先輩が周囲に寄ってこなくなって数日。

最初の方は噂の的で、先輩ファンの女子に優越感にひたられたり、同情されてたのが癪に障った。
けど、そのうち妙な注目を浴びてしまうこともなく、静かになった。

平和な学園生活。
ずっと望んでたはずのもの。
背後を気にする必要もなく、理不尽な要求をいつ送られてくるかもしれない携帯を気にすることもない。

それは、何だか寂しくて。

・・・・・・。

いやいやいや。

それはまずいでしょ、私。
おもちゃから解放、万歳じゃない。きっと先輩も次のターゲットを見つけるだろう。案外もう見つかってるのかもしれない。

けど、その思いつきもおもしろくない。
そう考えてる自分も気に入らない。

ため息を吐きながらふと窓の外に目をやると、先輩が、というより先輩がいるのであろう塊が目に入った。


どんな対応をしているのか、浮かべている表情まで想像つく。

善人ヅラ。
善意の欠片もないと自覚しているくせにそう見せている彼ほど質の悪い人はいないと思う。

何考えてるのか分からない。
どこまでが冗談で、どこまでが本当なのか分からない。

でも、あの時、先輩の言葉を告白だと受け取ったのは、先輩が真剣だったから。
先輩の本気を感じ取っていたはずなのに信じなかった。

その点では私にも非があるかもしれないが、でも、どう考えたって、先輩の日頃の行いが悪すぎるのだ。
ただでさえ何考えてるのか分からないのに、その上、突然態度を翻されて、さらに先輩の真意が分からなくなった。
まったく、厄介な人だ。

何で私こんな人・・・

・・・・・・。

こんな人・・・何?

いやいやいやいやいや!!
そんな訳ない! 脳の錯覚!!
先輩に苛められすぎてたせいでエラー起こしてるんだよ、きっと!!

そうだ。きっと思考回路が壊れているに違いない。
何より、折角自由の身になったというのに、いつも以上に先輩のことを考えているのもよろしくない。

だけど、何かが足りないのも本当で。

そしてきっと、それが答え。





思い立ったが吉日。
というより、時間が経てば経つほど言い辛くなること必至だったので、先輩を探した。
肝心な時に見当たらないのはよくあること。
校内を探し回って、やっと目当ての姿を見つけた。

丁度階段を下りて移動しようとしていたところだったので、また見失っては困る、と急いで声をかける。

「先ぱ・・・わっ!」

緊張していたせいか、はたまた鈍くさいのか、思わず階段を踏み外した。
でも、想像してたような衝撃はなくて、冷たいコンクリートに体当たりしたわけでもなくて、落ちた先は温かかった。

「・・・何やってるの?」

耳元で声が聞こえて、そこでようやく先輩が受け止めてくれたんだと気付いた。

「すみません・・・」

ちょっとの間、顔を合わせなかっただけ。なのに、すごく久しぶりな気がする。
私が無事だったのを目で確認して、離れようとした先輩の腕をぐっと掴んで阻む。

「やです・・・」

離せと言われたわけでもないのに、拒絶されるのが嫌で、拒まれるのではないかと怖くて、そう言った。

「おもちゃでも、いいです」

不本意だけど。
それを言うなら先輩に惹かれてしまったこと自体が不本意だ。
先輩に会って、それを再認識してしまったのもまた嫌だ。

でも。

「だから―――はなれて・・・いかないで」

このままじゃ、もっと嫌だ。

信じられない?と先輩は言った。
確かに、それもある。
先輩の本心なんて分からない。
だけど、一番信じられなかったのは自分。
何で先輩が私の傍にいるのかが分からなくて、飽きられる前に逃げ出した。

けど、その方が嫌なんだって気付いた。
もう、遅いかもしれないけれど。

「そう」

先輩の返事は、たった一言だけ。

やっぱり、もうダメなのかな。




そう思ったのに。




「じゃ、もう我慢しなくていいんだよね」

そう言って、先輩が浮かべていたのは見慣れたいつもの笑みで。
えーと、さっきまでの無表情はどこ行ったんですか。
先輩の表情を見て、何となく悟った。というか、悟らされた。


・・・はめられた?


今更ながら防衛本能が働いたのか、咄嗟に距離をとろうとしたけど、いつの間にか腰に回されていた腕がそれを許してくれない。

「せ・・・先輩?」
「ん?」

・・・絶対罠だ!!
怒ってた人は、普通、いきなりこんなに豹変して、性根の悪そうな笑みを浮かべたりしない!!

「・・・先輩にとって、私って何ですか?」

騙されたせいで不機嫌を隠そうともしない私に苦笑して。

「小都は、俺の、でしょ?」

答えになってるようななってないような。

先輩は私の耳元でそう囁いて、確かな言葉の代わりにキスをくれた。




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