eoさんの旅ノート
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スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅
 

 鍾乳洞観光を終えて、今日の宿泊地オパティアへ。オパティアはクロアチアである。

 午後5時過ぎにオパティア到着。オパティアでは2連泊。宿泊はブリストル・ホテル。海岸沿いにあるホテルではないが、リゾート気分が溢れる街であることが感じられる。

 2015年5月29日、今日はポレッチとプーラを観光した後、オパティアへ戻る。

 ポレッチ、ここもリゾート気分たっぷり。実は、晴天で大変気温が高いのだ。30℃はあるだろう。更に、街は観光客で溢れ、暑さをいやでも感じさせる。
ポレッチ  

 ポレッチ…リゾート地だが、歴史を感じさせる。
 実際に、既にローマ時代には都市になっていたそうだ。

 写真左は Pentagonal tower
  ローマ時代からの建物だそうだが、今はレストランになっている。
 エウフラシウス聖堂
 最初の建物は4世紀だそうだが、現在のものは6世紀に建てられた。
 通常のキリスト教教会ではなく、聖堂から離れた祭器保管所、洗礼室、近接した大司教邸宅の鐘楼などを含む監督司教の複合施設となっており、初期キリスト教の教会の形態を今に見せており、「ポレッチ歴史地区にあるエウフラシウス聖堂の司教建造物群」として世界遺産に指定されている。
ポレッチ 聖母子のモザイク  初期ビザンティン芸術の秀例
ポレッチ

 昼食後はプーラへ。プーラもポレッチ同様、ローマ時代からの古い歴史も、そして、観光業にも長い伝統をもっている。
 見所もいろいろある。

プーラ
アウグストゥス神殿
皇帝アウグストゥスに捧げられた神殿
プーラ
セルギイ家のアーチ
紀元1世紀に建てられた凱旋門
プーラ
コロッセウム
紀元1世紀に建てられた

プーラ  

 観光後、オパティアに戻って、
 ホテルで休憩の後、
 海岸沿いのレストランで夕食。

 ビーチそばは公園のようになっており、
 リゾートらしい雰囲気。
プーラ

 

 海(アドリア海)の水が非常に澄んでおり、
 水に透けて、海底まできれいに見えている。

 写真に撮ったのだが、下手なのでうまく撮れない。
 せめて、透き通った海水を、想像して下さい。


ザグレブ
 2015年5月30日、今日はクロアチアの首都ザグレブへ向かう。

 昼頃にはザグレブに着いた。
 昼食の後、近くの花市を散策。

 むこうに、聖母被昇天大聖堂の鐘楼が見える。
 花市だけでなく土産物屋もあって、いろいろ物色していると何やら賑やかな音が近づいてくる。何かのパレードか?この国の時代物風の服装をしている。何だろう? 列になって、太鼓などの楽器をかき鳴らしながら通り過ぎて行った。

ザグレブ
 その後、聖母被昇天大聖堂へ行くと、さっきのパレードがここにいるではないか。
 そうか。あのパレードはここに来るのが目的で、花市のそばをたまたま通ったということなのだ。
 宮殿等であれば"閲兵式"ということになるが、ここは教会(聖堂)の前なので、"閲兵式"とは違う、何なのだろう? まあ、"閲兵式"かどうか等どうでもいいが。
 彼等がそこを去る時には、白馬にまたがる上官?らしき2人が手綱をちょっと粋にひいてカッコいいところを観衆に見せ、パレード員?が列になって楽器をかき鳴らしながらぞろぞろと続き、去っていった。
 どうやら、いつも土日の昼時にこのイベント?が行われるようで、今日は土曜で、今はたまたま昼時、私達は運よくイベントを見ることができた、ということのようだ。
 それにしても、この街が観光に力を入れているのがよく分かる。
ザグレブ
 

 聖母被昇天大聖堂の内部を見た後は、聖マルコ教会へ。

 屋根に、有名なカラータイルのクロアチア・スラヴォニア・ダルマチア王国 の紋章(左)とザグレブの紋章(右)が置かれている。
 この教会は聖マルコ広場に面していて、そこには国会議事堂、首相官邸、最高裁判所があり、クロアチアの国葬などの重要な行事はこの教会で行われるそうだ。
ザグレブ
 "石の門"が工事中で見られなかったこともあり、自由行動の後は、イェラチッチ広場で集合。

 イェラチッチ広場は町の中心的な広場で、国民的な英雄であったというイェラチッチ総督の騎馬像が人々を見下ろしている。
 旧ユーゴスラビア時代に騎馬像は取り払われて、広場の名も「共和国広場」と変わったが、1991年のクロアチアの独立と共に騎馬像も広場へ戻されて、広場の名もイェラチッチ広場と回復したそうだ。
 クロアチア国民の眼にはイェラチッチ総督の騎馬像はさぞかし立派に見えるだろう。

 この後は、プリトヴィッツェへ向かった。今夜はプリトヴィッツェ湖群国立公園内のホテルに泊まる。
 明日は、今回の旅のハイライトであるプリトヴィッツェ湖群ハイキング。
 夕食の前、ラウンジに集まって、明日のハイキングに関する簡単な、打合せ・説明があった。

