4 これでどうだ!
一度、偶然だが、まいの足を踏んづけてしまったことがあった。
まいは悲鳴を上げ、私のそばから飛び退いた。もちろん、噛みつくのを止めた。
お・・・これはいい方法かも?私はまいが暴れ出したら、足を踏んでみることにした。
が、かいじゅうには学習能力があった。私の邪悪な意図を一瞬にして見抜くと集中的に
私の足に攻撃をしかけてきた。明らかに恐れつつも私の足を襲ってくる。
警察犬訓練所の訓練士に教わった方法で、まいの垂れている唇を口の中に押し込んで、
マズル(口吻=犬の口の部分)をきつく握りしめて自分の歯で自分の唇を噛ませてしまう
やり方をやった時はその後しばらく私の手を集中的に攻撃してきた。
(訓練士さんがやった時もその手を攻撃し、訓練士さんはまぁ、続けてみてくださいとその
まま止めてしまった)
手を伸ばすと飛び退きながら、必死の形相で襲ってくるまいの姿はまさにかいじゅう。
本当にこんな方法しかないんだろうか。
こんな事をしてたら、今は興奮して暴れているだけのまいが本当に人間に敵意を持つ狂犬
になってしまうんちゃうやろうか?
相変わらず、かいじゅうと戦い続けていたある日。
玄関の隅に置いてある黒い物体が私の目に入った。乗馬を始めたばかりの時に買った人工
皮革の長靴だ。現在はもっといい長靴を作ったので、これは全然使っていない。我が家では
1年に1回の年末大イベント「洗車」の時に履くだけの要するに膝まである巨大ゴム長である。
なんで、もっと早くこの無敵アイテムに気づかんかった?!
早速、着用し、かいじゅうを連れ出す。
案の定、まいはまた狂ったように噛みついてきた。
ふっふっふ・・・痛くも痒くもないでぇ。
私は興奮しきっているまいを無視して、どんどん歩く。もちろん、上半身も長袖の服で武装済みだ。
よく晴れた日だというのに膝まである巨大ゴム長靴を履き、狂ったように暴れている白い子犬
(その辺の成犬よりよっぽどデカイけど)を連れて住宅街を歩いている私。
とりあえず、手近な道路標識まで歩いて、まいをつなぎ、興奮が治まるまで離れて放っておく。
落ち着いたように見えたら、またリードを持って歩き出す。興奮し始めたら、慌てず騒がずまた
つなぎに行く。
何時間でも何日でも根気よく繰り返すつもりだったが、意外にも数回繰り返しただけで、まいは
私に噛みつくのを諦めて道端のにおいに興味を移した。こ、これは・・・ついに私の勝利か?
と、思ったのは甘かった。次に連れ出した時もまた、まいは狂っていた。
ため息。また同じ繰り返し。ま、一生こんな事が続くってこともないだろうし・・・2、3年もすれば
何とかなるやろ。
劇的な瞬間ってのはなかった。
もう、いいや、何年かかかってもいつか何とかなるやろと思い始めて、何となくまいの興奮レベル
が小さくなってきたような気がした。
子犬の成長は早いから、「かいじゅう段階その1」が終わったのかもしれない。ゴム長靴を噛むこと
に飽きたのかもしれない。私が痛がってジタバタしないから面白くなくなったのかもしれない。
いつの間にかまいの狂い噛みはなくなっていた。
ただ、何かの拍子に首輪が抜けてしまうと大変だ。凄まじく興奮したまいがリードの端の首輪に
食いつき、「犬釣り」状態。もちろん、その首輪をはめようとすると首輪と私の手にものすごい勢いで
噛みつき、振り回そうとする。
新しい首輪はことごとくまいに食いちぎられ、名前と住所を金文字で打ち付けたきれいな特注の首輪
も迷子カプセルも着用後数分間でそのはかない寿命を終えた。リードの寿命は首輪よりは長かったが、
世間の平均寿命から見るとあまりに短いはかない一生であった。