「帰れ」
「リーファ。言葉遣いが乱暴だよ」
先日“契約”を交わした吸血鬼は、それ以来よく顔を見せる。
用のない時でもいる。
呼んでもないのに家にまでいる。
プライバシーの侵害、ついでに不法侵入だ。
吸血鬼に、というかレインはそんな事気にもかけなさそうだが。
契約など結ぶのではなかったと何度思ったかしれないが、でも、あの時はそんな事を考えている余裕も、選択の余地もほとんどなかったのだから仕方ない。
リーファはなるべく関わらないようにしようと決めていたし、レインは明らかに自分を遠ざけたがっている少女の態度を気にした様子はない。
多分、気にしたところで大人しく引き下がるつもりはないからだろう。
「昔はそんなに珍しいことでもなかったんだけどね、契約って」
「あんたいくつなの?」
「名前呼んでくれたら答えてもいいよ」
リーファはレインの事を名前で呼んだことはない。
出会ってから結構経つが、呼ぶ必要など今まで一度もなかったのだ。
「ならいいわ」
あっさりと言い切ったリーファに、レインは笑みを浮かべた。
その態度がからかわれているようで、腹が立つ。
「記録が残ってるからね。それを見ただけだよ」
「聞いてないんだけど」
「年寄りだと思われるのは心外だからね。まあ、吸血鬼は人間よりは長生きだけど」
「・・・記録って?」
「一族のお偉いさんが書き残したものがあるんだよ。その時起こった出来事とか、習慣とか。人間だって同じようなことしれるでしょ? 歴史書とかああいうの」
その時の出来事を書き表したもの―――
「・・・それって最近のものもあるの?」
「最近ってどのくらい?」
「10年くらい前とか」
「あるけど」
ちらりとリーファの目を見て、それから肩を竦める。
「一応門外不出だし。長とか、極一部の者しか見れないよ。貴重書でもあるから」
「あんたがその長なんでしょう?」
リーファがそう返すと、レインは探るような目を向けた。
「何を見たいの? 10年前の」
「・・・単なる好奇心よ」
ふーん、と呟いた後で、レインはそれまで浮かべていた笑みとはまた違った、実ににこやかな笑みを浮かべて言った。
「そうだな。リーファが見るには俺の奥さんになればいいんじゃない? そしたら記録見ても一族の誰も文句言わないよ」
「結構よ!!」
かたんっ
「―――今何か聞こえた?」
「そうだね。玄関の方みたいだけど」
リーファが扉を開けると、そのすぐ傍で少女が倒れていた。