タクシードライバー乗客の美女に一句

 タクシードライバーを題材にしたテレビ番組は私が知るだけでも三つほどあるが、これらはいずれもフィクションのドラマだが、「タクシードライバー乗客の美女に一句」はドキュメンタリのエピソードである。ただし個人情報に関わることもあるので名前と地域は別名にした。
 
 私は数年前、一時期タクシードライバーをしていたことがあった。きれいな人が乗ってくると、会話するだけでも楽しいのでつい話しかけてしまう。会話の途中で私が俳句をやっているというと大抵の女性は興味を持ってくれた。中には「何か一句詠んでみてよ」と無理強いをする女性もいた。私はお客さんの現在の心境などを聞いたりして、そのお客さんだけに通じる俳句を詠んでホームページに載せることにした。
 
 最初に俳句を詠んだ美女は31歳のチャーミングな女性である。ちょうど今宮戎が開催されている頃だった。その美女は自分の事はさておいて、今宮戎の福娘のことを、「きれいだわ、きれいだわ」と言って盛んに褒めていた。
「女が女を褒めるのは何かおかしい感じがするけど」と言うと、
「だってきれいな人を見ると活気が出るじゃない。活気が出れば景気も良くなるわ」
 と、少し的外れと思うような答えが返ってきた。しかし、同性を褒めるのはきっと性格が良いからなのだと私は解釈した。
「彼氏は居てるの?」と乗客に対しては少し失礼な質問だけど尋ねた。
「いるわよ」
「どんな仕事をしてるの?」
「調理師よ」
「早く結婚して子供を産まないと高齢出産になるのでは?」
「それはそれでええと思うの。高齢者出産になるからといって無理に子供を作るより自然体でいって子供が出来なければ出来ないでそれも有りやと思うの」
 私はその会話から、二人には何らかの事情があるのでは無いかと想像した。
 彼女は話を遮るように唐突に「何か俳句詠んでよ」と言った。その言い方から案外わがままな女性だと思ったが、私は俳句を詠むのが嫌いではなかったので運転をしながらすぐさま作句にかかった。目的地が結構遠かった事から時間は十分にあり、そして、出来上がったのがこの句である。

   君とてや負けず劣らず福娘

「私のホームページに掲載するので見といてください」
「ええ句やわ。ありがとう」
 彼女は気に入ったように微笑みながら言った。私は、釣銭を渡しながら「有難うございました」と礼を言って車を発進させた。
 
 その翌日、少し上品な感じのする女性を乗せた。きれいな人だったので私から積極的に話しかけた。その女性が少し大阪の地理に疎いようなところがあったので尋ねた。
「何処か他府県から来られたのですか」
「愛知県から大阪に移住してきて半年ぐらいです」
「大阪を選んだのは何故ですか」
「大阪の古典芸能が好きで、大阪に住みたかったんです。古典芸能の中でも河内音頭が滅茶苦茶好きなんです」
「珍しいですね」
「友達にもそういわれるわ」
「私は俳句が趣味です」
「わぁ。すてき」
「きれいなお客さんを乗せたら詠むことにしてるんです。お客さんの俳句も詠んでもいいですか」
「ぜひ詠んでください」
「ところで今お幾つですか」

 私は遠慮なく年齢を訊いた。女性に年齢を訊くのは失礼だということは十分知っていたが、年齢も俳句を作るうえの一つの背景になるので、年齢はできれば真っ先に聞くようにしていた。大抵の女性は年齢を聞いても怒る人はなく何の躊躇もなく答えてくれた。
 彼女は37歳で、昨日は今宮戎に行ってその人出の多さにさすが大阪やと圧倒されたと語っていた。私が昨日の女性のことを詠んだ俳句が載っているホームページを教えると、早速スマホで見て、「恰好いいわ。私もぜひ詠んで下さい」と言ったので明日までにホームページに掲載することを約束した。
 37歳の女性が愛知県から大阪に移住し半年、もしかして女の人って男次第で幸福にも不幸にもなり、男次第で居場所も転々とすることもある事から・・・・・と私の俳句想像力は大きく膨らんだ。
 タクシーを降りるときに、職業を訊いたら、水商売をしている、と答えたので、上品な感じからは想像も出来なかったので正直ビックリした。人は見かけに依らないことを再認識させられた。
 ホームページに掲載した句がこれである。
   
