


1年目はフィラリア予防薬を処方してもらうために毎月獣医さんのところへまいを連れていっていた。
成長期で体重がどんどん増えていたため、成犬のように数ヶ月分をまとめて買うわけにはいかなかったからだ。
その頃通っていたのは家から車で20分ほどのところにあるD動物病院だった。
まいは病院が大好きだ。先生や看護婦さんがよってたかって構ってくれるし、よその犬や猫や人もいっぱいいるし、
珍しい道具や器具もいっぱいあるからである。
注射でも何でもワクワクして周囲を見ているうちに終わってしまっている。
だから、病院内での苦労はそれほどたいしたものではない。
問題は往復のドライブだ。
車に乗せる時はまいにまずドライブ用ハーネス(胴輪)をつける。首輪をつけるだけでも大暴れするまいがもっと
着用が大変なハーネスをおとなしくつけさせるはずがない。
まずは数十分間の取っ組み合い。まだ数回しか使用していないハーネスはすでにボロボロに噛みちぎられているが、
もっとボロボロなのは私の手。
とにかく、ハーネスをつけ終えると今度は後部座席にまいを乗せ、ハーネスにシートベルトに通し、縛りつける。
まいはまた大暴れ。とても落ち着いて縛りつけられる状態ではない。
最初の頃はダンナが運転し、私が後部座席でまいの横に座っていた。が、興奮し、狂ったように噛んでくるまいの攻撃に
私は助手席へ移動せざるを得なくなった。
ところが、どっこい。助手席も安全ではなかった。
まいの暴れ方は半端じゃない。暴れているうちにシートベルトがだんだん緩んできて、まいの自由度が増してくる。
元々、ちゃんと縛れていないせいである。そして、車内は阿鼻叫喚の地獄と化す。
興奮したまいは最初はフロアマットやシートを噛んでいるが、そのうちに絶好のターゲットを発見する。ギアシフト(マニュア
ル車)のたびに後部座席へと突き出すダンナの肘だ。ダンナが悲鳴を上げる。さらに慌てて、まいを後ろへ押し戻そうとした
私の手が第二のターゲットになる。
実はまいがおとなしく車に乗った事が一度だけある。避妊手術の翌日に迎えに行った時。
この時ばかりはまいはぐったりとおとなしく、私達の涙を誘ったものである。だが、その時だけ。一度きり。
その車を私達はとっても気に入っていた。だが、小型スポーツセダンであるが故に「かいじゅう」やラブラドール・レトリーバー
が入るような巨大ケージを後部座席に積むことは不可能。まぁ、走行距離は12万kmを超えてるし、数々の故障をだましだま
し乗っている状況だったから、早々に買い換えることとなった。
とにかくケージを積める車が欲しかったので、選んだのは同じサイズのステーションワゴン。これなら、後部カーゴスペースに
ケージを積んで、まいを入れておける。
新車が納車される日、私は最後にもう一度まいをお気に入りの車で病院へ連れていくことにした。
ダンナを家に残し、まいとの格闘2ラウンドの後(第一ラウンド=ハーネス着用、第二ラウンド=シートベルト装着)出発。
第三ラウンドのゴングが狭い車内に鳴り渡った。家を出て10分弱走った地点である。
突如、まいが襲ってきた。
それまで興奮して、後ろでワンワン吠えまくっていたのだが、数分前からしばらく静かになっていた。
私はすっかり忘れていたのである。大切な教訓を。
教訓その1・・・「まいが静かな時はロクな事をしていない」
運転席と助手席との間から飛び込んでこようとするまいを私は肘で突き飛ばしつつ、必死に車を脇道へ入れて止めた。
興奮しきって、やたらめったら、周囲の物体(私の肉体を含む)に噛みつき、振り回し、引きちぎろうとしているまいを私は後部へ
押し戻し、シートベルトに縛り直そうと戦った。
そして、私が見たものは。
まっぷたつになった黒いベルト。かつてはシートベルトであった布の切れ端・・・
とにかく家に引き返すしかなかった。
お気に入りの車での最後のドライブは命懸けのドライブになった。
私とまいとの格闘の跡を生々しく残したまま、スポーツセダンは引き取られていった。掃除をする時間も気力もなかった。
一面にまいの毛が真っ白に飛び散り、ズタズタになった車内を見て、ディーラーの男性が絶句していたのは言うまでもない。
6 部分破壊・・・車