三原城

 所 在 地   広島県三原市城町  別 名   浮城 玉壺城
 遺 構   石垣、堀  形 式   平城(海城)
 築 城 者   小早川隆景  築 城 年   永禄10年(1567)
 歴  史  三原城は、小早川隆景が永禄10年(1567)に、三原湾の大島・小島をつないで築城され、さらに天正10年(1582)と慶長元年(1595)に改修することにより、威容を整えた。
関ヶ原の戦いの後、慶長5年(1600)に広島城に入城した福島正則は、三原城を支城として大改修した。
元和5年(1619)に福島氏が改易され、代わって広島城に入った浅野長晟は、家老の浅野忠吉を城主として三原城に入れる。以後も、一国一城令の例外として三原城の存続が認められ、家老の浅野家が三原城の城主として、明治維新まで在城する。
歴 代 城 主 小早川氏、毛利氏、福島氏、浅野氏


                 天守台石垣
天守台は大規模なものであるが、天守は築かれなかった。代わりに3基の櫓が建っていた。


山陽新幹線を開通させるために、三原城に僅かに残っていた天守台も破壊された。天守台は一部が削れられ、その上にJR三原駅の新幹線ホームが乗っている。 天守台から見下ろした内掘。天守台の上は公園になっているが、駅の構内から出入りすることになる。


沼田川河口をのデルタを利用した城である。城域の中心部に鉄道を通したため、大きく破壊され、天守台石垣、内掘、本丸中門跡、二の丸舟入櫓跡などが残るのみ。これらは国史跡となっている。


JR三原駅構内に掲示されている、三原城絵図


海に向かって船入りを開き、城郭兼港としての機能を有する。

日本の城目次へ戻る
前の頁に戻る                次の頁に進む