 公園内の地形は下の地図の左から右に向かってゆるく下っており、途中に滝が無数にある。

 ツアーの予定では次のようになっていた。
  下の地図の右端に近い ULAZ ENTRANCE の(緑色の)文字のあたりから歩き始め、地図のほぼ中央上部にある P3 の(薄い赤色の)文字の位置にある船乗り場から遊覧船に乗り、船が着くP2 の(薄い赤色の)文字の位置から再び歩き始めて、グランディンスコ湖 Gradinsko Lake (P2 の文字の左上にある湖)をぐるりと歩き、送迎バスで景色を見ながら出発地点まで戻る、という3時間のコース。
 ただし、希望者は、送迎バスに乗る地点で別れてその先へ進んでもよい。それにもガイドの案内があります、という。私達(つまり、私とツレアイ)はそれを希望した。すると、ツアーの他のメンバーが「私も」「私も」と手を挙げ、結局、先へ進むことを全員が希望ということで、ツアーの予定自体を変更することになった。

プリトヴィッツェ
 宿泊ホテル(地図の中央下部にあるULAZ ENTRANCEの近く)の近くの P1 から送迎バスに乗り、地図左上の ST1でバスを降りて歩き始め、P2 の(薄い赤色の)文字の位置にある船乗り場までゆっくりと降る。遊覧船で P3 まで移動。そこから、はじめの予定コースの最初の部分を、逆コースで歩く……ことになった。この場合は5時間コースにはなるが。

 2015年5月31日
 予定より早めに、朝8時過ぎには出発。天気は良くない。どんよりとした低い雲。これまで好天気続きだっというのに、今日は、雨にならなければいいが、という感じ。少し、気が重い。

 

 ST1(ステーション1)から歩き始めて遊覧船乗り場まで降ってきた間の景観のスライドショーです。

 同じ滝の写真が続くことがありますが、同じ滝でも、眺める場所が変わると異なる景観になります。

 

   スライドショー    
      (写真29枚)  

 

 
プリトヴィッツェ湖群

プリトヴィッツェ  

 

 午前10時半頃には遊覧船の乗り場に着いた。
 ルートが降りなので、速かったし、また、楽(らく)だった。
 天気も、なんとかもっている。

 それにしても、水が本当にきれいで、透き通っている。
 遊覧船の船着場でもそうだ。
プリトヴィッツェ  

 

 これから遊覧船で P3 へむかう。

 遊覧船から見える景観もなかなかのもの。
 
プリトヴィッツェ湖群

 

 

 これから先は、上の地図では、ほぼ中央から右半分の地域をハイキング。

  P3 で遊覧船を降りて、しばし休憩の後、歩き始めた。

  ST1(ステーション1)から見てきた景観に負けず、こちらの景観も素晴らしい。

  しかし、こちらは人が多い!

 

 

   スライドショー    
      (写真15枚)

 昼食はプリトヴィッツェ国立公園すぐ横のレストランで。

 メニューは「ペカ」、鉄の釜で肉を蒸した料理。
 これが、素晴らしく美味しかった! 自分でも作ってみたいと思ったが、しかし"鉄の釜"は家には無い。旅先で味わった美味は、旅の思い出だけにするのがいいですね。料理器具とか調味料とか、そこから作られた料理は、その場所でこその味わいかも知れない。

 これからザダールへむかう。
 午後5時前にはザダールに着いた。夕食まで時間があるので、添乗員の案内でザダール市内を徒歩観光。
 ここらあたりの地域はどこでも似ているが、ローマ時代には既に都市になっており、そして中世には、ベネチア等が覇権を争う舞台となった。
 なんといってもこのザダールを歴史上有名にしたのは、ザダールにとっては想像だにしなかった"災難"に襲われたことだった。
 第4次十字軍…イスラム教徒からエルサレムを奪還するためにキリスト教徒の騎士団で組織された、あの十字軍。1202年、エルサレムに向かって出発したはずの十字軍が、突然、ここザダールに襲いかかったのである。ザダールの多くのキリスト教徒が同じキリスト教徒の十字軍兵士に殺害され、街は破壊と略奪に見舞われた。実は、ベネチアが第4次十字軍の資金を提供する代わりにザダールを奪うことを要求。その要求を十字軍が受け入れ、ベネチアの要求通り実行したということである。な〜んとなく、十字軍の本性が見えるような…。

ザダール ザダール ザダール
ローマ時代の建物が無造作に?ある。 ローマ時代の建物と現代とが何となく調和 "陸の門" 中世のもの。
中央の獅子がベネチアの威光を示している。

ザダール

 ザダールの海辺にシーオルガン(海のオルガン)が造られている。

 海辺の大理石の階段の下に管が設置されていて、海の波が動くことによってできる水の流れがその管の中を通り、管の中の圧縮された空気が押し出されてくることを利用した、いわばこれも楽器の一種。

 しばし階段に座って、シーオルガンが奏でる音(正直に言って、音楽というほどではない)を聴く。
 突然、ぶわ〜〜んというような大きな音に跳び上がるほど驚いた。沖を見ると、今人気の大型客船がゆうゆうと航行している。 シーオルガンの仕組みを納得した感じ。

 明日はクルカ国立公園へ行く予定。
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