大森城

 所 在 地   滋賀県東近江市大森町  別 名   ―
 遺 構   曲輪 土塁 堀切  形 式   山城
 築 城 者   布施氏  築 城 年   15世紀末ころ
 歴  史  大森城は、布施淡路守藤九郎により築城されたとされる。布施氏は本家の布施三河守家と布施淡路守家の二家に分かれるが、大森城は布施三河守の布施山城より2.5倍程度城郭の規模が大きい。
観音寺山城の一画に布施淡路丸があるが、観音寺山城内に布施淡路守に与えられた屋敷であろう。
永禄11年(1568)、織田信長の上洛の際の近江侵攻により、大森城は落城し、以後、城は廃される。
歴 代 城 主 布施氏


堀切 土橋
上段の郭 下段の郭


大森城は、布引山系にあり、その規模は、東西に約90m、南北に約110mである。城址は全く整備されていないので、城域の全体が潅木に覆われており、分かり難い。ただ、尾根を分断する堀切は明瞭であり、郭を囲む土塁の遺構も明瞭。
山への入り口から暫らくは明瞭な山道であるが、そのうち道は消えるので、ただひたすら尾根をめざして斜面を登る。10分ほどで尾根にたどり着くので、あとは、尾根に沿って東へ進むと、堀切があり、これを越えてさらに尾根伝いに進むと、城域の曲輪に達する。曲輪は上段の廓と下段の廓からなる。
道なき道をとにかく歩くしかないので、方位磁針で方向を確認しながら進むことが肝要。特に下山する際に方向を見失うと、山中をさまようことになるので要注意。


大森城は布引山系のこの丘陵上に築かれている。このような低い丘陵でも、道を見失うと、山中をさまようことになる。


<アクセス>
大森神社と、神社の駐車場(?)との間の、細い舗装された道を、5分ほど歩くと、山へと入る道がある。「大森城址」と掘られた小さい石碑があるのですぐわかる。(2009.01.25)

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