珍しい事もあるものだ。
暇があればセクハラまがいの嫌がらせに来ていたのに、今日は一度も姿を見ていない。
おかげで、平和だったけど。
お休みとか・・・?
いや、でも昨日は元気だったし、第一、先輩の場合風邪の方から逃げていくに違いない。
弱ってる先輩なんて想像つかないもんね。
なんて、呑気なことを考えていたわけだけれども。
油断大敵。
私、ほんとに学習能力が足りないかもしれない。
放課後、先輩の姿を見てやっぱ休みじゃなかったのか、などと考えた私を、先輩は口を挟む隙もなく――というか、話しかけられる雰囲気じゃなかった――連れ出して、どこかの教室に放り込まれた。
そして何故か、とっても追い詰められていた。
机に手をつき、私は先輩と机に挟まれる形になる。
―――な、何事?
「あいつとキス、したの?」
「せ、先輩・・・?」
単刀直入というか、歯に衣着せぬというか。いきなり何言い出すんですか。
あいつっていうのは、コウくんだよね。
気にもかけないだろうというのは誤解だったらしい。
そう言えば、私に告白してきた生徒を笑顔で脅していた先輩だ。
・・・自分で言うのもなんだけど、おもちゃをとられていい気はしないんだろう。
勿論コウくんとは、そんなんじゃない。
だって、キスとか言ってもよちよち歩きの子供がしたことですよ?
けど先輩がそんなことを知るはずもなく。
そう言えば、昨日のコウくんの彼氏発言とか否定してなかったっけ?
というか、昨日はあのままコウくんに連れ帰られたから、話をする暇もなかったんだけど。
ということは、もしかして先輩はコウくんが私の彼氏だと思ってるとか・・・?
なら、このまま言わなければ、私とコウくんが付き合ってるということになって、もう先輩が構ってくることはなくなるかもしれない。
多分そうすれば、平和な学園生活が送れる。
でも、何故だか肯定も、否定も出来なくて。
それどころか、何も言葉が出てこない。
何も言えずに戸惑っていると、真剣な表情の先輩と視線が絡まって・・・そのまま唇が重なった。
「・・・・・・んっ」
何度も何度も角度を変えて唇を重ねられて、頭がぼうっとする。
気付いた時には机の上に押し倒され・・・
・・・・・・って!!!
「先輩! ちょっ・・・離して・・・」
て、貞操の危機!!
「何で?」
何でって・・・ここ学校ですよ?!
いや、そういう問題でもないし!!!
「あいつがいいの・・・?」
低く、そう言った。
一瞬見えた表情が、いつもの先輩とは違って見えて―――
いや、そんなことよか現状打破が第一!!
「コ、コウくんは私の父親なの!!」
「は?」
「正確には、義理の、ですけど」
2年くらい前に再婚したのだ。
母、34歳。コウくん、26歳。ついでに童顔。
お母さんとは8つの年の差だけど、今時それくらい珍しくない。
少しだけ、拘束する腕の力が緩んでほっとする。けど、緩んだだけ。尋問はまだ終わりじゃなくて。
「キスっていうのは?」
「・・・幼稚園の時の話ですね」
そのくらいの年の子って、割とキス魔だったりしない?
とりあえず、私はそうだったらしい。覚えてないけど。
「俺にもして」
「はい?」
「キスしてくれたら、離す」
「な――っ」
いきなり何てことを言い出すのか。いつもならとっくに逃げ出してるところ。
でも、そうだ。私まだ窮地から脱してないんだった。
簡単にまた押し倒されてしまいそうな体勢で、逃げられそうもない。
・・・混乱しすぎてまともにものが考えられないんですが。
「あの、拒否権は・・・」
「あると思ってるの?」
ですよね。
先輩、何か今日はいつも以上におかしいし、下手すれば本気で身の危険。
肉を切らせて骨を断つ!
ってことで、自身の安全のためにがんばった。
でも勿論、口になんてしない。出来るわけがない。頬に、だ。
それでも先輩には意外な行動だったらしく、きょとんとしている。
珍しいもん見たなぁ・・・。
が、そんな珍しさを満喫している場合ではない。
素早く先輩の腕の中から脱出し、鞄を掴み、猛ダッシュで教室から抜け出した。
先輩に会ってから、素早さと足の速さに磨きがかかった気がする。でも、大切な能力だし。
「今度こんなことしたら、口ききませんからね!!」
小学生か、というような捨て台詞を残して逃げた。
「―――それは、困ったな」
当然、逃げ出した私には、苦笑した先輩が呟いた言葉なんて届かなかった。

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