中国秘境のチベットロード4

Photo:三浦氏

第4話 中甸(ジョンディエン)〜郷城(シァンチョン)

 早朝の町を僕達はバスターミナルに歩いてゆく。

 種本さんが部屋のデポジットカード をなくし、少し待っていた為、
出発時間ぎりぎりに着いた。種本さんは徳欽へ行くので、
どち らがラサに早く着くか競争である。

 “ありましたよ。このバスですね。” バスはガヤガヤしている。
2日に1本のバスは満員だ。中に入るにも人があふれていて 入れる状態ではない。
ほぼ全員チベタンである。中甸へのバスは漢民族が殆どだった のに比べ、少し雰囲気が違う。
いや、少しどころの騒ぎではない。大きく違うのだ。 ワーン!!泣きながら男がバスから下りてくる。
服が半分脱がされている。 “なんやなんや!” 僕達はあっけにとられた。
年は18、9くらいの男である。その男はバスから走り去っ た。 後から聞いたのだが、
その男はスリらしく、乗客に見つけられ、尋問され服を脱がさ れたそうだ。

 でも、序の口だった。 僕達はチケットの番号を目印に席を探した。
が、番号が殆ど消えている。そして満席 だ。一列5人がけの超狭い椅子。
そして通路にも網棚にも荷物の山・山・山。満載と はこのことだ。座るとこなんてどこにも無い。
通路にも20kgはありそうな大きなず た袋が敷き詰められていて、その上に人が座っている。
泣きそうな気持ちで、周りを 見る。郷城までは11時間かかると情報ノートには書いてある。
チベタン達は外国人が珍しいのか、いつもそうなのか、目を大きくして僕らを見てい る。
僕達の番号らしいところに座っているチベタンに声を掛けると、耳を塞いで頭を振っ ている。
俺は知らないわからないということなのか?あいつには驚いた。
後ろを見ると、最後尾が7人がけ(狭い)のところに2人しか座ってない。
僕達は必死の思いでバックパックを持ち、人をかぎ分け後ろに進む。
“ウォーメン ツァイチャーリ ツオイーシャ、クープクーイー(俺達ここにちょっ と座っても良いか?)”
“プーシン(だめだ)”“ウェイシェンマ?ツァイチャーリ  メイヨウレン、
ウォーメン イエ ヨウ ピャオ ア!(なんでやねん、ここ人お らんやろ。俺らかってチケットもってるんやで!)”
“プーシン、イーホウ ウォーダ ポンヨウメン ライ チャーリ(だめだ、後で俺らの連れがここに来る)”
“ハオ、ナァ、ツーヨウ シェンザイ ウオーメン ツオ(わかった、ホンじゃ,今だけ 座らせてくれ)”
僕達は答えを聞く気もなく、強引にバックパックを足元において座った。

 中国旅行も 慣れてはいたが、こんな展開は始めてだった。
しかしもうすぐ出発するから大丈夫だ とたかをくくった。 エンジンが始動して、
バスは町から郊外へと出てゆく。相変わらずの満員だが何とか 行けそうだ。
と思った時、バスが止まった。見ると後ろから数名の男がやってくる。
バスに自転車を括り付けて、窓から中に入ってくる。チベットのバスはいつも混んで いるので、
入り口からはあまり出入りしない。僕達もその後、窓から出入りをしてい た。
その男達は最後尾のチベタンの連れだった。僕達はどけられ立つしかなかった。
それでも通路に置いたバックパックの上に座り、不安定ながらも座っていた。 バスは又止まる。
検問! 僕達は血の気がひいた。許可証を持ってない、外人だと分かれば罰金を取られて、
またひき返さなければ行けない。帰りの交通手段も無いしブラックリストに載ってはこ のルート、
最悪チベット行きも断念しないと行けないかもしれない。
僕達は顔を隠し帽子を深くかぶり下を向いていた。
“チャントウファ ダ レン、シィアーチォー!!(長い髪のやつ、車から下り ろ!!)”
“やばい!俺らのことだ!!”“どうします?”“残念やけど、下りるしかないでし ょ”……”

