・」

それだけ呟くと、あたしはその場から逃げ出した―――・・・




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