コウくんとの一件、ていうか教室で押し倒されて以来、私は出来る限り先輩を避けていた。
そりゃもう、力いっぱい。
必死に逃げてる割にはあっさり捕獲されてしまってるんだけれども。
まあ、そんな簡単に逃げ切れてたら、もともとこんな苦労してないんだけど。

だって、どうしていいか分かんないんだもん。
セクハラにも程がある。
しかも、あんな・・・

・・・だーっ! 思い出さんでいい!!

ていうか、先輩もおかしい!
妙に優しいというか、とりあえずセクハラはされない。
まあ、それが普通なんだろうけど。これをおかしいと感じる辺り、私も大分毒されているなと思うけど。

先輩に優しくされると嬉しいとかいう以前に、悪寒がする。

いじめられたいわけじゃ決してないけれど、優しくされるとそれはそれで不安になる。
怖いよぅ。
それもこれも、先輩の日頃の行いが悪いせい。


もしかして、これが新手のいじめ!? とか思ったり。


まあ、抱きつかれたりとかされなくなっただけで、からかわれることはあるし、嫌がらせされてるのかなと思い当たることもあるんだけれども。母を味方につけたこととかさ。

送ってくれなくてもいいのに、わざわざ送ってくれ余計なことに母に挨拶までしていくのだからたまらない。今ではすっかり母のお気に入りだ。
外堀を埋められているような気がしてならない。
その証拠に、既に母は明らかに娘より先輩を優先している。

ていうか。

先輩って何がしたいんだろう。
何考えてるのか全然分かんない。

超能力者じゃあるまいし、考えたって人の気持ち――ましてや思考回路の不可解な先輩の気持ちなんて分かりません。

分かんないから、とりあえず逃げる。



なのに。



「小都、いい加減逃げるのやめない? 毎回そうされると、結構傷つくんだけど」
「傷ついてる人はそんなに楽しそうな顔しません!!」

あっさり捕まえるくせに何を言うか。
ていうか、もう条件反射になりつつあるんだけど。
だって、いろいろ安全のことを考えると先輩に近付かないのが一番だって結論が。

第一、何でそんな何事もなかったかのような普通の態度なんだ。
人を押し倒しておいて、後ろめたさとか羞恥心とかそんなものはないのか。ないんだろうな。

「大体、何で私に構うんですか」

私の問いに、先輩は一瞬きょとんとして、それから意味の分からない答えを返した。

「―――“月がとても青いから”」
「へ?」

不覚。
何でかどぎまぎしてしまうからなるべく顔見ないようにしてたのに、思いっきり見ちゃった。
しかも、ばっちり目が合って。
さらに悪いことに、先輩は何だか真剣な表情。

あの時と、同じ。

逃げたいけど、逃げれない。
腕掴まれてるから逃げられないとか、そういうことじゃなくて。
何でか、動けない。

硬直していると、先輩はふっと笑みを漏らして言った。

「そういうこと」



―――そういうことって、どういうこと?




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