   さまざまな末(すゑ)の大阪宵えびす
 
 私は自分で作った句だがこの俳句は名句といっても憚らないと思った。
 
 二三日して深夜ミナミで、眠っている幼児を抱いたホステス風の人を載せた。きれいな顔立ちの方で保育所に預けていた子供を引き取っての帰りと思われた。
「お子さんは男の子ですか」
「そうです」
 と愛しそうに抱きしめて言った。
「今いくつですか」
「二歳よ」
 子供を眺めながら答えるその眼差しには慈母の面影が満ち溢れていた。
「子供を保育所に預けてるんですね」
「ええ」
「ご主人はどうしているんですか」
「あたしシングルマザーなの」
「離婚か何かされたのですか」
「ううん。あたし最初からシングルマザーなの」
「あっ。失礼な事聞いてすみません」
「いいのよ。今から初詣に寄って帰ろうと思っているの。S神社まで行ってくれるかしら」
「わかりました。私はきれいな人には俳句を詠んであげているんですけど、お客さんのことを一句詠んでもいいですか」
「いいですよ」
「明日までにはホームぺージに掲載しますので覗いてください」
「わかりました」
 詠んだ句がこれである。
     
   子がすべて母の決意の初詣
 
 30代ぐらいの女性と60代ぐらいの男女のカップルが乗って来た。しばらく走ると男性が先に降り、女性の方は自宅がもう少し先の方なので一人だけ残った。
 女性はバーを経営していて男性はお客さんだと言っていた。30歳代のきれいなママで入れあげる男性も多いのではないかと思った。少し話していると気立ても良さそうだった。   
 しばらくすると少し困った表情をしていたので訳を訊くと、ビールを飲みすぎてトイレに行きたいが最近のコンビニは商品を買ってもトイレを貸してくれなくて困っていると言った。
 私が牛丼店で牛丼の持ち帰りを頼んでその間にトイレを借りたらいいのではと言うと、アラ本当だわと言って牛丼店にいって無事目的を果たした。そして、その牛丼は食べて下さいと私にくれた。魅力ある女性だったので後日、機会があったら飲みにいくかも知れないからと名刺を貰った。俳句の話は全く出ない一期一会だったが折角の美女なので一句詠んだ。
    
    小用の美女に知恵貸す月夜かな
 
 ミナミで深夜二人連れのホステスを拾った。英子さんの方は何でもペラペラとしゃべるタイプで静子さんの方は文字通り静かなタイプだった。36歳の英子さんは豪胆でこんなエピソードを話してくれた。
 英子さんは化粧がすごくうまく、昔の彼氏は、お店に出るために化粧した英子さんの顔をつくづく見て「すごい美人に変わるなぁ」と感心していたという。私が見ても英子さんはとても36歳に見えないほどの美人だった。でも昔の彼氏が化粧した顔に感心したぐらいだから、化粧を取った顔は大分落ちるかも知れない。そう書けば英子さんは怒るかも知れないが、英子さん自身がその落差を自分で強調して言っているのだから仕方ないと思う。英子さんは私が俳句をやっていると知ると、しきりに自分の事を詠め詠めと強要した。
 私が美人しか詠まないと言うと、自分の顔を見ろとしつこく責めた。仕方なしに見たが確かにこれといって欠点のない美人に見えた。「なっ。きれいやろ」と英子さんが催促するように言うので「うん。きれい、きれい」と二回繰り返した。でも英子さんの人柄のいいのが分かるのでその強引さが少しも厭ではなかった。そして詠んだ句がこれである。

