eoさんの旅ノート
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ポルトガル ドウロ川クルーズ と リスボン など
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4月4日  レメディオス教会

 朝8時頃、船はフォルゴーサの船着場に着いた。

 8時半頃、私達はバスでラメーゴにあるノッサ・セニョーラ・ドス・レメディオス教会を訪れた。
 この教会はラメーゴの街からみれば、高台の、見上げるような位置にある。信仰を集めた寺院だろうなということが想像される。
ドウロ
 
 奥に見える寺院がレメディオス教会(小さく見える)
 寺院の中は、金ピカのキリスト像もあったが、ポルトガルの寺院としては装飾はおとなしい。

 寺院の外に出て街の方向への階段を下りる。5,6階分の階段があり、その一階毎にアズレージョがはめ込まれているが、アズレージョの絵が階毎に全部違っており、見応えがある。
ドウロ
 

 

 ほぼ最下段まで降りてもこの高さ。

 ラメーゴの街が良く見える。
 その後、「ラポセリア(スパークリング・ワイン)」と生ハムの試飲・試食。ラメーゴの街の観光。そして、バスに乗る。12時半頃、既にレグアまで進んでいる船に再乗船した。

 この午後ポルトへ向かうが、今回のクルーズとしてはそれが最後の航海ということになる。
 閘門は2か所を通り、その後、船の操舵室に案内されて説明等もあり、そして、夜9時頃、船はポルトの船着場に到着した。
 9時15分から『ファドの夕べ』があったが、その独特の調べは素晴らしく、私達がいかにもポルトガルにいるんだなということが感じられた。

4月5日  ポルト、アヴェイロ

 もうポルトに着いているので、今日は終日ゆっくりポルト観光。そして今夜もポルトに、この船に泊まる。
ポルト
 

 今日のポルト中心部への移動は船が用意したシャトル・ボートで。このシャトル・ボートは嘗てのワイン樽の運搬船(ラベーロ船といわれた)で、なにか歴史を感じるような、ほとんど木製のボートだった。

 シャトル・ボートに乗船してポルトの街を見たところ。橋はドン・ルイス1世橋。
ポルト
 

 ポルトの船着場に着いた。
 ポルトの街の中心部に近い。
ポルト

 ドン・ルイス1世橋のたもとからケーブルカーで坂の上に上がり、ポルトの街の中心部に出る。
 ここで、行動を添乗員と共にする組と自由行動組に分かれた。私達2人は自由行動組

 賑やかなのに驚いた。ポルトガルの大都市がリスボンだけだと思っていると大間違いだ。

 しかし、やはり、坂が多いですね。


ポルト
 

 アズレージョ。
 ポルトガルでは地方でも珍しくないが、特に都市部ではアズレージョが目につく。
 この写真は街の教会なのだが、街の真ん中でアズレージョが”満開”。

 アズレージョが人々の近くにあるのは当たり前、なのだ。

ポルト
 

 

 ドン・ルイス1世橋の上を歩いてみた。

 ポルトとドウロ川がきれいに見える。

 12時前にはシャトル・ボート乗り場に集合して、船マゼラン号に戻り、そして、昼食。 午後からは別の観光がある。

 午後2時半に集合。バスでアヴェイロに向かう。
 アヴェイロは、元々、天然の良港であり、中世にはずい分栄えた港町だったが、16世紀の大暴風雨で一時衰退し、19世紀の初めの運河の完成で復活を遂げた、ということのようである。
 今は、美しい街で、ポルトガルのリゾート地としても知られている
 イタリアのヴェニスを模してゴンドラに似たボートがあって観光客に大人気。ヴェニスのゴンドラよりも一回り大きい。私達も乗った。

アヴェイロ  

 ボート(ゴンドラ)に乗って街を眺めていて、気が付いた。建物の色彩についてだ。

 運河に沿って並んでいる建物は2,3階建くらいで、ビルというほど高くはないが、どの建物もその色彩がどれも、いわば、上品なのだ。
 黄色、ピンク、茶色、薄緑などが中心で、落ち着いた色ばかり。それらがずらりと並んでいると、本当に美しい。

 で、私は思った。アズレージョも単なる芸術品であるばかりではなく、人々の日常の中にある。そして、ここの建物の落ち着いた色合い。そういえば、特に意識しなかったが、建物の落ち着いた色合いはここだけではない。今回のポルトガル旅行で、頻繁に目にしたものではなかったか。
 ポルトガルでは、美しいものが生活の中に沢山ある。

 夕刻6時頃、ポルトに戻り、船に再乗船した。
 夕食はガラ・ディナー。このクルーズも、今日が最後の日になる。 9時半から『民族舞踏ショー』。(私達は見なかったが)

4月6日  コインブラ、オビドス

 指示された通りにスーツケースに貰ったリボンをつけて廊下に出しておくetc.etc.を済ませ、9時にラウンジに集合、荷物と共に下船した。
 今日の宿泊地はリスボンだが、バスでリスボンに向かう途中に、コインブラとオビドスに寄って行く。

