ブラッド・ナイト
第三夜 守るべきもの


森に乾いた銃声が響いた。

その場にいた者達は発砲した者に目を向ける。
視線を注がれた少女は、敵意のこもった視線にも臆す事はなく冷たく言い放った。

「今すぐ消えて。でないと、今度は当てるわ」

今のはただの威嚇だ。
けれど、それで大人しく引き下がらないのなら実力行使も止むを得ない。
もっとも、彼らの様子を見る限り、素直に退くとは思えなかったが。

リーファは銃口を吸血鬼に向けた。
この数なら、負けることはない。けど、一つ問題がある。

目の前にいる少女の存在だ。

リーファがわざわざ威嚇して退かせようなんて面倒な事をしているのもそのせいだ。
吸血鬼に囲まれているのを見つけた少女を助ける為。
下手に動けば、少女に怪我を負わせてしまうかもしれない。

それなら。
侮蔑を込めた笑みを向ける。

「馬鹿な驕りのせいで退くことも出来ないのね。どちらが強いのかも判断できないほど愚かなのかしら?」

標的を少女からリーファに向けさせればいい。
その言葉に挑発された吸血鬼の一人が、リーファへと襲い掛かってきた。
人間とは明らかに違う跳脚力。
しかし吸血鬼がリーファに届くよりも、リーファの銃弾が当たる方が速かった。
仲間が撃たれた事に逆上したのか、それを皮切りに他の吸血鬼も向かってくる。
それすらも、リーファは動じることなく片付けていった。

しばらく経つと、敵わないと悟ったのか、残っていた吸血鬼たちは逃げ出していった。

「あなたは、どうする?」

リーファは、ゆっくりと振り返りながら、一人残っていた吸血鬼に尋ねた。
すっと銃口を吸血鬼に向ける。
しかし、吸血鬼は向かってくる様子も、退く様子も見せない。
二人の間に落ちた沈黙を破ったのは、吸血鬼に襲われていた少女だった。

「違うの! お兄ちゃんは助けてくれたの!!」

吸血鬼を庇おうとするようにすぐ傍に立って、必死にそう言う少女。
リーファは少女を見た後、続けて吸血鬼に視線を向けた。
吸血鬼からは何の感情も読み取れなかったが、リーファから視線を逸らさず、真っ直ぐに見つめ返してくる。

彼女は銃口を下げると、何も言わずその場から立ち去った。



「いいの? あのまま放っておいて」
「いたの?」
「リーファに何かあったら困るからね」
「そう」

レインの言葉を軽く流す。
契約を交わしてからリーファが学習したことの一つだ。
レインの言葉を真剣に受け取ってもいいことなどひとつもない。

「あの子がいいなら、私がどうこう言う事でもないわ」

あの吸血鬼からは、殺意や狂気は感じられなかった。
それに、少女が庇っているのに、目の前で撃つわけにもいかない。
それに、リーファは見境なしに吸血鬼を撃つわけではない。
リーファは吸血鬼を信頼などしていないが、別に全滅させたいと思っているのでもないし、誰かが吸血鬼を信頼するのを止める気もない。感情は誰かに指図を受けるようなものではないのだから。

それに、リーファにとっては目の前にいる吸血鬼の方がよっぽど有害だ。

リーファはレインを見ないようにしながら、その場を去っていった。








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