    化粧して騙してなんぼ酔芙蓉

 英子さんは酔って頼りないから静子さんにホームページを教えて英子さんに見せるよう頼んだ。静子さんは苦笑いしながら請け負った。
 
 酔芙蓉はアオイ科フヨウ属の落葉低木で季語は初秋になり、一日の内にまるで酔っているかのように花の色が何回も変わるので酔芙蓉と名づけられた。英子さんのイメージに似通っているので季語として使った。
 
 ミナミで飲んで帰る途中の、目が大きくて驚くほど小顔の美女を拾った。彼女は30歳で夫は機械か何かのメンテナンスを受け持っている会社の社長のようである。彼女は独身の頃ダンサーをしていて夫と大恋愛のすえ一緒になったが、一緒になった当座は夫が好きで好きでたまらなかったが、結婚後、幾度も浮気で裏切られ今ではそのような気も薄れたと語っていた。
 彼女は純粋な愛を求めるタイプで、それはある意味危険な感じのする恋愛論者のような気がする。なぜなら純粋な愛に応えられる男性は滅多に存在しないからである。いくら愛を捧げてもそれが実らず自分自身がひどく傷ついてしまう例が多いからである。
 そんな恋愛論はさておいて、貴女の今の心情を俳句に詠んであげましょうか、と言うと、すごく乗り気で是非詠んで欲しいと言った。私はあっという間に彼女の俳句が浮かんでいたので、それを言う前に、江戸時代の花魁の高尾太夫の句を紹介して、それから貴女の句を詠みますと前置きした。なぜ前置きをしたかと言うと、それは俳句をあまり知らない人間に、季語を成立さすために一見何の脈絡もないような花をくっつけると理解出来ない人も多いからである。
 
 高尾太夫は客を猪に見立て自らを萩の花に例え、猪に抱かれて寝たり萩の花 と詠んだ。萩の花は小粒の紫ピンク色の花が鈴なりに咲く秋の季語。
 正岡子規は古今無比の名句だと絶賛していた。もう一句は高尾太夫には彼が居たのだが、一説には歌舞伎役者だったという説もあるが、その彼を詠んだ句で、君は今駒形あたりほととぎす という句である。これも大変名句で知られている。
 そういった句を紹介して詠んだ句がこれだ。
    
    裏切られまた裏切られ萩の花
 
 友人と二人でお酒を飲んで別れて一人で帰る女の子を乗せた。別れた友達は職場は違うけど歳も同じで同郷(鳥取)の女の子だといってた。歳は27で彼氏は居るのと訊くと半年ぐらい付き合ってた彼がいたけど最近別れたといっていた。
 化粧はしているかも知れないがノーメイクと見紛(まが)うほど顔が白くて可愛らしい女の子だった。性格も良さそうなので最近の男は見る目がないなと思った。
 名前を訊くとひとみと教えてくれた。どんな漢字かと訊くとひらがなと答えた。ひとみちゃんが了承したのでひとみちゃんを詠んだ俳句をホームページに掲載することにした。ちょうどタクシーを降りる際に時雨模様になってきたので詠んだ句がこれである。

    しぐるるや傘さしかける彼もなし
 
 ひとみちゃんは苦笑いをしていた。なおこの句は現在のひとみちゃんを詠んだもので、いずれは、

    しぐるるや傘さしかける彼が居て
 
 に変ることを期待している。 
 
 昼はOLで夜は北新地でバイトをしている清純な顔立ちの中にデカダンスの要素も秘めている26歳の綺麗な女性を拾った。 
 以前は両親も公認の結婚するはずだった彼がいたけど、彼が転勤か何かで(そこの所の理由は確かでない)遠距離恋愛になったときに、遠距離先で彼が浮気して相手の女性を妊娠までさせてしまったということである。むろん結婚がご破算になったのは当然のことである。例のごとく、貴女の俳句を詠むから翌日ホームページをのぞいてくださいと言った。最初の印象では中々詠めそうになかったが、いいか悪いかは判らないが案外簡単に詠むことが出来た。それがこの句である。

