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5 踏切ミステリー
その事件は(首輪が抜けたり、何かまいを興奮させる出来事が起こらなければ)普通に散歩が
出来るようになった平和な日々に突如として起こった。
雨上がりだった。
私とまいは踏切を並んで(そう、一応、まいはわたしの左横(=脚側)にまいが並んで歩くように
なっていたのである!)渡った。いや、渡ろうとした。
その時。
キャイン!とまいが悲痛な声を上げ、垂直に飛び上がった。
な、なんだ?私は足を踏んでないぞ・・・
後ろに飛び下がったまいが恐る恐る足を踏み出す。線路のレールにゆっくりと鼻を近づける。
ハチかムカデでもいたのだろうかと私も見たが、何も異常はなさそうだ。再び歩き出そうとした私
に続こうとして・・・また、まいが悲鳴と共に飛び退いた。
まいはレールの匂いをかぎ、情けない顔で私をじっと見ている。
「どーしたん?何があんの?」
レールを触ってみた。別に何も感じない。熱くもないし、ビリビリ感電するわけでもない。
大体、そんな話、聞いたこともない。
だが、二度も痛い目に会った(らしい)まいは私が行こうとしても、頑として踏切を渡ろうとしなくなった。
いくら引っ張っても情けない顔で私を見るだけ。
あんまり引っ張って首輪が抜けたら大変である。私はおやつを出したが、それでもまいは動かない。
これは異常な事態だ。食い意地の張ったまいはおやつのためなら、大抵のことはやる。魂だって、
売り渡す。それが今は全然動こうとしないのだ。よっぽど怖いらしい。
私は途方に暮れた。我が家は線路と駅の近くにあって、踏切を渡れなければ、散歩コースはすっごく
限定されてしまう。ここは何としてでも踏切恐怖症を克服してもらわねばならない。
何度も私が渡ってみせた。楽しそうに渡ってみせ、渡ったところでおやつを(私が)食べてみせた。
通り過ぎる人がみな、不思議そうに見ていくが、構ってなんかいられない。
どっちみち、あの巨大ゴム長靴を履いて晴れた日に住宅地を散歩していた時から、私は「変な人」だ。
何度も私が目の前で渡ってみせ、励まし、おやつをちらつかせ、ようやくまいに踏切を渡らせることに
成功したのは数分後だったろうか。実はまたまいが悲鳴を上げたら、「大丈夫やって!」なんて励ま
した私を二度と信用してくれんようになるやろなとハラハラしたが、今度は大丈夫だった。
まいはレールの上に高さ50cmほどのバーでもあるかのように高くジャンプしてレールを飛び越えた。

この数ヶ月後、再びまいがレールで悲鳴を上げた。
が、それを最後に踏み切りでは何も起こっていない。今ではまいも普通にレールをまたいで歩いている。
この事件の真相は今も謎のままだ。