 パスポートとチケットを見せ下りた。
公安はバスに括り付けられた数台の自転車を下 ろすように命じている。
僕達のほかも数名が下ろされた。 しかし、意外にも公安は去り、運転手が僕達に乗れといっている。
からくりはこうだ。 公安にはいくつか種類があり、検問の公安は交通公安、
外国人を取り締まっているの は外事科で別の組織になっている。
横の繋がりが薄い中国では、違う部署の仕事は ノータッチで、
許可証とかの事さえも知らないかもしれなかったのだ。
下ろされたの は席がなく通路に座っていた人間とチケットを持っていない人間で、
バスの運転手か らチケット無しに直接交渉で乗り込んでいたと思われた者が下ろされたらしい。
僕達 はチケットをもって居た為、再び乗る事が出来たのだ。中は席が数カ所空いている。
ようやく座れる事が出来た。 バスは百数十メートル走り、又止まった。
すると、先ほど下ろされた人間が公安がい なくなるのを見計らってやってきて、
乗り込んできた。チベットはたくましい。

 プロトレックで見ると標高は4000Mを超えている。更に標高を挙げ、計測不可能にな った。
チベタンは陽気だ。バスの中で歌を歌っている。チベットの民謡だろうか、一人が歌 い出すと、
みんなで大合唱になる。また、峠を越える時、全員が叫ぶ。 “ラージャロー!!ラージャロー!”
そしてルンタと呼ばれる紙を峠で大量にばら撒く、そして又,歌は続く。 道は山の連続だ。
もちろん舗装はされてなく、ガタガタ道をサスペンションと言う言葉があったのかというくらいに
激しく縦揺れを繰り返しながらすすんでゆく。窓は締 まらず、埃が舞い込む。髪は埃で固まってしまった。
T-シャツも黄色くなった。 山道を行く間、なんどもバスは止まる。
水の補給で山の涌き水をバケツで汲んでラ ジェーターに入れる。エンストもする。
何度も止まり、運転手が修理をする。一度止 まると30分は動かない、1時間2時間かかるときもある。
チベットには時刻表は不要 だ。今日中につけばいい、そんな感覚なんだろう。
男はタバコをお構い無しに吸う。きつい中国煙草の煙がバス中に充満する。
隣りでは ひまわりの種を食べている。皮はそのまま床に捨てる。
また、隣りでは数珠を持って ひたすら念仏を唱えている。
“オン マニ ペメ フム!オン マニ ペメ フム!(おお宝珠と蓮華に幸あ れ!)”
チベット人はこれを唱えることによりカルマが減ると信じている。
日本の南無阿弥陀仏みたいなものだ。 バスはいくつもの峠を越え、
僕達はいくつものラージャローを聞き、そして四川省との省界に来た。
バスは止まる。検問だ。

 全員下ろされ持ち物チェックがあった。僕達はパスポートを見せると、ほぼノーチェック だった。
バスには消毒薬がまかれ、チベタン達は服の上に直接かけられていた。
チベタンが持 っている短剣が次々に没収されて行く。あとで分かったのだが、
その短剣は刃はつい てなく飾りのものが多いらしい。没収されたのは本物だったのかもしれない。
僕は内心どきどきしていた。香港で貰ったH雑誌がバックパックの中に入っている。
これを見つけられたら、恥ずかしすぎる。中国大陸ではH雑誌はご法度で禁じられて いる。
しかも無修正のものが見つかったらヤバイかもしれない。まずいなぁ。
それは杞憂に終わった。

 バスは再び同じような道を走り、チベタンは同じように歌を歌い、四川省一番目の町、郷城に着いた。
もう日は暮れかかっていた。僕達は何周間も風呂に入っていない ような状態に一日でなった。
宿の客引きのおばちゃんが待っていた。10元(120円)の宿は何も無かった。
トイレもシャワーも、そして電気も…….

注)
デポジットカード:前もって払っておくお金のレシート。
部屋の備品を壊した時など にそのお金は使われる。.

ラージャロー:峠を越える時に叫ぶ言葉。神に勝利あれ!と言う意味。

ルンタ:峠を越える時にばら撒く馬の絵が書いてある紙。

H雑誌:香港製の無修正版。お世話になりました。中国では無修正の雑誌はダメなの に。
無修正のVIDEO−CDはそこらのレンタルショップで借りれる。不思議だ。
三冊中二冊は途中で知り合ったイギリス人大学生に差し上げた。
その彼はラサの空港 で見つかり没収になったみたい。恥ずかしかったって言ってた。
ごめんね、アンディ。
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