   男とはどうしょうもなしほととぎす

 
なぜほととぎすを季語に選んだかと言うと、高浜虚子が長谷川かな女の俳句 ほととぎす女はものの文秘めて の解説でほととぎすという鳥は僅か一声二声聞かせたばかりでたちまち遠くへ飛び去ってそのあとの声も聞こえぬ鳥であると書いていることから、浮気して子までは孕ませるイメージにピッタリだと思ったからである。
 
 フランスと日本のハーフである26歳の美女が乗って来た。肌の色が少し黒かったので訊ねると、父がアフリカ系のフランス人で母が日本人とのことだった。大阪の新世界で生まれたという異色のハーフである。父は元々ダンサーで現在はダンス教師をしているそうである。
 彼女と話していると性格の良さが犇々(ひしひし)と伝わってきた。しかし、26歳になるまでの人生、それこそ言葉に言い尽くせないほどの苦難があったことが窺われた。それにもかかわらず、素直な性格に育っていることに敬服した。時間がなく、あまりエピソードも聞かれず句を作るのに苦労したが、是非とも一句詠むことにした。
        
   肌の色国籍が何花は花

 夜も更けたころ、いわくありげな美女が乗ってきた。わけを聞くと初めは渋っていたが、私が「彼氏と喧嘩でもしたの?」と訊くと肯いた。
「死んだろかと思ってビルの屋上へ行こうと思ったが、どこも入り口が閉まっていて入れなかったわ」
 と自嘲気味に言った。
 彼氏と喧嘩して和解もしていない状態の時に彼氏の兄が訪ねてきて、その兄と会うのがすごく厭で家を飛び出したという。歳を聞くと25歳で彼氏とは一緒に住んで5年になるという。
「人間の魂は永遠に不滅で何度も生まれ変わり、自殺した人間は自己責任を放棄した罪で死後霊界で自分で自分を罰するようになる」
 と
教えると少し考え込んでいた。
 
しばらくして彼女は、住んでいるマンションの付近まで戻るように言って、そのマンション付近で彼氏の兄の車が見えなくなっているのを確認して自宅に帰って行った。
 夫婦喧嘩をしている時など、他人に見られたくない気持ちは充分にわかるけど死ぬほどのことはないと思う。


   寒空に死さへ厭はぬ痴話喧嘩

 スナックに勤めている可愛い女の子を拾った。あずさちゃんといって歳は19で、少し会話すると屈託のなさが感じられ、若いせいか話しの受け答えも実にハツラツとしていた。
「あずさちゃんみたいに可愛いと良くお客さんにもてるん違う?」
「そうね。若い人から歳のいった人にまで良く口説かれるわ。でもお仕事だからほどほどに相手しているの」
「中にはしつこい人もいるんじゃない?」
「そこはそこ。割り切ってあしらわないと」
「水商売も大変やね」
「全く脈のないふりをしてもお店の売上に響くし、かと言って少しでも気のある振りをすると後が大変だから」
「なるほど」
 私が、あずさちゃんを詠んだ俳句を作ってあげようかと言うとすごく喜んでくれたので一句詠んだ。

   言ひ寄りし男は多数萩の花

 昼頃、心斎橋付近でタレントのアン・ミカさんが乗車してきた。この頃はまだ独身だったはずである。大阪での仕事を終えて新幹線に乗って東京まで帰るので新大阪に向かって欲しいとのことだった。
 少し話していると全然気取らず気さくな人である事がすぐに分かった。ふとした事から前世の話しになったが、アン・ミカさんは以前占い師に前世を見てもらった事があって、前世はインド人だったと言われたそうである。自分でもインド人みたいな面影が無きにしも非ずで、インドには以前から何となく親近感も持っていたそうである。
 俳句の話しは全然しないままだったが折角の美女なので一句詠むことにした。何となくアン・ミカさんが前世ではマハラジャの姫のような気がして詠んだ句がこれである。

   インドでは姫でありしか蓮の花

  歳時記を兼題に詠んで見る 永平道元の生悟り 独学俳句 一法無双の自選俳句