 バスに揺られて1時間強位でコインブラ。天候は、土砂降りではないが、雨。うっとおしい。
コインブラ
 

 コインブラ大学の見学。

 サマランカ大学ほどではないが、中世の雰囲気を持っている点は似ている。
 コインブラ市内で昼食を済ませて、オビドスに向かう。午後4時頃、オビドスに着いた。

オビドス
 

 オビドス

 いかにも観光地、という雰囲気がある。
 観光客も多い。

オビドス
家は密集した感はあるが、上から見たら”可愛い”感じ。

街全体が城壁でぐるりと囲まれている。


オビドス  

 その城壁、実は、そこから見える風景が素晴らしいから、大勢の観光客が城壁の上を歩いている。ただ、よく見える分、城壁は結構高いのだ。そして、城壁ではないもう一方の片方は、手すりになるようなものは全くない。
 だが、皆に続いて私達も城壁に上がった。

 上がる前に「注意して! そこから落ちた人が大怪我しました」なんて聞いた私は、こわくて、心持ち手を城壁にかけてでなければ進めなかった。

オビドス  

  確かに。
  オビドスって、こんなところなんだ。
  なんとも感じのいいところです。

  雨が止んでいたのも良かった。

 バスで1時間半ほどかかってリスボンに着き、「フォー・シーズンズ・リッツ・リスボン」ホテルへ。 まあね、いいホテルでした。しかし、市街地の中心部にはちょっと遠いね。

4月7日  リスボン

 今日は、添乗員に案内されてグルベンキアン美術館へ行った。「皆さん、リスボンへはもう何度も来ておられるでしょうから」と、他の名所の案内はパスされた。私達2人はそうじゃないけどね。ヤレヤレ。

 この美術館はグルベンキアン氏の個人コレクションを集約して美術館にしたもの。西洋美術だけでなく、日本や中国の古美術を集めていて、東洋美術、西洋美術、古代ギリシア・ローマの古代美術と展示品は多岐にわたり、素晴らしい美術館だった。

リスボン  

 12時半頃、ホテルに戻る。昼食も含め、午後は完全に自由行動。
 私達は、街を歩こうと外に出たが、近くに広い公園があったので、公園内を散策した。

公園から見たリスボンの街。



 午後7時頃、ホテルのレストランで夕食。皆と一緒では、この旅行最後の夕食。

4月8日  リスボン

   今日、ツアーの皆には帰国の日。翌日の関西行きの飛行機に乗る私達2人は、リスボンの空港ホテルに泊まるので、空港まで皆に同行し、空港でツアー仲間と別れた。
   空港ホテルにスーツケース等の荷物を預け……まだ半日は十分にある、さあ、もう一度、リスボンの街へ行こう!

 2015年の「カナリア諸島クルーズの旅」のリスボンでは街の中でトラムに乗って展望台巡りをしただけで、世界遺産級の名所はクルーズ船の上から見ただけだったので、きっとまた見に来よう、と思っていた。それが今だ。
 地下鉄でリスボンの街の中心部に出て、最初にジェロニモス修道院に行った。入場のための行列 の長い列に驚いたが、Web で入場予約をしておいた私達は別の入口からスムーズに入れた。

リスボン リスボン
 "ジェロニモス修道院"
 修道院は、一般人に(宗教の)何かを訴える場所ではなく、修道僧が修道する場所なので、基本的に、教会よりは地味に造られている。

 だが、この修道院の華美さは、通常の教会が羨むほどのものだ。
    まさに、ポルトガルの全盛期に大航海時代の富をつぎ込んで建築されたのだとわかる。

リスボン
 次に、ベレンの塔へ行った。
入場の長い行列に驚いたのも、Webでの入場予約のおかげで私達がスムーズに入れたのも、ジェロニモス修道院と同じ。

 一応全部見学して、外からもう一度眺めて見て、しみじみ思った。「古いんだなあ」
 16世紀に造られたので古いのは当たり前だが、しかし「世界遺産」なので修復もままならないのだろう。でも、このままなら、その内朽ちてしまいそう。「世界遺産」って、史跡を守るための指定ではないんだね。問題?
リスボン

 もう夕刻、夕食の時間だ。
 カイス・ド・ソドレ地区までトラムに乗って行った。そこにフードコートがあるのだ。「リベイラ市場」という巨大なフードコート。
 日本の通常の体育館の何倍かありそうな広さ。500席ほどの座席、それを取り囲むようにずらりと店が並んでいる。人気のリスボンの有名店が軒を並べているそうだ。メニューをゆっくり選んでたら日が暮れてしまう、というほどのラインアップ。お寿司もありました。

 そこで夕食を済ませ、リスボン空港ホテルに戻った。

4月9日

 リスボン発フランクフルト着、乗り換えて、フランクフルト発、翌日、関西空港着。
 ポルトガル、いいところでした。
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