第10話 大嫌いな人



「俺、あの後結構落ち込んでてさ。」

あの後ってどの後だ。
しかし、口を挟める空気ではなくそのまま侑城の言葉の続きを待つこと数秒。

「で、何がそんなにショックだったんだろうって考えてたら」

侑城が苦笑して言った。

「お前に嫌いって言われた事が堪えてたみたい。」
「は?」

いや、確かに言ったけど・・・
でも、そんなの今までだって何十回、いやもっと、多分何百回と言ってる。

「あんな風に嫌いって言われた事はなかっただろ?」

あたしの思考を読んだみたいに侑城がそう付け足す。
確かにいつも売り言葉に買い言葉って感じで怒鳴ってたから、あんな風に言った事はなかったけど。

「まあ、ちょっと前なら気にしなかったかもしれないけどな。おまけに、お前泣きそうな顔してたし。そういや、かなり前からお前が泣いてるとこなんて見たことなかったし。」

そりゃそうだ。

「・・・だって、あたしが泣くと侑城いっつも嫌そうな顔してたじゃない。」

嫌われたくなくて、自然と泣かないようになった。
代わりに、こんな可愛げのない性格になっちゃったけど。
そうか、この性格はやっぱり侑城のせいか。

「嫌そうって言うか、困ってたんだよ。」

苦笑を浮かべてそう言った後、また真剣な表情に戻って言った。

「俺、お前が夕雅さんを好きなのかと思ってたから、そんなに好きなのかって思ったら何か悔しかった。」
「は? 何であたしが夕雅さんを好きってことになるのよ。」
「・・・笑ってたから。」

ますます分からない。

「そりゃ、普通に会話してたら笑うこともあるわよ。」

ずっと無表情で会話してるほうがおかしいじゃないか。

「そんなんじゃなくて、何つーか・・・恋する女の子全開みたいな顔してたから」
「・・・その台詞言ってて恥ずかしくならない?」
「うるせーよ!」

侑城の顔が僅かに赤い。
珍しいもの見たなぁ、と思いながら侑城の言った事を考える。

・・・思い当たる節がないこともない。

というか、夕雅さんと二人でいた時間なんてごく短い。
その時何を話してたかは容量の少ないあたしの頭でも記憶している。

「侑城のこと話してて、励まされて、侑城みたいな表情で笑うから―――」
「何だそれ。」
「だって、侑城ほとんど笑わないじゃない。」
「笑ったじゃん。さっき。」
「あんな馬鹿笑いじゃないわよ!!」

でも、あたしに嫌いって言われてショックを受けて、夕雅さんの事を好きだと思って悔しかったって、それじゃまるで―――

まるで、あたしの事好きみたいじゃない。

多分、今あたしの顔、真っ赤になってると思う。
そんなあたしの顔を見て、侑城はいつもの、むかつくくらいの余裕の笑みを浮かべた。

「お前は、俺の事好きなんだろ?」
「う、自惚れないでよ・・あんたなんて・・・!」

言いながら、さっき逆ギレしながら告白してしまったことを思い出す。

「大っ嫌い・・・」

赤い顔して言っても説得力も何もあったものではないだろうが。
案の定、侑城も全く気にした様子はなくて。むしろ、笑みを浮かべている。
ほんっと憎たらしい。

「惚れさせた責任、とってやるよ。」
「・・・自分の事好きな子にいちいちそんな事言ってたら身が持たないわよ。」
「お前にしか言ってないし。」

侑城の余裕の態度が何だか悔しくて憎まれ口を叩いたのに、あっさりとそんな返事を返される。

・・・・ずるい。

「―――途中で、責任放棄しないでよね。」
「ああ。」

あたしが侑城の肩に頭をのせてそう言うと、侑城はぎゅっと抱きしめてくれた。

素直に好きだなんて言えないし、侑城も言わない。
お互い、素直じゃない。
けど、それがあたし達らしいとも思う。

やっと手に入ったぬくもりが嬉しくて、今はただこうしていたかった。








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