overdose
(はやく はやく はやくしないと せんぱいが)
子供が1人、夜の野道を全速で駆けている。
その表情は苦しげで、真剣で、今にも泣きそうだ。
眼前に自分の通う忍術学園が見えた時、いよいよ彼の目からは涙がじんわりとにじんでくる。
だが、泣いている場合ではないのだ。
自分が戻ってきたのは、助けを求めるためだ。
荒い息もろくに整えないまま、団蔵は閉ざされた門をがむしゃらに叩いた。
昼過ぎのことだった。団蔵は学園長からおつかいを頼まれた。
その道のりは少し遠かったが、役目は手紙を渡すだけの簡単なもの。
馬術の追試で苦しんでいるは組の誰かに付き添ってもらうのも悪い気がして、団蔵は1人で出発した。
運悪く山賊に見つかったのは、山の頂上を登りきって、疲労と共に油断も許してしまった時だ。
刀を突きつけられ、金を出せと脅され、団蔵の持っていた包みは取り上げられ、ばらまかれた。
金目のものが何もないと知るやいなや、山賊は機嫌を損ね、幼い団蔵をただいたぶる方向に転換した。
道から外れ、森の中に連れ込まれ、身ぐるみを剥がされそうになって、危ないところの一歩手前までいった。
それがなぜ助かったのかというと、偶然通りかかった知り合いの上級生が、山賊達を一掃したからだ。
団蔵が入っている会計委員の長、6年い組の潮江文次郎。
いつもは鬼のような形相で帳簿を投げつけてくる先輩だが、この時ばかりは仏に見えた。
それから2人は一緒に山道を下り、無事に手紙を届けた。
帰り道はさっきの山道を迂回するため、少し時間のかかる道を通る。
まだ山も抜けられないのに、夕暮れがあった。
大丈夫でしょうかと尋ねれば、俺がついてると豪快に笑われた。
それでも、まだ緊張の解けない団蔵を気遣ってのことだろうが、文次郎はいつもより言葉少なかった。
いつもなら「忍者たるもの〜」と説教のひとつもあるところ、無言というのはなんとも奇妙だ。
団蔵はおかしくて、少し笑った。
その時、文次郎の顔が瞬時に険しくなった。
と同時、鋭い音が空気を裂いた。
文次郎は団蔵を抱えてその場から飛び退いたが、2人がいたところに無数の矢が突き刺さる。
団蔵は凍りついた。
山賊が仕返しに来たんだと思った。
文次郎は舌打ちをしたかと思うと、団蔵を地に下ろし、武器を構えた。
夜の森。一寸先は闇。
だが後方、森を抜ければ民家の明かりがポツポツしている。
逃げろ。
文次郎は背中越しに団蔵に言った。
敵は追わせねぇから、一目散に走れ。
先輩は?と団蔵が言おうとしたのも待たず、早く逃げろ!と文次郎は怒鳴った。
おびえきった団蔵はほとんど反射的に駆けだしてしまい、後はもうがむしゃらに森を抜けるしかなかった。
敵がすぐ後ろにいるかもしれない恐怖と、先輩が自分のために戦うのを直視できない弱さが混ぜこぜになって、
団蔵は振り返ることができなかった。
ドンドンッ ドンドンッ
「開けて!開けてください!」
団蔵は叫ぶが、門の向こうに人の気配はない。
今は夕食時で、事務員の小松田もおそらく食堂にいるのだ。
いくら激しく門を叩いても、叫んでも、扉は開かない。
団蔵は、